驟雨



怪しかった空に少し急ぎはしたが間に合わなかった。
自宅の少し手前で降り始め、やれやれと小走りになる。
結構な降りであっという間に全身ずぶ濡れになった。
家の前まで来ると見慣れた奴がうずくまっているのが目に入る。
何かに怯えるように小さくなっているが確かにそうだ。
「おまえ、何やってんだよ!」
「あ、なっつん!お帰りっ!!」
声を張り上げてオレに向けた顔は泣き出しそうに見えた。
「何かあったのか?」
オレの家に毎日のように入り浸っている妹のような奴だがいつもの元気がない。
何でもないと首を横に振って無理やりに笑顔を作って見せた。
二人して濡れ鼠になっているのもなんなのでそれ以上は訊かずに家の中へ移動した。
そいつはどこもかしこも濡れてしまい、身体抱きかかえるようにしていた。
濡れて張り付いた服は身体を冷やすだろうから温めなくてはと思う。
「タオル取ってくるからそれで少し拭いてすぐにバスルーム行けよ。」
「う、うん・・タオル貸してくれるんならお風呂はいいよ。」
「寒そうじゃねーか。シャワーでいいから浴びろ。」
「でも着替えとかないし・・・」
「何か出してやるから。なんでそんな遠慮してんだよ、らしくねぇ!」
「遠慮なんてしてないよ。・・わかった、お風呂借りるよ。」
妙に心配そうに落ち着かないのはどうしたわけなのか、オレにはわからなかった。
元気の無いのが心配になってそいつのことを何気なく見た。
最近少し年相応に見えてきたとは思っていたが、思い違いだった。
もうこいつは知り合った頃の子供っぽさがどこにも感じられない。
濡れた身体も頼りなくオレを見つめる表情も何もかも全てが女を主張している。
オレはとんでもないことを考えていると気付いて慌てて目線を外した。
昨日まで平気でいたのにどうしたことだろう?オレは内心相当慌てていた。
オレの気の迷いに違いない、そうだ勘違いなんだと思い込む。
だが胸がざわつき、さっき見たそいつの様子が頭に再生される。
髪も頬も肩も胸の隆起も頼りない腕も脚も何もかもを細密に。
零れ落ちる雫とともに頭から離れようとしないのに愕然とした。
オレの様子がおかしいと感じたのか、そいつが声を掛けてきた。
「なっつん?もしかして具合悪い?お風呂一緒に入ってあったまる?」
耳を疑う科白が聞えて思わずそいつに向き直ってしまった。
「ばっか・!!一緒にって・・おまえ、何言ってんだよ!」
「なんか顔色悪いかと思って・・別にいいよ、なっつんとなら。」
「よくねぇ!!馬鹿か、おまえは!」
「そんな馬鹿馬鹿って失礼だなぁ・・いいじゃん、なっつんとほのかの仲だもん。」
「どんな仲だってんだ!?怒るぞ!」
「怒んなくても。うーんと、仲良しだもん。ね?!」
「ね!?じゃねーだろ!おまえな・・信じらんねぇ・・」
「むぅ・・まだちょっと色気は足らないかもしれないけどさぁ・・」
「笑えない冗談言うな。おまえ自覚なさ過ぎだろ・・」
「?・・あのさ、じゃあなっつんから入ってきて?」
「今日に限ってどうしてそんな風呂を嫌がるんだ?」
「えっと、その・・雨少しはマシになったら別にいいんだけどさ。」
「はぁ?!・・何言ってんだ?訳わかんねーよ。」
「う、うん・・」
「オレはたいして濡れてないから、馬鹿言ってないで早く行けよ。」
オレはこの場に居るのが居心地悪いという理由もあって強く言った。
「うん・・」
いつになく元気のない返事で俯いて答えた。
「何だかよくわからんがこのままだと風邪引くだろ?」
「うん・・わかった。」
しぶしぶといった様子でその場を離れて行った後、オレは深い溜息を吐き出した。


気を取り直したつもりになっていたが、風呂上りのそいつは更にオレを困惑させた。
「おまえ、下は!?なんか履けよ!!」
「なっつんのは大きすぎて下は無理だよ。シャツが長いからいいかと思って。」
「寒くないのか?それで。」
「うん。大丈夫、服貸してくれてありがと。」
おまえは大丈夫でもオレにはあまりそうとは言えなかった、目の毒で。
「・・お茶でも淹れてくるから、待ってろ。」
「ありがとう、なっつん。」
いきなり降ってきた雨を恨むべきなのか、警戒心の欠片もないこいつが悪いのか?
