White Flower
ホワイトデーを知っているかと、先輩方が尋ねた。
Yesと答えたものの質問の真意を飲み込んでいないオレは
具体的には何をする日なんですかと言って軽く殴られた。
そして尋ねる前から具体的なアドバイスをくれたのだった。
「なンかこう、甘ったりィ菓子がいいンだろ!」
「どこかオシャレな店で食事じゃないのか!?」
「アクセサリー類だと兄から耳にしたことがあるが。」
「何を言っておるのだ!花だ、花束に決まっている!」
各々の意見に戸惑いはしたものの、激励してくれているのだと
理解したオレは珍しくガンバってみようと思った。までは良かった。
ところがいざとなると圧倒的情報不足だった。おまけに資金面は
もっと深刻な状況だ。一応花屋を覗いてもみた。けど結局やめにした。
どの花もなんとなく委員長っぽくないと感じたから。それと同じように
宝石類なんてもっとピンとこない。そもそも選ぶ基準すら皆目判らない。
日頃自転車関係の出費に使い果たしている身にはお手上げでもあった。
それでもオレなりに情報収集したりなんだで努力はした。
悩む材料が増えるだけで進捗は捗らないばかりで時が過ぎていく。
どうしようと思いながらその日も練習帰りの山から家へと下っていた。
ふと目に飛び込んできたのは色とりどりの花や樹木の植わった庭だった。
そういえばそこは毎年こんな春頃にキレイだなあとぼんやり眺めていた。
もちろん全くの見知らぬ民家だ。オレは無意識に道を逸れそこへ向かった。
近くまで来ると庭先には手入れをしているらしい人がいた。
ぽけっと花に見蕩れているオレにその人が気付いて声を掛けられた。
「何か御用?」
「あ・・すいません。綺麗だなって思って見に来ちゃいました。」
唐突な訪問者を不審がることもなく、その人はにこやかに笑った。
「委員長!」
呼びかけにふっと振り向く一瞬が好きだったりする。
無防備なぽかんとした顔はレアだから。直ぐ委員長の顔になる。
きゅっと口元を引き締めて眉に力を込めて。なぜかわからないけど
いつからか彼女はオレに緊張するようになった。ちょっと寂しい。
だけどたまに覗く素顔を見つけるのは得意だし楽しみにもなった。
「なぁに?部活行くんじゃないの?」
「うん。明後日、委員長時間ある?」
「なによ珍しいわね、お伺いをたてるだなんて。」
「委員長がダメだと困るから。ねえ、いい?」
「明後日って部活は?その後ってことなの?」
「うん。なるべく早めに帰るから。」
「別に断らなくても夕方なら家に居るわよ。」
「そうじゃなくってさ・・14日!でしょ!?」
「へっ・・!?ま・まさか・?」
「先月のお返し!するから。ねっ!」
「っう・うん!わ・わかった・・!」
委員長は驚いたまん丸な目と口をはっと気付いて閉じたり、焦って
髪を引っ張ったりと忙しい。瞬時に染まった頬には気付いてるのかな?
