似た者同士 


 緊急事態だとひと目で分かった。心臓が不穏さを感じて騒ぐ。
長く一緒にいる幼馴染だからこそ、彼女の異変にオレは敏感だ。
何があったのかと訝しみながら徐に幼馴染に近付いて行った。

 はっとオレに気付くと眉をキリリと上げ、口をへの字にする。
警戒しているのはオレが彼女の異変を察知したと分かったからだ。
職員室の方から来たとするなら、そこで教師に何か告げられたのか
或いは厄介な輩に遭遇したか。廊下には逃げ道もないので委員長然と
いつもの真っ直ぐな姿勢で向かってくる。オレはその退路を塞ぐ。

 「委員長」
 「何かしら?真波くん。道を塞がないで欲しいわ。」
 「何処行くの?」
 「お昼まだだから中庭に行くのよ。どいてくれる?」
 「オレも行く。」
 「もうお昼ご飯済んだでしょう?」
 「物足りないからおにぎり一つちょうだい。」
 「・・・今日は作ってきてないわ。」
 「そっか。じゃあいいや。」

 「ちょっと、付いてこないで。」
 「オレも行くっていったじゃない。」
 「そんなにお腹空いてるの?私、一人で食べたいのだけど。」
 「寝ちゃって次の授業遅刻するといけないから見張ってて。」
 「・・・・仕方ないわね。」


 本当はご飯なんて食べるつもりじゃなかったらしい。急ぎ教室に戻ると
小さなお弁当箱を掴んで戻って来た彼女と中庭のベンチに腰掛けた。
彼女は多分1分で食べ終わりそうな中身のお弁当を食べ始めた。見ていると
一口くらいの小さな俵型のおにぎりを「これでも良かったら一つ食べる?」
なんてきくんだから委員長ってバカが付くくらい人がいいなって思う。
とてももらえそうにないから断った。それなのに委員長はオレが遠慮
したと思ったのか最後に一つだけおにぎりを残して食べきれないからと
差し出す。頑固な彼女は断っても食べないだろうと結局それを貰って食べた。

 特に会話のないまま、彼女のささやかな昼食が数分後に終わった。
さっさと片付けて立ち上がるとオレに構わず歩き出した。慌てて追う。

 「待ってよ、委員長。まだお昼休み終わってないよ。」
 「居眠りしそうになかったから、私は用済みでしょ。」
 「オレの用なら済んでないよ。なんにも言ってくれてない。」
 「私の方にはプリント以外の用なんてないわ。」
 「へ〜・・そんな顔してさ。オレにはわかるよ。」

 素直じゃない彼女に意地の悪い言い方をした。怒らせるつもりで。
怒ってる方が苦しそうにしてるよりずっといい。オレのわざとらしい
挑発に委員長はピタと立ち止まるとクルンと大げさに振り向いた。
つり上がった眦と眉。怒った彼女は闘いの女神みたいで凛々しい。
なんて名だか忘れたけど東堂さんが言ってた。”    ”のようだと。

 「ほっといて欲しいってわかってるならそうしなさいよ!」

 何かに必死で耐えている彼女は痛々しくて見てるだけでも辛い。
なのに罰を与えてもらおうとするみたいにオレは吸い寄せられる。

 「いやだよ。委員長だけは放っておかない。お互い様だね。」

 オレのことを真剣に想ってくれて構ってくれる人だから。オレも
そうするんだ。当たり前のことだよ。睨みつける瞳は既に潤んでいて
あと少し。オレは彼女の前に一歩、二歩。距離を縮めて対面した。

 唇を噛むのは泣くのを堪えている時だ。普段滅多に泣かないような
彼女だが、意外と怖がりだし涙もろい。オレだって数える程しか見て
ないけど、だけど知ってる。例えば怖いのを我慢する時もそうだし
悔しい時もそうやって唇を噛む。虚勢を張って心配を掛けまいとする。

泣いたっていいのに。オレの前でなら寧ろ歓迎するくらいだ。
無理しなくていい、どうしてそんなに頑ななんだろうって時々思う。
彼女の大きな瞳に映っているオレの顔が歪んで見えた。


