OH MY GOD! 


 「お願いっ・・します!」
 
 土下座なんて実際にこの眼で見るのは初めてだった。
ポカンとして2秒、気を取り直して2秒後に私は尋ねた。

 「どういうことなの?いきなり結婚だなんて。」

 場所は私の私室の床上。私は土下座する幼馴染の向かいに
正座した。きちんとした説明を求めるのは当然のことだろう。

 「委員長しかいないんだ。だから・・助けて!」
 「人助けで結婚?そもそも一年程音沙汰無しで。」
 
 高校三年時は濃密に過ごしたと言っていい。受験のためにだ。
幼馴染が海外留学を視野に選んだ大学はランク高めであったし、
たまたま私の志望校でもあったので、二人で毎日勉強に励んだ。
目出度く合格したと思ったら彼の五月の誕生日を待たず飛び立ち
その後ウンともスンとも云わないまま一年余り。そして突然の
来訪を知ったと同時に彼は泣き出しそうな顔で土下座したのだ。

 膝を突き詰めたまま話を聞いた。幼馴染であるがゆえ、この
真波山岳を一途に懸念し続けたキャリアのおかげで冷静でいられた。
夢は抱いていなかった。一緒に過ごすのも彼が旅立つまでだと
理解できていたし、ましてや結婚といった将来的予見は微塵もない。

 聞くところによると、向こうではステイ先の家庭がよくしてくれ
ロードのチームでも徐々に力を発揮できるようにもなった。順調に
行くかに思えたが、事情により家を出ることになった。というのも

 「ステイ先の娘さんとのことを誤解された!?」
 「すごく親切な子だったんだけど・・オレのこと好きなんだって!」
 「はあ・・そのことに気付いてなかったの?」
 「親切だなあって思ってたよ。だけどオレとにかくそれどころじゃ」
 「誤解と説得するために嘘というか方便を使ったわけね。それで?」
 「おじさんに追い出されそうになったらその子が付いてくるって!」
 「結局ロードで振り切って逃げて・・チームの監督んとこ頼って。」 

 ところが彼女は所属チームの事務所から行方を追ってきたという。

 「・・フランス女性って思ってたより情熱的なのね。」
 「だからオレ結婚して委員長を連れてくるって約束したんだ。」

 「さんがく、大事なことだから正直におっしゃい。あなた・・」
 「オレなんにもしてない!ほんとに!信じていいんちょうっ!」
 「・・嘘は吐いてなさそうだけど・・はあ・・でも私とのことは嘘よね。」
 「嘘・・だけど嘘じゃない。オレ結婚するって決めてたから。委員長と。」
 「へ〜・・私そんなことちっとも、知らなかったわ!」
 「だって委員長勝負してくれないんだもん!してよ!」

 ちょっと感情が高ぶってぺしっと山岳の頭を叩いでしまった。反省。
つまり幼馴染は幼い頃から私が好きでロードで勝って交際を申し込もうと
そう勝手に決めてずっと「勝負しよう」と持ちかけていたと白状した。
驚いたし呆れもした。全く気付いていなかった。両思いだったことに。
けれど今はそのことに感動している場合でもなかった。こんななし崩しと
いうか、いい加減な流れで一生を決断せよなんて過酷ではないか。そう、
好きな人と結ばれるのは素晴らしいけど、それなら尚更こんなのでいいの?
私は悩んだ。さすがに山岳でもこんなかたちの求婚は不本意であるらしい。
どうするのが良いのか二人して床の上で畏まったままう〜んと考え込んだ。


 「・・・・あの〜・・委員長?」

 彼がおずおずと上目で私を伺いながら言葉を発すると同時に
ぐうううううう・・・景気の良い音が鳴り響き、彼は頭をかいた。

 「お腹空いちゃった。・・あと脚・・痺れて立てないや。」
 「・・・・・何か作るわ。脚、伸ばしてなさい。」

 私の私室といっても一人暮らしなので台所は続きだ。炒飯でも
いいかと了解を得て作り始める。私の大学生活を知らなかった山岳は
キョロキョロと部屋を見回し、何事か考えているようだ。痺れが治まる
と、そろそろと立ち上がり私の立つキッチンへとやってきた。