まさかオレがそんなことを知ってて用意するなんて思ってないと言う。
オレはそういう面で信用がない。不徳の致す所だ。(例の先輩に言われた)
ちょっと不満だけどしょうがない。約束ねと小指を差し出してみた。
そしたらもっと赤くなりながらも小さな指をオレに伸ばしてくれた。
きゅっと絡めて幼い頃みたいな約束をした。ほっとしたように
微笑む姿を目に焼き付けて部活へと走って行く。すると遠く離れても
オレを見送っているのがわかった。嬉しくて思い切り片手を振ってみた。
振り向くとは思ってなかっただろう委員長が驚いてぴょんと飛び跳ねた。
当日までがんばった。部活後に短期のアルバイトをしたのだ。
内容は庭の草むしりとか剪定とか肥料やりなどの諸々の軽作業だ。
納屋の片付けはオレから申し出てとても喜んでもらえて嬉しかった。
そのお陰もあって特別に沢山の報酬を得られて疲れなんて霧散した。
泥々になったけど普段しない作業は存外楽しくてまた来ると約束すると
庭の持ち主もそうしてくれると助かると言ってくれた。
バイトの最終日の14日、思ったより帰宅が遅くなってしまった。
委員長は催促のメールも電話もしてこない。これはオレが常日頃から
遅刻常習犯だからなのか、これまた信用がないからかと不安になる。
だけどそれはオレの思い違いだった。委員長は待っていてくれたのだ。
日は傾いていてその姿は目に眩しいくらいに映った。
オレは姿を見つけると夢中で手を振った。この前よりずっと大きく。
委員長が気付くと真っ白な服の裾を絡ませるみたいに駆け寄って
いつもと違う靴でこけないかと心配になるくらい細い足首を見せて
走ってくるものだから、両手を広げ捕まえたい衝動に駆られて困る。
なにせ両手がふさがっていてどうしようもないのだ。投げ出すことも
躊躇われ、自然と足早にはなりながら、委員長が目の前に来るのを
半ば夢見心地で待っていた。オレを見上げる彼女の息は弾んでいた。
「・・さんがく・・おかえりなさい。」
「ただいま。待たせてごめんね、委員長。」
「それよりどうしたのこんなにたくさん。」
「へへ・・委員長にあげる。キレイでしょ?」
「きれい・・ありがとう、さんがく・・」
委員長も夢を見るような目付きでオレが抱えた花々に触れた。
せっかく嬉しそうに笑ってくれたのにいきなり心配そうな顔になって
「まさかどこかから・・」と言い出すので口を尖らせる。
「ちゃんと労働して貰ってきたの!」と答えたらほっとしていた。
「お花屋さんには委員長っぽいのが無かったんだ。それでさ」
「さんがくが私に花って自分で思いついたの!?」
「あ、ううん先輩に教わったんだけど・・でもこれはさあっ」
「・・こんな風に見えるの?さんがくには。」
「うん、きれいでかわいくてふわってしてて小さい花がいっぱいで」
オレが勢い込んで話す間に委員長の目が潤んだ。驚いて口を噤む。
「イヤだった?土とか付いてるけど植えられるようにって・・」
不安になったオレに委員長が頭を左右に振った。涙の雫も散った。
「嫌なわけないでしょう・・ばかね。うれしくてこまっちゃう」
「困るの?これ一緒に植えない?丈夫だからって言われたよ。」
「・・どう嬉しさを伝えたらいいかわからなくて困ったのよ。」
「・・よかった・・委員長が笑ってくれたらそれでいいんだ。」
花たちの全部は持ちきれないので三分の一くらいを委員長が抱えると
真っ白なワンピースに泥と花粉が付いてオレは慌てた。オレ持つよと
腕を伸ばすと「ううん、だってこれ私にくれるんでしょ!」と言って
頬ずりでもするように抱き寄せる。花は委員長にとても似合ってた。
だけど・・
「オレ・・委員長に似合うって思ってたんだけど・・」
「撤回する気なの!?ひどいわね!」
「委員長のがお花なんかよりずうっときれいだった。」
オレはきっと見蕩れて呆けた顔をしてた。そんなオレを呆れずに
目をまあるくして見つめる委員長はやっぱりきれいで震えそうだ。
濡れた睫毛が揺れたからかもしれない。オレは震えてたんじゃなくて
