お嫁においで 


 
 親子だなあ、と宮原は今更ながら思った。

お隣の家に回覧板を言付かってチャイムを鳴らすと出迎えた顔は
宮原を見るなり嬉しそうに微笑んで、お茶飲んでいってと彼女を
返事も待たず家へと引っ張り上げた。隣家の主婦は宮原の母とも
親しいが、一人息子と同年の宮原のことをいたく気に入っている。

 真波の母は息子の真波とまず髪の質から顔の作りから極めつけの
人懐こい笑顔、そして何かと構ってくるあたりも似ていると思う。
病弱だった昔から宮原の方が世話をしていたことも事実ではあったが
何かにつけ頼りにされたり、親しげに話しかけたり接してくるので
本来息子の方もそうだったなあと思い出す。今は自転車に夢中になって
宮原に構うことは減ったけれど。彼が自転車に出会わなければもしかして
昔のように宮原にまとわり付くようにしていたかもしれないなんて思う。

 半ば強引に引き込まれた真波の自宅の居間にお菓子とお茶が並ぶ。
仕事もしていつも家にいる訳ではない真波家の主婦だが家庭的でもある。
久しぶりにクッキー焼いたのよ、たくさん食べてねと宮原に勧めてくれた。

 「以前みたいに毎日でも遊びに来てくれたらいいのに。」
 「えっそんな。嬉しいですけど毎日だなんて・・」
 「おばさんちって最近話す人が家にいなくて寂しいのよ。」
 「おじさまもお忙しいんですね。」
 「あっちも趣味とその仲間と遊んだりして息子とおんなじ。」
 「そ・そうなんですか・・」
 「そうなのよ。だから○○ちゃん、早くお嫁に来て?」
 
 「はっ!??」

うっかり飲んでいたお茶を吹いてしまいそうになったが、踏みとどまった。
宮原の驚きに気付かないのか、真波母は真面目な表情になって宮原の両手を
握り締め懇願した。まるで彼女自身から求婚を受けているかのような格好だ。

 「お嫁さんにするって本人が言い出したのはずーっと昔だけど」
 「家では○○ちゃんの話以外女の子のこと聞いたことないもの」
 「だから今でもきっとそうよ。だけどあのこのんびりしてるから」
 「ほかの人に取られたらどうするのかしらってすごく心配なの。」

 「は・え・・う・・え?!」

宮原は目の前に迫った真波そっくりの真波母の顔を否応なく見つめて
激しい動悸と動揺からなんとか抜け出そうと試みる。ほんとに似てる、
おばさまったら変わらない、そうよ、落ち着いてわたし。これは・・
久しぶりで驚いたけど、昔も言われたことあるわ。平気、へいき・・

 「ふふ・・綺麗になったわねえ、○○ちゃん。カワイイ。」
 「はっ・はにゃっ!!?」
 「あら、ご免なさい。びっくりした?あのこちゃんと伝えてる?」
 「え・えっ?な・なにを、ですか?」
 「なんにも言ったりしたりしてないの?」
 「い・言う・・?する・・って・・?」
 「昔二人が結婚するって皆の前で誓いのキスしたのは覚えてる?」
 「!!!!??」
 「あのときはほっぺだったけど・・あれ以来キスもしてないのかしら。」
 「し・・してません!おばさまっわたしたち・・その・・つまり」


 「・・二人共なにやってんの?」

 「あら、山岳。お帰り。」
 「母さん委員長が・・手を離して。」
 「まあっ○○ちゃん!?どうしたの?しっかり!」
 

 緊張の為酸欠に陥ったのか宮原の意識は束の間飛んでしまった。
直ぐに回復はした。気付くと心配そうに覗き込む真波と真波母がいて
先程まで腰掛けていたソファに寝かされていたのだと気付く。起きようと
するとそれを手伝おうと手を伸ばす真波母がごめんなさいねと呟いた。

 「こちらこそ失礼しました。大丈夫です・・」
 「もう・・母さんてば委員長いじめちゃダメだよ。」
 「いじめたりするわけないじゃない!お母さん○○ちゃん大好きなのに!」
 「大好きだからってなに手握って見つめ合ってたの?おかしいよ!」
 「だってだって・・早くお嫁さんに来て欲しいってお願いしただけよ?!」
 「え、なんだ・・って、それ母さんが言うことじゃないだろ!」
 「あんたがなんにも言ってないみたいだから心配になったんじゃないの!」
 「そりゃまだだけど、オレ達のことなんだからほっといてよ!」
 「あんたが○○ちゃんほっといてる間に誰かに取られたらどうするつもり?」
 「そんなヘマしないから!って・あっ・委員長!?」