 「あ、ひき肉のだ。やった!オレお皿出すね。」
 「そこよ。まあわかるわよね。」
 「それよかオレびっくりしたよ。委員長が一人暮らしなんて。」
 「大学が遠いからよ。ここセキュリティもしっかりしてるし。」
 「ふーん・・」
 「なんなのさっきから妙な顔して。」
 「オレ・・今頃気付いたんだけど。」
 「?」
 「委員長オレ以外の奴と勝負したり・・してないよね?!」
 「今やっとそこに思い当たったの?はあ・・」
 「まさか・・もう・・かっ彼氏とか・・い・・いたり・・」 
 「どうでしょうね。他の誰か見繕うか、責任取ってフランスの彼女と」
 「ヤダヤダやだっ!そんなの・・オレもしそんな奴いたら勝負する!」
 「私じゃないとダメなの?」
 「うん。ダメ。生きてけない・・だからオレを助けてよいいんちょう!」

 大きくて真っ直ぐな幼馴染の瞳は曇りなど一切なくて真剣だった。
私は観念して一つ大きく息を吸い、彼の目を見ながらゆっくりと告げた。

 「・・・あんた以外好きな人なんていないから安心したら?」
 「そっ・それじゃ・・結婚してくれる!?あっそのまえに勝負して!?」
 「勝負はいいわよもう。どうせ勝てるわけないんだし。」
 「え〜・・オレの夢が〜・・」
 「私の夢はどうしてくれるの!こんなプロポーズ予想外だったわよ!」
 「どんなのがよかった?いまからじゃ間に合わない?」
 「・・土下座以外で。」
 「そうなの?先輩に土下座しろって言われてしたんだけど。」
 「誰よその先輩・・箱学の人ね。」
 「当たりだ。委員長ってすごいなー!」
 
 ささやかな夕食をまた向かい合って、今度はテーブルに座して食べた。
しつこくプロポーズはどんなのがいいかきいてくるので弱ってしまった。

 「もういいってば。」
 「よくないよ。あっそうだ!指輪!!ごめん間に合わなかった。」
 「あんたにしてはよく思いついた方だわ。」
 「買いに行こう?っていうかいつフランスに来てくれる?」
 「へっ・・」
 「来てくれるんでしょ?パスポートある?向こうで式挙げちゃう?」
 「ちょっと待って。行くの?説明・・」
 「信じてくれないから連れてくって言ったんだってば〜!」
 「急過ぎるわよ!そんな簡単にできないことじゃないの!」
 「え〜今頃言うの?委員長ってば・・」
 「こ・困ったわ。」
 「ふふ・・オレは嬉しい。あっちで色々案内したげるね!」
 「そういえばあんた言葉はもう大丈夫なの?」
 「あー会話なら大体。読み書きはまだまだだけど。」
 「そうなの?すごいわね。私英文科だけどフランス語は・・」
 「だいじょうぶだいじょうぶ、委員長ならすぐだよ。」
 「なにが直ぐよ。こっちの都合ってものをちょっとは考えなさい。」
 「ごめんなさーい・・」