 「・・委員長の意地っ張り。」
 「なによ、あんただってそうじゃない。」
 「・・唇噛んじゃだめだよ。」
 「べつに涙こらえてるわけじゃないわ。」
 「うそつきだね。」
 「あんたほどじゃないと思うわ。」
 「我慢し過ぎるのは良くないよ。」
 「あんたは昔から我慢ばかりしてたのに?」
 「オレは」
 「皆はあんたのこと自由だとか勝手気ままとか言うわ。」
 「うん、そうだね。」
 「でも私の知ってるあんたはいつだって何か抑えてる。」
 「・・そう見える?」
 「ええ、今だってそうじゃない。あんたの方が泣きそう。」
 「オレは泣かないよ。けど委員長はもう涙溢れそうだよ。」
 「そんなことない。」
 「そんなことある。」
 「ないったら!」
 「あるよ!」

 瞳の中のオレの顔は怒りが加わって更にイビツになった。
普段はこんな顔しない。きっと普通の女のコなら怯えるだろう。
だけどオレの幼馴染はオレのこんな顔も知ってるから怯えない。
苛々とした顔も、諦め切ったようで諦めていない不満顔も全部。
知ってるのは大きな瞳を潤ませてオレを見つめている、キミだけ。

 「・・髪を引っ張らないで。」
 「ああ、ごめん・・」
 「苛々すると私の髪を引っ張るクセ、治らないわね。」
 「オレこんなことしたこと前にもあった?」
 「・・一度だけだったかもしれないわね。」
 「委員長も何か誤魔化そうとする時髪をいじるじゃない。」
 「そうかしら?」
 「そうだよ。」

 誰よりオレのこと気にしてくれるのに、オレのこと知ってるのに
なんで頼ってくれないんだ。愚痴でも八つ当たりでも構わないのに。
キミが泣きそうな時にそれとよく似た気分になる。いっそ泣かせたい。
勝負してくれないのはオレとの関係を壊したくないんでしょう?
わかってるよ。だけどいつかオレは壊したい。壊さなきゃ進めない。

 「オレ、そやってオレに隠そうとするとこきらい。」

 あ、傷ついた。そうだよね、きらいなんて・・ウソなのに。
泣いちゃえばいいのに。そんな乱暴な思いでキミを傷つけるオレを
罵って欲しい。険しい表情そのままにまた一歩彼女との距離を縮めた。
唇をさっきよりもっとキツく噛んでも目は反らさない。息がかかるほど
二人が接近していたことにお互い意識がいってなかった。だから


 「てめえらっ!いーかげんにしろヨ!!」

 
大声に二人して驚いて振り向いた。聞き覚えのありすぎるオレの先輩、
委員長も面識があるので反射的に会釈をしながら呆然としている。

 「込み入った話なら帰ってやれ。ってか真ァ波!」
 「はい・・」
 「恫喝とか、らしくねェな。そんなにこのコ泣かせてエの?」
 「だって・・委員長意地っ張りでオレに頼ってくれないから・・」
 「だからって小学生みてエにキライとかって、バカなのオ!?」

 「えっと・・そんなでした?・・ごめんね、委員長・・」

 「は・え、えっと・・うん・・」

 「痴話ゲンカは人目のねエとこでしなよオ!」

 「はにゃっ!?」

 ”痴話喧嘩”に反応したのか委員長の顔が赤くなる。
ちょっと荒っぽい先輩の口調は通常運転なのだが慣れていない彼女は
少し怯えて戸惑っていたのだが、その一言で緊張の糸が切れたらしい。
オレも彼のおかげで頭が冷えたようだったので小さく感謝を伝えた。
するとこそっと耳打ちするように言われた。

 「オメー今にも食っちまいそオだったぞ、ちったァ加減してやれ。」
 「あ・うん・・ちょっとその気でした。すいません・・」

 「じゃあネ」なんて頭を掻きながら先輩は背を向けて戻って行った。
毒気を抜かれて間抜けな顔のオレと先輩の後ろ姿を見比べていた彼女は
涙も引っ込んでいた。オレと同じくポカンと気の抜けた表情をして。

 「「あの」」

 二人の声が被って妙な間が空く。荒北さんが来てくれなかったら
きっと今頃委員長を泣かせて酷いことをしていたと思うと反省した。
そして彼女も落ち着きを取り戻したのかフッと肩の力を抜いた。
 