なんとか起き上がった宮原の眼前で始まった親子の言い争いに開いた口を
金魚のようにパクパクしていた宮原だったが、またもや気が遠くなってしまった。
真っ赤に染まった顔から湯気でも出そうな程だ。そしてそのままソファに倒れた。

慌てた真波親子がふたり揃って宮原を気遣って、その後なんとか起き上がったが
宮原の顔は赤いまま治まらず、目元は潤んでしまっていた。しゅんとした真波母に
宮原は言った。その声はとても恥ずかしそうに小さな声だった。
  
 「おばさま、ありがとうございます。ご迷惑掛けてごめんなさい。」
 「ううん、こちらこそ。それに迷惑上等よ。娘みたいに思ってるから。」
 
 「母さんはちょっと委員長のこと好き過ぎ。お嫁にもらうのはオレだよ?」
 「だからそうなったらお母さんは○○ちゃんのお母さんでもあるのよ!?」 
 「そうだけどさー!」
 
 「あっあのっ!も、それくらいで!・・カンベンしてください・・/////」

 宮原は逃げるようにして真波家を去り自宅へと駆け込んだ。出迎えた母に
事情を訊かれたが説明する気にはなれず誤魔化した。その後真波母がお詫びにと
菓子折りを持参で宮原家を訪ねたので事情は宮原家にも正しく伝播することに。
両家の母達の会話は具体的過ぎて宮原は耳を塞いだ。当人達そっちのけである。

 夜、幼馴染からベランダに呼び出された宮原は渋々といった顔で向かうと
幼馴染のヘラっと眉の下がった笑顔に釣られてしまい自身も苦笑を浮かべた。

 「母さん達気が早いよね〜!けどオレがいつも言ってるせいだと思うから許して?」
 「・・・あんたいつもどんなこと言ってるのよ?」
 「委員長が今日も可愛かったとかそんなのは毎日だけど・・」
 「はあっ!?そ・そそんなことを!毎日っ?!」
 「いつお嫁にもらうのって訊かれる度にそりゃあいつかねって答えてる。」
 「そんな会話を・・何度もですって?!」
 「うん。母さんも母さんで委員長のことカワイイとかいつも言ってるよ!」
 「そうなの・・そういえば、さっきも言われたわ。」
 「あんまり可愛いだの好きだの言うからオレなんかむかってしてさあ・・」
 「え、むかっ・て?」
 「母さんよりオレのほうが好きだから!っていつも怒鳴っちゃう。」
 「はっ・にゃっ・っ・!!」
 「あれ、委員長また顔赤い。ダイジョウブ?」
 「もう寝る・・なんだか・・ものすごく・・くたびれた気がするの。」
 「委員長真面目過ぎるからなー。オレ見習ってたまには息抜きなよ。」
 「・・・・そうね。たまにはいいかも。」
 「あっそれとさあ、委員長・・」
 「え、なに?」
 「手を握られただけであんなになってたら、可愛いけどオレ困るよ。」
 「よっ余計なお世話!おやすみなさいっ!!」
 「あっ委員長・・オヤスミー!また明日ね!」

 くるっと方向転換した宮原は窓を乱暴に閉めカーテンを雑にかき寄せると
後ろ手でカーテンを掴んだままズルズルっと床に腰を落としてしまった。
心臓が治まったと思ったらすぐこれだ。騒がしさが鎮まるよう胸を抑えた。
きっとまた顔が赤いんだ。どうしてくれるの。親子揃って・・それもこれも 

 「あんたのせいよ、ばかさんがく!」

 今日一日に投下された情報量とその重さに押し潰されそうになる。
眠れるかしら、いえきっと無理。そう思いながら宮原はベッドにダイブした。
明日どんな顔すればいいかしら、いつもどおりにできるのかしらと思い悩む。
ぐるぐるとどうでもいいことと真波の母と息子の会話が頭の中をループした。

 あたしたち付き合ってもないのに・・結婚ですって?
 
 早くお嫁にきて! ほかの人に取られたらどうするの?
 
 そんなヘマしないから!

 オレのほうが好きだから!

 ああばかばかばかばかばかばかっ 好きなのはわたしだけって思ってたのに

 ほんとにどうするの? あんたが遅いからお嫁にきたわよ!って
いつか言ってやろうかしら。いいのかしら。いらないのって訊いても?
いるって言ってくれたら・・・いいな。オレのほうがほしいからって・・


 胸騒ぎと愛しい言葉の数々が宮原を埋め尽くす。諦めて宮原は目を閉じた。