 なんだかどんどん落ち着かなくなって食事を終えた後も気もそぞろ。
まずは何から?というかなんか忘れてない?ああ待ってよ、混乱してる。

 「いいんちょー?どうしちゃったの?」
 「けっこん!フランス!どうしたらいいの頭が真っ白だわ・・!」
 「そっかあ・・じゃ今日はもう考えるのやめにして明日にしよ。」
 「明日。明日は大学は・・あ、良かった。ないわね。」
 「ほんと!?わーラッキー!オレ今晩泊めてね、委員長。」
 「は?泊まるって・・布団がないわよ。」
 「一緒・・じゃダメ?」
 「いっしょ・・っ・・・・えーーーーーーーーーーーーーーっ」
 「うわそんな声、大丈夫?ここ防音?!」
 「よっよく考えたらあんた泊まるとか・・それもいきなりっ!」
 「・・そうだね。えっと・・うん、努力はするよ。」
 「な・なんの努力よ・・」
 「キンチョウするね、初めてだね!オレあんまよくわかんないけどがんばる。」
 「だから・・なにをどりょくしてがんばる・・って・・」
 「え〜やだな〜・・いいんちょーのえっち!」
 「っ・・!!!」
 「えっ!わあっいいんちょうっ!!しっかりっ!?」

 
 その後はどうしたかってそれはわからない。気を失ってしまったので。
翌朝までぐっすり眠ったらしいのは私を抱きしめて一睡もできなかったと
ぼやく幼馴染が言ってたけれど。ジタバタ腕から逃れようと試みたけれど
私が起きるとそのまま彼は眠りに落ちた。そんな状況で冷静ではいられない。
少しも事態を収拾すべきことを為していない。それだけは判っていたけれど。


 「・・起きたら・・しょうぶ・・そのまえにちゅうしようね〜・・」

 そんな寝言、耳元でやめてって思うけどどうしようもないというか。
これも宿命なのかしら。一生この子のことで心配したりやきもきしたりが。
そう思うと私ってなんて幸せなんだろうとようやく実感が涌いてきた。

 ハラハラして、怒って、どぎまぎして。追いかけて逃げられて。
唐突に現れて爆弾落として・・・ああそういう風にできているのね。
私たちはそういうものなんだと思うと辛かった過去さえ愛しくなる。

 もぞもぞと私に擦り寄る幼馴染にびくっとした。なんか・・・当たって・・
 
 ”たっ・・誰か助けて。どうすればいいの!?”

 こんなこと教わってない。私真面目に勉強してきたけどこういう事は
曖昧模糊とした知識、それも恥ずかしくて避けてきたことを反省します。
無意識なのか幼馴染の拘束がどんどんキツくなっている気がするんです。

 「さっさんがく?起きてる?寝てるなら起きて!」
 「ふみゅ・・うぅ〜?いいんちょ・・呼んだ・・?」
 「呼んだわ!寝ぼけてないで起きてちょっとゆるめて!」
 「え〜・・やだあ・・だいすき・・だよ、いいんちょー・・わあっ!」

 渾身の力で押し退けたら幼馴染はベッドから転がり落ちた。
可哀想だけど私だって酷い目に合ったかもだから相殺して欲しい。

 「いたあ・・おはよお・いいんちょう。」
 「っ・・っ・・おっおはっよう・・じゃないわよ。」
 「あっ・・ヤバ・・ゴメン。あのこれ違うんだよ。」
 「説明しなくていいから!かっ顔洗ってきなさい!」
 「あ、うん・・あー寝起きのいいんちょかわいい。」

 山岳は私のタオルケットを腰に巻きつけて洗面所へ向かった。 
私はというと寝起きでボサボサであろう髪を撫でつけて今しがた
触れられた唇の違和感というかアイツの唇の余韻に身を震わせた。

こんなことがこれからも続くのか。私の心臓やら体は耐えられるのか
すごく不安になった。だけど熱くてじんわり残る余韻は心地よくて。
私は自分がごくごく普通に女だったことを自覚した。

 「あっどうしよう・・結婚とか・・もう・・っ!」

 羞恥やら幸福やら不安やらで綯交ぜの気持ちを持て余した私は
枕をぎゅっと掴んで放り投げた。それが戻ってきた山岳にぶつかって
なんで怒ってるの!?って不思議そうに見る。なんでですって?

 あんたのせいよ!そう言いたかったけど
 そいつのせいでまた言いそびれてしまった。