Love so Sweet 


 
 年を追うごとに苦しくなっていたこの季節とその日が
こんなに様変わりするなんて、いまもって信じられない。
ついチョコを作る手を止めてぼんやり感慨に耽ってしまう。
今年は堂々と渡せるのだ。それも義理という包み紙もなく
本人から直接「欲しい」と要求されたチョコレートを。

 一月ほど前までは一生付き合うことなんて無いと思ってた。
人生ってわからない。驚天動地ってこういうことかもしれない。
それは些細な誤解だった。そのせいでさんがくは死ぬ程焦ったそうだ。
物凄い勢いで私のところに駆けてきたと思うと「死なないで!」と
泣きながら懇願した。勿論それは彼の完全な勘違いだったのだけど。
そのことを説明しようとしてもなかなか信じてもらえず私も弱った。
結局誤解は解けたのだけれど、それを切欠に彼は考えを改めた。

 「委員長!勝負は後回しにしよう!」
 「は?ええっと・・どういう意味?」
 「だからオレが勝つまで待ってられないから結婚しよ!」
 「・・・はぁあ!??」

今度は私が納得するまで時間がかかった。彼の独自ルールらしかった。
結婚はあんまり突飛過ぎると言ってもきかない彼との話は難航の一途。
周囲の援けもあってなんとか結論に至った。”結婚前提の交際”へと。

・・ああそれらを思い返すと恥ずかしいというかいたたまれない・・

けれどこのひと月の出来事は奇蹟と言って過言ではない。一月経とうと
私は未だに落ち着かない。何度も思い返しては自分を納得させる作業。
あの片思いの日々を埋葬したいま、花を手向けたい気持ちも湧いてきた。
とはいえあのさんがくのこと。これからどうなるかは予想がつかない。
私にできることはこの現実を受け取とめて大事にするほかなにもない。


すっかり夜も更け、予定時間を軽くオーバーしていた。0時を過ぎたから
今日はもう14日だ。まだ起きているかしら。渡してしまおうかと思った。
互いの家族は皆寝静まっているけれど、お隣の部屋には明かりが点いている。
私は珍らしくお隣の窓に合図を送った。夜中だと音がしてはいけないから
暗くした部屋からライトを点滅させる。部屋にいることはわかっていたし。
すぐに部屋から顔をのぞかせたさんがくはまるで待っていたかのように
ちょっと上気した頬をゆるませて「いいんちょう、そっち行っていい?」
言うなりうちのベランダへ飛んだ。これいい加減にしないと危ないわと
窘めるのだけれどそうかな、まだいけるんじゃないとまるで取り合わない。

 「あのね、オレも合図するとこだったんだ。すごいね。」
 「え、さんがくはなんで?」
 「たぶんいいんちょうとおんなじ。」
 「おんなじ・・?」

怪訝な私の目の前にポッケに詰めていたらしい小箱が差し出された。
 
 「これって・・もしかしてチョコレート?」
 「うん。手作りじゃないけど美味しいお店らしいよ。」
 「また先輩方のどなたかにきいたの?で、これどうするの。」
 「そりゃもちろん!いいんちょうに食べてもらうんだよ!」
 「え・・え?・・私の作ったのは・・?いらないの?」
 「いるに決まってるじゃないか。なに言ってんの!?」
 「だってあなたが私に、なんて言い出すから!」
 「好きな人にあげるんでしょ?男からだっていいんだよ!」
 「え!?え・・っとまあそういう習慣もあるらしいけど。」
 「ふふ・・いいんちょうなら知ってると思った。」
 「なんでそこであなたが得意そうになるのかしら。」
 「言っとくけど義理じゃないからね!」
 「・・す・きなひととかぎりじゃないとか・・どうなってるの?」
 「ブツブツ言ってるねえ。・・まずはどっちからにする?」

 「そうだった。私がチョコ渡そうとしてたってわかったの?」
 「そんなのわかるよ!ひどいなあいいんちょ・・」
 「ま・まあいいわ。じゃあ私から。はい、さんがく。」
 「ありがとう!いただきます。」
 「なっなんか照れるわね。こういうこと慣れなくって。」
 「そだね。毎年”義理よ”義理だから!”だったもんね。」
 「・・私そんなに目を吊り上げて言ってた・・?」

さんがくが両目の端を指で引っ張り上げて私のモノマネをしたので
ちょっと気を悪くした。あんまりな顔だったから・・ショックだ。
するとぱっと手を広げたさんがくが「オーバーだったかな?」と
首を傾げたのでまあいいかと思った。悪気はないのよ、うん・・

