MUSICA (5.5)〜はじまりの夜〜
ついさっきまで二人して緊張していたのに、一人取り残されてしまった気がした。
そんなほのかに圧倒的な生々しい現実が襲う。抱いていたイメージとは程遠かった。
普段なら臆病だとさえ思える夏なのに、そのときは少しもそうとは思えなかった。
どこかでこんな夏を見たことがある・・・鈍くなっている頭の中で記憶が掠める。
”・・そうだ・・闘ってるときとか・・修行中に・・似てる・・集中・・してて・・”
息をするのも困難な状況に追い込まれているのに、ふとそんな場面が脳裏を過ぎった。
夏が修行に没頭する様を何度も見たことがある。ほのかはいつも複雑な気分を味わったものだ。
そこに居るほのかのことなど忘れ、自分自身の存在すらも忘れてしまっているかのような、
第三者には踏み込めない領域に彼がいる。見ているほのかにはそんな風に感じられた。
決定的に違うのは、立ち入れなかった領域で対峙しているのが他ならぬ自分だということ。
生まれて初めて知る彼の隠れていた一部分。そこに入れた喜びよりも、今は途惑いが勝っていた。
”どう・・すればいいの?・・受け止めるだけで精一杯で・・なんにもわからない・・”
応える方法がわからず、滲む涙や苦しい声が彼に負担になっていないかと案じる。
次から次へと未知の感覚を味わい、そんな思いも断片となってかき消されていった。
朦朧としてきた意識の狭間で、夏が何かを告げた。「・・・ぞ?」と語尾だけが耳に入った。
”え・・?なんて言ったの?・・聞き取れなかっ・・・”
聞き返す間もなく、開かれた体の中心に突き立った違和感にほのかの頭は真っ白になった。
最初のぬるりとした接点を突き破った凄まじい痛み。悲鳴すら上げることが叶わなかった。
”!!!・・イタイ!” ”イヤダ!” ”コワい!”
ほのかの体は抵抗した。こじ開けられる未通の部位も懸命に固く閉じて進入を拒もうとする。
しかしそのことが逆に痛みを増幅させてしまい、ほのかの体は釣り上げられた魚のように大きく跳ねた。
一気にぼろぼろと滝のように涙が溢れた。強張ってしまった体全部が悲鳴を上げているようだ。
”なんでこんなイタイことするの!?なんで?なんで・・・!?”
痛みに耐えかねて泣き叫びながら、ほのかは夏に助けを求めてしがみついた。
すると耳元に届いたのはその夏の苦しげな声だった。小さく「すまん・・!」と聞こえた。
閉じていた目を開けると夏も何かを必死に耐えているような苦しげな顔だった。汗が滴り息も荒い。
それを見たほのかの口から途切れがちに発せられたのは、ほのかなりの苦しさを和らげる方法だった。
「・・なっち・・ぎゅって・・して。・・おねがい・・」
夏はその願い通りほのかの唇に口付けた後、震えている小さな体を潰さないよう慎重に抱きしめた。
ほのかの全身は冷たかった。夏の愛撫で濡らされ、緊張や苦痛に堪えて吹き出す汗のせいでもあった。
細い体に強いた無理を思い知らされ、夏の表情は苦悶に歪んだ。罰せられて当然の仕打ちと思えた。
しかし夏の体に抱きしめられ、ほのかの体はその熱さに癒されていた。体だけでなく心も安堵を覚えた。
心と体を温められて、さっきまでの酷い苦痛さえもが軽くなった。ほのかの願いは正しかったのだ。
ふぅと溜息を吐き、ほのかは夏に頬刷りした。「ありがと・・ちょっと楽になったよ・・」
責められるべきと唇を噛んでいた夏はその言葉に驚き、同時に固まっていた箇所が弛むのがわかった。
拒む体が逆に夏自身を捉えてしまい、きつく繋がれてしまったために動くことも適わなかった。
それが更に二人共に苦痛を増幅していたのだ。その接点からつと温かいものが滑り落ちた。
破瓜の印の血液だ。意外にもその時ほのかは痛がっていない。血液も体液と混ざり潤滑油になったらしい。
自分が抱きしめたことでほのかは安心したのかと思うと、夏は愛おしい想いが膨らみ胸が苦しかった。