こんなにきれいでかわいいキミがオレに笑いかけてることがあまりに
幸せで、その充足感に目が眩んでいたんだと思う。
「早速植えましょう。私の家のお庭とさんがくのお庭もいい?」
「・・うん。一緒に植えよう。」
委員長のお父さんお母さんとうちの帰宅した母とも一緒になって
お互いの庭にちょっとした花壇が出来上がり、共にした夕食の間も
カーテンを開けっ放して庭を鑑賞しながら食べた。親切なお家には
今度委員長と二人でお礼に行くことにした。
「何がいいかしら?お礼・・どんな方なの?」
「えーとご主人亡くして一人暮らしのおばあさん。」
「まあ・・広いお庭を一人じゃ大変でしょうね。」
「うん、だからまたお手伝いに行くって約束したんだ。」
「それじゃ私も良かったらお手伝いさせていただこう。」
「委員長も来たらきっと喜ぶよ。」
「そんなに期待されても・・庭仕事の勉強しないと。」
「じゃなくてさ、オレが委員長の話するのを嬉しがってね?」
「はい?!私の話なんて・・いったい何を・・」
「ここに咲いてる花みたいでかわいいとか・・」
「はにゃっ!!?ちょ・ちょっとなんてことを」
「会ってみたいって言ってたんだ。だから喜ぶよきっと。」
「うううう・・・ものすごく行きにくくなったじゃない!」
「えーなんで?」
夜、オレの部屋にも小さな花瓶ごと花がやってきた。
「ユキヤナギもミモザアカシアも素敵ね?」
「あ、それってそんな名前なの?」
「聞かなかったの?知ってるとは思わないけど・・」
「聞かなかったなあ、丈夫って聞いてそれも似てるなって」
「・・まあ丈夫だとは思うけどなんかそれは嬉しくない。」
「?・・こうして部屋に置いたら委員長がいるみたいだ。」
「まっ・またそういう・・よく言うわ・・似てないわよ。」
「うれしいんじゃないの?」
「うれしいけど・・私はかわいくなんかないわよ。」
「えっこんなに言ってるのに!信じてくれないなんて。」
「だっだってだって私よ!?もう・・恥ずかしい!」
「わかんないなあ・・あ、そうだ。思い出した。」
「なぁに?」
「委員長がお花を抱えたときね、白い服着てるじゃない。」
「うん・・?」
「お嫁さんみたいだなって思った。ちょっと早いけどね。」
「!!?な・・ななな」
「結婚式の時にもこの花にしてよ、いいでしょ!?」
「っ!!!?」
「あーきれいだろうなー!でも見せるのもったいないかなあ?」
「あれ?委員長?どうしたの!?だいじょうぶ!?」
固まって息もしてないみたいだったからびっくりして肩を掴んだ。
必死で揺らして顔を覗き込んだら真っ赤っかな顔から眼鏡がズレた。
「やっやめ・・ちょっとっ・・」
「あ、息してた。よかったあ!」
ズリ落ちそうな眼鏡を取ってもう一度確かめると委員長の瞳は
きらきらしてて今にも星が溢れてしまうんじゃないかと思った。
どうしよう、受け止めきれるかななんてバカなことも考えたり。
「お嫁さんには一人じゃなれないのよ・・さんがく。」
「そうだね?」
「わかって言ってるワケじゃないのね。やっぱり・・」
星は溢れ落ちることはなく、代わりにふうと小さな溜息に変わった。
それをどこか残念な気持ちになりながら、再び目を合わせてみた。
「なによ?さっきから・・」
「うん、確かめてたんだ。」
「ってなにを?」
「オレこんなにきれいだなって思う目はほかにないと思うな。」
「はっ・・にゃっ!」
「白い服着た委員長もさ、お花みたいでやっぱりきれいだよ。」
頑なにかわいくないとか言う委員長にわかってもらえるようにと
オレは真剣に伝えてみた。そしたら黙ってしまった委員長はふるっと
ほんとに震えたのでお花を抱えるより慎重にそうっと抱きしめた。
そしたらお花より好い匂いがした。ずっときれいに咲いててね。
オレだけの白い花でいてほしいって祈るように口付けた。
「さんがくが・・見ていてくれるなら。」
小さいけれどあたたかい呟きがオレの胸に溢れた。
「いつまでも いつだって見てるよ。」
呟きを胸におさめると目の前に鮮やかに花が咲いた。