 「わあ・・おいしそー!今年も手作りだね〜!」
 「そっそうだけどべつに難しいことはしてないしそれに、」
 「へへ・・いいんちょうの家の台所から甘い香りしてた。」
 「う・だからその、・・きいてないわね!?」

遠慮もなしに丁寧に施したラッピングをあっという間に剥がして
まるで無造作に一つ摘んで口に放り込む。ちょっとそれはないんじゃ
そう突っ込む前に笑顔に先制された。ふにゃりと蕩けるさんがくの顔。
これには弱い。なによ、かわいいじゃないの・・ずるいわねまったく。

 「ど・どお?・・まぁまぁいけると思うんだけど。」
 「ふんごくおいひい・・む〜ひあわへ!」
 「口に入れたまましゃべるんじゃありません。もうっ」

ちっとも聞いてない様子で口をモグモグしながら自分の持ってきた
箱を私が開けるべきなのに開けてしまう。中にはハート型のチョコが
数個並んでいて、色からして二種類あるらしい。わりと美味しそう。
でもそれをさんがく自身が摘んだのに少し慌てる。それ私のでしょ?
ごくんと飲み込んで私に向き合ったさんがくは摘んだチョコを手に
にっこりと微笑んだ。大抵の女子が悲鳴をあげるレベルの笑顔だけど
悲しい哉、長年の付き合いである私には妙に胡散臭く感じられた。

 「いいんちょ、オレのチョコ食べて。」
 「へ・・そりゃいただこうと思ってたけどなんで・」
 「はい、あーん。」

びっくりして固まったって私のせいじゃない。なんなの!?
しばらく声が出ないでいるうちにさんがくがチョコを目の前に
差し出してもう一度恥ずかしげもなく「あーんして?」なんて言う!

 「い・いやよ!なんでそんな・・赤ちゃんじゃあるまいし。」
 「えー・・いいじゃん。食べて食べて!」
 「そっそれなら私があなたに食べさせてあげ・・ましょうか?」
 「うん、そのつもりだけどまずはいいんちょうから。あーん!」

え・・ええ!?そういうもの!?知らないわよそんなことは!
さんがくがあんまり当然て顔と態度なので思わず勘ぐってしまう。

 「こ・こんなことあなたまさか・・女子にさせたりしたこと・・」
 「それはない!でもいいんちょうとはしてみたかったんだ!」
 「・・ェええええ!?」

オロオロしている私を余所にさんがくは空いていた片方の腕を伸ばし
私の片手を掴むとヒョイっと(どこに力が入っていたのか全く不明)
引っ張ったらしい。気が付くとベッドに座らされていた。その横に
ぽすんと腰掛けたさんがくがチョコを片手にやっぱり笑っていた。

 「ねー食べて。美味しいよ、たぶん。」
 「なっ・食べたことないやつなの?これ。」
 「美味しいって言ってた。東堂さんと新開さんも。」
 「そう、じゃあ間違いないかもしれないわね・・?」
 「・・でもさんがく、これちょっと一口では無理だわ。」
 「え、そう?じゃあ・・はんぶんこしよっか。」
 「そうね、・・って!どうやって!?」

驚く間もなくさんがくはパキと軽い音を立ててチョコに齧り付いた。
そして半分に割れてしまったハートはぽいと私の口に放り込まれた。
 
 「・・おいしい。けどハートを真っ二つってあなた・・」
 「んー?いけなかった?!だって大きいっていうから。」
 「いえいいわ。そんなことあなたに言ってもね・・」
 「はんぶんこもいいね〜!おんなじのを分けるのよくない?」
 「・・・うん・・・」
 「いいんちょう赤くなった。かわいい。」
 「う・うるさい!」

こういう時素直になれないのは私の悪いところでプイと顔を反らせ
火照った顔を見せないようにしてしまう。だって格好悪いじゃない?
いつもするそんな行動を呆れているのかと思っていたら違ったらしい。
さんがくの手が視界に入ったと思うとクイと抱き寄せられてしまった。
こんなスキンシップはチョコのやり取りよりもっと慣れてない!
突然過ぎてパニクりそうな私の背中越し、さんがくの顔が近付いた。
私の肩に乗せるようにして横顔を覗かせる。やめてそっち見れないから!
心の叫びは当たり前だけど届かなかったようで、彼の大きな手のひらが
私の頭をさんがくの直ぐ目の前に押し出した。かっ・かお!ちかい!!