「・・ほのか・・大丈夫か?」
「うん・・さっきみたいなスゴク痛いのは引いたみたい・・」
「けど・・まだ痛むんだな。・・動いたら・・ダメか・・?」
「わかんない・・あっ・・いたっ!」
「ダメか・・けど・・すまん。このままじゃ・・・・」
「なっち・・わかった。動いて・・いい・よ。」
「なるだけ・・このまま力を抜いていてくれ。」
恐る恐るゆっくりと夏は動いた。こんなにも思うようにならない自分は初めてだった。
ほのかに苦痛を味合わせても少しも萎えないどころか、寧ろ欲求は増すばかりで制御できない。
情けないことにほのかとは間逆に締め上げられ動けないことは辛かったものの、痛みより快感が勝った。
ほのかの中は想像を超えていた。深い悦びを夏の体に与え、体と脳に刻まれるように記憶されていく。
そのせいで昂るばかりの欲は夏のほのかへの想いと相まって、より一層烈しい求めに替わった。
ほのかも素直に力を入れないように努めた。その方が痛みが軽くなると体で学んだのだ。
わからないことは任せてしまおう、ほのかがそう観念すると、今までにない感覚を新たに自覚した。
ゆっくりと探るように動いていた夏もほのかの反応が変わったことにはすぐに気付いた。
相変わらず苦しそうだが、ほのかの中は夏の容に合わせて変化しているように感じられた。
お互いを重ね合わせてみてわかることなのだろう。ほのかの変化は二人にとって出発点でもあった。
一旦動きを止め、夏はほのかの手を片方握り締めた。そんなことで嬉しそうに握り返す小さな手が可愛い。
「ほのか、少しの間耐えてくれ。辛かったら言っていいから。」
「う・・うん・・?」
ほのかはよくわからないままに頷いた。体勢が替えられたと思った次ぎの瞬間、突き上げられた。
「は・ぁあああっ!!」
夏は「少しの間」と言ったが、ほのかにとってはとてもそんな間隔とはかけ離れていた。
揺れ動く自分の体。嵐が体の中に吹き荒れているかのようだ。いつ鎮まるともわからない。
しかし痛みではない感覚が確かに在る。それが動きに合わせてどんどん大きくなるのがわかった。
ぞくぞくと背中に走るもの、体の奥から沸き起こるもの、それらが波のように押し寄せてくる。
「あっあっあっ・・あっ!」
烈しい波は勢いを増すばかりで、感じ方が高まるとともに声も大きくなってしまう。
何かが変わったことにほのかの方が遅れて気付いた。苦痛とは反対の感覚だと認識するまで時間がかかった。
それまでに体験したことのない快楽だったからだ。ほのかの体は意識するより先に対応を覚え悦んでいたのだ。
しかしその快楽は苦痛と似ていた。悦びを快感と捉えるのが初心者のほのかには難しい。刺激が強すぎる。
感じていること事態が怖ろしくもあり、縋りつきたくて身悶えする。夏の手に知らず知らず爪を食い込ませた。
ほのかが何かを言いたげだと気付いた夏は全身を駆け抜ける高揚感で逸る気持ちを必死に抑えて尋ねた。
「い・痛むか?もう・・もう少し待ってくれ!」
「・・なっ・・ち・・さっ・さっきみたいに・・」
最後まで言えなかったが、ほのかの意を汲んだ夏は掬い上げるようにほのかの揺れる体を抱いた。
そんなつもりではなかったが、二人共が体を密着させた拍子に繋がりを深めてしまい二つの体が同時に震えた。
体が鬩ぎ合う音も大きく鳴っていたが、ほのかの声に紛れた。一際烈しい波が過ぎ去ったのはその後だった。
ぐたりと力無く夏にもたれ掛かるほのかをようやく解放してやれたのだ。
荒い吐息はそのまま鎮まるはずだった。しかし夏はそうしてやれないと悟ると驚愕した。
ほのかの中に解き放ったはずの体が予想に反して鎮まってくれない。体験したことのない事実だ。
こんなに消耗しているほのかに、まだ己の体は欲情して、それを止めようとしていないのだ。