 「なんだか心が軽くなった気がするわ、さんがく。ありがと。」
 「えっ・それって荒北さんのおかげ、だよね。オレじゃなくて。」
 「あの人もだけどあんただって私のこと心配したんでしょ。」
 「あ・うん。けどなんか失敗したみたい。ごめん・・」
 「もういいわよ。」
 「よくない。きらいってゆったのナシにして。」
 「いいっていってるじゃない。」
 「やだ。委員長わかってない。きらいなんてこと絶対ないから。」
 「わかったわ。あんまりいうとほんとうみたいよ。」
 「うーなんか・・どういったらいいのかなあ!」

 オレは荒北さんじゃないけど頭を掻きむしった。伝わった気がしない。
まだちょっと焦ってるのか心が飛び出しそう。口から余計な言葉が再び
溢れそうで弱った。委員長はそんなオレを今度は不安そうな顔で見た。

 「ちがうんだよ。だからさ、委員長が何かで傷ついたりするとね?」

胸の辺りをギュッと掴んでいってみる。「ここが苦しくなるんだ。」
真面目に聞いてくれている彼女は理解しようと努力している風だった。
なのでオレは彼女の手をとってオレの胸元に押し付けてみた。

 「ちょっ・!?なにっ!?」
 「なんていっていいかわからないからこうすれば伝わるかなって。」
 「なにを伝えたいの?さんがくが私を気にかけてくれてること?」

 「それならわかるわよ。」といっているけど、それじゃない。 
よく考えてみればいいことなのだろうけど、考えが浮かばなくて
オレは自分が情けない。困るオレに困ってるキミ、どうしようもない。

 「そうか、わかった!委員長。一人で泣いたりしないで!?」
 「えっ・・」
 「オレに怒ったり愚痴ったりやつあたっていいから。」
 「委員長が痛かったりしたらオレに投げて。いつでも。いくらでも。」
 「・・・・」

 なんとか言葉にできた気がしてオレは興奮したのか握っていた手を
強く握り締めてしまったらしくて、委員長が「痛いわ」と呟いた。
慌てて手を離すと委員長は離れた腕をもう片方の手でそっと撫でた。

 「そんなに痛かった?ごめん。」
 「謝ってばっかり。いいってば、さんがく。」
 「オレうまくできなくて。だからごめん。」
 「もう、しつこい。謝るのやめなさい!今日はこれ以上いったら怒るから。」
 「え・うん・・ご・っとと・・」

 「ふふ」
 「あ・はは」

 ふわっと花が咲いたみたいに笑った彼女に釣られてオレも笑う。
二人で顔を見合わせて一瞬、そうしてまた笑った。今度はたくさん。

 「なんだか悩んでるのもバカらしくなったわ。」
 「そっか。よかった!委員長が笑ったらオレうれしい。」
 「そんなに私痛そうな顔してた?」
 「うん。もうね、すぐにわかるよ、オレの心臓ギュってなるから。」
 「ヘンなの。そんな能力どうしたの?」
 「え〜たぶん委員長のせいだよ。」
 「私は何もしてないわよ。」
 「だって委員長にしか反応しないよ?だから委員長の責任。」
 「なっ言い掛かりだわ。私にどう責任取れっていうの。」
 「うーん、そうだなあ、どうしてもらおうかなあ!」
 「なによ。きらいだからってひとを悪者にするなんてどうなの。」
 「オレ悪者になんかしないよ!もー委員長こそどうなのそれ!?」


 オレ達はそんなこんなでまた言い争っていた。でもそのときは
彼女はいつもどおりの委員長で、無理もしていなかったし笑ってたから
ぜんぜん構わない。なのでその様子を気にして見守っていたらしい先輩の

 「だーからァ、ところかまわずいちゃつくなってエの!!」

っていう怒りには頭を傾げ、「いちゃついてないです、いつもどおりです。」
と言い返した。何故か蹴りを入れられてどうにも腑に落ちなかったのは余談。
委員長は滅多なことでは泣かない。だからオレは見逃さないようにしなくちゃ。
それとあんまり食ってかかってはダメと。(食うの意味が違うと言われた)

 「荒北さんの言ってることわかるんですけど、よくはわからない。」
 「・・・天然め。似た者同士だヨ、てめえら。」
 
 どういう意味でかと尋ねても教えてはくれなかった。 
無自覚?って何に対してだろう。今度委員長にもきいてみよう。
似た者同士って言われたことはきっと喜ぶんじゃないだろうか。
なぜってオレは嬉しかったから。似てないわよっていったとしても
イヤな気はしないと思う。ああ、やっぱりオレたちって似てるかな。