それとも浅しい欲に駆られそうな己の愚かさがいけないのか・・
とにかく今日はすぐにでも追い返そうと思いながら台所を出た。
居間のほのかは不安そうに窓際で空を眺めて待っていた。
「雨、まだ止みそうにないか?」
「うん・・・なっつん、もう少し居させてね?」
「お茶飲んだら、送って行ってやる帰れよ。」
「え?!そんな追い出さないでよ。だって、もしかして・・」
「もしかってなんだよ?」
いつもと違う不安そうな顔でオレを見たそのとき、
部屋中が一瞬明るくなる。稲妻が窓から降り注いだのだ。
「?!」
続いて大きな響きを伴なって雷鳴が耳を襲う。
ほのかはオレにしがみついて耳を塞いでいた。
「おい、おまえ・・・雷、怖いのか?」
こくこくと頷く所作をするが顔はオレの胸へと埋めたまま。
声も出せないほど苦手なのかと可哀想に思う反面、オレは内心動揺していた。
押し付けられたほのかの身体はあまりにも柔らかくて。
おそらくオレの貸したシャツ一枚で下着も何も着けてはいない。
自分の身体が恨めしいほど反応する。
「おい、ちょっと離れろよ・・」
閃光と雷鳴が再び襲い、ほのかは余計に強くオレに身体を押し付けた。
こんなにパニくっているこいつにオレが拍車を掛けるわけにはいかない。
なんとかしたいが、雨脚はどんどん大きな音を立ててオレをあざ笑った。
「・・・・」
か細い声が耳に届いたが雨のせいで聞えなかった。
顔を近づけるとほのかが両腕を伸ばしてオレの首を抱き寄せた。
「なっつん、コワイよぉ・・」
涙交じりにオレに助けを求めるが、どうしてやればいいんだ?
「ただの放電現象だろ?!おまえ、怖がりすぎだって!」
「ヤダヤダ、雷嫌い!コワイよお・・えっえっ・・」
「おまえそれで風呂入るの嫌がってたのか?一人が怖くて。」
ほのかはこくんと首を縦に落とした。
「こんなんでいつもはどうしてんだ?」
「誰かに引っ付いてるか、誰もいないとお布団被ってる・・」
「一人のときは?」
「どっか部屋の隅っこにちっさくなってる・・」
小刻みに震えて、恐怖のためか熱い吐息が首に掛かる。
オレは平静で居られるのが不思議なくらいだ。
今すぐにでも抱きしめてしまいたかったが耐えた。
ダメだろう?怖がってる子供にオレは何するつもりだよ?
こいつは身体はでかくなってもまだ子供なんだと自分に言い聞かせた。
オレを信じて頼っている子供だ!・・・なのになんでそんなに・・
随分長い間二人は身体を密着させてじっとしていた。
やっと雷鳴が遠のき、雨もピークを過ぎたかと思う頃、
ほのかはようやく身体の緊張を解いてオレに回していた腕を緩めた。
「・・大丈夫か?」
ほのかはバツの悪そうな照れた顔をしながら「うん・・」と答えた。
ほっとしたのはオレも同じで、違う意味でずっと緊張していた。
少し汗ばむ互いの身体はしっとりと湿り気が感じられた。
「やれやれ・・・せっかく淹れたお茶冷めただろうが・・」
「ごめんね、なっつん。ほのかが淹れなおしてくるよ。」
「暑いからオレは冷めたのでいい。」
「うん、ほのかも。えへへ・・なっつん、呆れた?」
「次からこんな天気のときはここへは来るなよ、絶対。」
「え、そんな!どうして?!」
毎回これじゃ身が持たないだろうと心底思ったが口には出さなかった。
「どうしてもだ、わかったな。」
「そんなにほのかが引っ付いてたのが嫌だったの・・・?」
ほのかは泣きそうに悲しい顔をしてオレを見た。
「嫌ってわけじゃ・・」
「馬鹿みたいって思った?・・うん、そうなんだけど。でも・・」
とうとう涙まで目に浮かべて訴えるのでオレは途惑う。
「嫌とは言ってねぇ!泣くことないだろ。」
「じゃあ、なんで?ほのか、なっつんの傍なら怖くないのに。」
オレはどう説明すればいいのかわからず眉を顰めた。
「なっつんに来ちゃダメって言われるの嫌だ・・・雷より嫌!」
「何か勘違いしてないか?おまえを嫌だと言ってるわけじゃ・・」
「だって・・呆れたんだ、カッコ悪いよね。自分でもそう思うし・・」
「違うって言ってるだろ!」
必死なオレの声にほのかが泣いて俯いていた顔を上げて驚いていた。
「・・だから、その・困るんだよ、そうひっついてこられると。」
「?!・・なんで・・?」
「うっさい!あんまりこっち見るな。」
「ひどっ・・ほのかが嫌いなの?そんなのもっと嫌だよう!」
この馬鹿にどう説明していいのかわからないオレは色んなものを恨んだ。
「うるさい!」
理不尽にどなりつけるとオレはほのかを抱き寄せてしまっていた。
全身でこんなにもオレを誘いながらどうしてそんなに疑いない目で見るんだ?