それほど快感は強かったのだろうが、初めてで負担を圧倒的に被っているのはほのかの方だ。
もっと欲しいからといって強行するのはそれこそ鬼の所業ではないか。夏は自分に対する怒りで唇を噛んだ。
自身と格闘しつつも、ほのかを休ませてやらなければと体をそっと自分から離そうとすると、
「いや・・こうしてて・・?なっちぃ・・」
弱弱しい声でそのまま抱いていろとほのかが請うた。汗で張り付いた髪をどけてやりながら夏は途惑う。
「ほのか・・辛かっただろ?初めてなのに加減してやれなくて・・ごめん・・」
「ウウン・・いい。それより離さないで。もっとこうしててほしいの。」
「・・・オレもそうしたい。けど・・ほのか・・また・・欲しくなる。だから・・」
ほのかがそれまで夏の肩に埋めていた顔を上げると、眼の前に唇を噛む夏を見つけて驚いた。
指先でその血の滲む唇に触れ、ほのかから夏へと優しい口付けが贈られた。
「ほのか・・しがみついてていいなら・・いいよ。」
「っ・・!?」
「抱きしめててくれたら怖くないから。ダメ・・?」
「ダメなわけあるかよ・・!ほのか・・!!」
涙が一筋夏の頬を走り落ちた。夏に温かく微笑んでくれるほのかに、想いの丈を込めて口付けた。
そして再びの嵐にほのかは身を任せた。自身も望んでいたかもしれないと頭の片隅で思った。
劣等感でいじけていた気持ちが吹き消されていく気がしたからだ。求められることが幸せだと思えた。
初めのように繋がるために時間は掛からなかったものの、ほのかにはまだ苦痛が伴った。
それでもやがて数度の極みを味わうに至った。永い夜が終わりに近づく頃、ほのかは意識を手放した。
深く眠りに落ちたほのかの体を、夏は丁寧に拭いてやり寝巻きも着せて横たえた。
ほのかに対して夏は全く眠気が起こらなかった。疲労感はあるにはあるが、心地良いだるさだ。
なんという夜だっただろう。数年、いや数十年程が濃縮されたような。夏はそんな気がした。
出会った頃から今までの二人の出来事が走馬灯のように浮かんで消えた。信じ難い幸福感とともに。
ほのかがいなかったら、夏は全く違う道を行っただろう。そしてそこには孤独しかなかったと思う。
「大事なこと言い忘れた・・ほのか。愛してる・・」
傍らで眠るほのかの耳元に夏はそっと囁いた。当たり前過ぎて言えないでいたその言葉。
愛していることも、愛されることも、ほのかが教えてくれたものだ。なのにずっと言えなかった。
”ダメだな、オレは・・オマエに甘やかされて・・どんどんバカになってくぜ・・”
自嘲は口には出さなかった。そのかわりのようにほのかの頬に口付ける。
”お返しにどんどん甘やかしてやる。覚悟しとけよ。”
”けど・・夜はオレの方がわがまま言いそうだな・・”
これまでずっと”わがまま”だとほのかに言ってきたことを夏は反省した。
今日のこの夜を迎えるまでは自分の方が理性的で大人だとさえ思っていたかもしれない。
・・・恥ずかしい話だ。みっともなくそのことを思い知らされ、愕然とした。
ほのかを大切にしたい気持ちは間違っていない。間違いようも無いことだ。
しかし抑え込んでいた”泣かせたい”とか”めちゃめちゃにしたい”部分は
自分で意識するより遥かに強い欲求として根底に在ったということなのだ。
それとも今日知ったのはほんの僅かに過ぎず、これからまた色んなことに気付くのだろうか?
ほのかの体のこともおそらく、知ったのは一部分なのだということにも思い至る。
”一緒に大人になりたいの!”
夏はほのかの言った言葉を思い出した。そして気持ちを新たに引き締めた。
”オマエに置いてかれないようにしないとな。”
大切にすることだけじゃない、二人で成長すること、夏はそれもほのかに誓おうと決めた。
「MUSICA」のXとYの夜です。役者のお二人ともお疲れ様!って感じですv
けど本格的なお楽しみはこれから!二人の『夜』はスタートを切ったばかりです♪