 「・・チョコもう一個食べる?」
 「えっ!・・と・・そそ、そうね?」

心臓が全力疾走したみたいに酷い有様。対して冷静そのものに見える
顔がどうにも不公平というか理不尽に思えてくやしい。なんでなの!
だけどそうでもなかったのだろうか、さんがくの頬も赤い気がした。
その発見に気を取られていた。はっと気付くとさんがくがチョコを
さっきと違って一個噛まずに口に入れ、私に唇を押し付けていた。

たぶん私は息をのもうとしたんだと思う。口を開いていたのだ。
だから・・・腔内にチョコの香りが入ってきて鼻から抜けていく。 
どうしてこうなったかなんてその時にはわかっていない。だって
チョコレートの味が舌に絡まってしまって唾液が溢れそうになって
重なった唇の感触よりそっちが気になった。唇の擦れあう感触は
離れたあとから強くなった。それよりもチョコレートが溶けて姿を
消してしまうまでそれは続いた。長くて苦しくてしがみついていた。
喉が鳴っているようだった。ごくりと互いの喉が。気が遠くなった。
とうとう離れた時、自然と大きな吐息が漏れた。目が回っていた。
クラクラする視界が不安でさんがくの胸元を掴んだままだった。

 「あまい ね」

言葉の意味が頭に染み込むまで私はどうしていただろう?
さんがくはうっとりするような幸せそうな表情で見ていた。
なんだか私はばかみたいにそれに見蕩れているだけだ。

 「チョコなんかより いいんちょうのほうがずっとあまいや 」

やっぱりなんだかよくわからない。確かそう言ってたと思うけれど。
ふにゃふにゃになって力の入らない体を持て余して途方に暮れた。
そんな私にようやく心配になったのか、さんがくの顔が真顔になる。

 「だいじょうぶ?いいんちょう。」

 「は・・い・・?」
 「あ、よかった。ねえ、泣いてるけどイヤだった・・?」
 「さんがく」
 「ん?」
 「ちからが・・どうしよう?からだがうごかないの・・」
 「え、うん。ど・どうしよう!?」
 「くち・・もへん・・わたしのじゃ ないみたいで・・」
 「あ・うん・・ごめん。オレが・・でもガマンしたよ!」
 「え?」
 「もっともっとその・・だけど止まったもん。エライオレ!」
 「・・・・ばかっ!」

 くたくたのぬいぐるみみたいになった私をさんがくはずっと 
抱いていた。よしよしなんて頭を撫でて頬を摺り寄せたりもして。
ものすごく居た堪れなかったけれど、抵抗できずにされるがまま。
幸いにもさんがくは気を悪くすることもなく妙に機嫌が良かった。

 「ねえねえ、オレまだヘタかもしれないけどさ?」
 「・・・・なに?」
 「何回かしたらもっとうまくなるよ。」
 「こんなこと何回も・・?」
 「する!っていうかしたくない?したくなるようがんばるね!」
 「が・がんばらなくていい・・」
 「そんなこといわずにがんばらせてよ。」
 「じょうずになってどうするの?」
 「え、そりゃあそうなったらふたりで・・てっぺん目指そう!」
 「?!??・・よくわかんないんだけど」
 「あーだからそのほら、山を駆け上がる感じ!キモチいいよ?」
 「なんとなく・・わかったけど・・」

可愛くない私は唇と尖らせてちょっとむくれた。
そんなに急かさないで。そう小さく呟きながら。
そんな私にまた抱きついたさんがくの顔が真っ赤になっていて
私は目を丸くした。こんなに恥ずかしそうな顔初めて見た。
どうしちゃったのかしら?キス・・というよりチョコを分けあったのよ。
だけどふたりでとろけてしまったのはチョコレートのせいじゃなくて。
私たちはもしかして長い坂を登ろうとしているのかもしれないと思った。
高い山なのかどうかわからないけど、横にいてくれるのがさんがくなら
きっと頂上はキレイな場所に違いない。さんがくの好きな山の上のように。



 「は〜・・」
 「なにその溜息。」
 「思い出してた。」
 「思い出さなくていい。」
 「そんなこと言わずに。」

 夜が朝になるまで ただ抱き合っただけで朝を迎えた。
一つの毛布にくるまって。ちっとも眠くならなかった。
チョコなしのキスもした。キスだけよと念を押したけど
何度もねだられてどうしてもイヤだとは言えないまま・・

 やっぱりわたしって さんがくにはあまいんだと思った。