驚いているほのかの呆けた顔を抑えて唇を奪った。
小さな身体がびくりと緊張するのを感じたが抑えきれない。
もうこいつはここへは来ないかもしれないと頭のどこかでそんなことが掠める。
そう思うと余計に離せなかった。最後なら、もう触れることができないならいっそと。
うまく対応できずに苦しげにもがくほのかを少し離してやるが何か言い出す前にまた塞ぐ。
ソファにオレの身体ごと押し付けて更に執拗に咥内を侵した。
悲鳴すら上げられない、身動きすらさせない、酷く残酷なやり方だと思う。
オレはもうこいつにどう思われても構わないと半ば諦めていた。
「・・な・・っつ・・ん・・」
途切れ途切れにオレの名が聞えて、とうとうオレは手を止めてしまった。
見ないようにしていたほのかの顔には思ったとおり涙が溢れていた。
オレが怖がらせ、失望させたのだと思うと胸が抉られるように痛んだ。
ほのかはまだ喘ぐように息を継いでいて、オレは急激に身体が冷えるのを感じていた。
「なっつん・・ごめんね・・」聞えた言葉はそんな科白でオレは少なからず驚いた。
「おまえ・・何で謝ってんだよ・・?」
「・・・びっくりして・・泣いちゃって・・怖がったりしてごめんね?」
「だから、何でそんな・・?」
「えっと・・・だから、その・・ずっとなっつんはほのかのこと妹みたいに思ってたでしょ?」
「・・・・まぁ・昔はな・・」
「だけどほのかはもう随分前からなっつんのこと好きだったの。」
「・・・・」
「ほのかのこと好きになって欲しくて、だけどどうしたらいいかわかんなくて・・」
「・・・」
「でもなっつんのことどんどん好きになってね・・キス・・して欲しいなとか・・」
「だ、抱きしめて欲しいなとか・・思ってて・・」
「だから嬉しかったのに・・泣いちゃって・・なっつん、ごめん。」
「・・・そんなこと謝ることないだろう・?」
「なっつんは優しいからほのかが嫌だと思ったらしないでしょ?・・だから、ごめんよ、子供っぽくて。」
「それ、オレに何かして欲しかったみたいに聞えるぞ・・?」
「!?う・・・うん・・だけど・・やっぱり・・怖かった・・」
オレはもう一度ほのかを抱きしめた。今度はゆっくりと優しく。
「すまん。オレは・・オレもずっと前からおまえが好きだ・・言ってなかったけどな。」
「ホント?!ほのかのこと子供っぽくて嫌じゃない?」
「・・だったらあんなことするわけないだろ?」
「よかった・・!なっつん、もいっかい・・キス・・して?」
「泣いてもいい。嫌なら嫌って言えよ、怒ったりしねーから。」
「嫌じゃない。そんなこと絶対言わない。」
「馬鹿だな・・おまえも・・・オレも」
「・・おまえ、わざと誘ってたのか?」
「??・・え、何?いつ?」
「やっぱ無自覚かよ・・ってオレも無自覚だったか・・」
「ごめ・・何?誘うって・・・私何したの?」
「必要ないってことだよ、おまえの場合。」
「???・・誘ったらどうなるの?」
「さっき体験しかけたろ?もう一回怖い思いしてみるか?」
「!?・・・う・うん・・・どうしよ・・・どきどきする・・」
「・・・オレもだよ・・」




雨も上がってその夜は晴れて綺麗な夜空だったらしい。
オレたちはいつ上がっていたのかも知らなかった。
それでも「あのすごい雨の日」でオレたちには通じるんだ。
ほのかは顔を赤らめる。その顔見たさでオレはからかう。
烈しい雨の日は思い出の一つになった。
もう随分前の夏の日のことだ。






表に置いてある「虹」という小説の元になったものです。
だからとても似ていると思います。初めの方とかもラストもね。
だからこの話は蛇足とも言えるし、アップしなくてもよかったのですが
救済してみたわけです。ただ、強姦は止めにしました。(初めの初め)
ええ、そうだったんですよ・・でもあまりにかわいそうで無理でした。(笑)