Love's kitchen


 
 オレはわりと器用な方みたいだ。そう思うようになったのは
お隣に同い年の女の子がいて、その子はとてもしっかりしてて
何にでも一生懸命でうちの両親もずっとベタ褒めなんだけども
意外に手先はぶきっちょだったからだ。たまにドジもする。
だけどきちんと何事もやり遂げたし昔っから努力家だった。

 体の弱いオレの面倒も濃やかに見てくれて両親も信頼を寄せた。
そんなわけで一緒に行動することが多かったオレだから知ってる。
何をするにしても大抵のことは彼女よりも上手くできると思う。
バカにするなって怒るだろうからゼッタイ言わない。バカにしてる
どころか彼女が何に対しても真剣なことはすごいと尊敬してる。
緊張するとか力が入りすぎてうまくいかないんじゃないだろうか。
なんてこっそりと思ったりはするけど。

 彼女は生真面目なまま大きくなってずっと委員長もしていて
うちだけじゃなくて学校の先生だって頼りにしていてエライんだ。
オレはそんな彼女が誇らしい。しょっちゅうオレの不真面目の面倒と
学業の心配もしてくれる今でもしっかり者の委員長。だけどね

委員長がわりと不器用なことと、意外に怖がりだったり劣等感が
強くて目が悪いせいでもあるのか自己評価が低いことなんかもオレは
やっぱりきっと誰より知ってる。そういうとこがイイって思うのも
オレが世界で一番なんじゃないかなって思ってる。

 以前先輩方が食堂が休みで腹が減ったが寮外へも出る元気がないと
部活後にぼやいていたとき、「オレが何か作りましょうか?」と
言ってみた。意外そうにされたが中学時代から結構得意だったので
腕前を披露すると感心された。その時誰かが尋ねた。

 「意外な特技だな。弁当も自分で作るのか?」
 「母親があんま得意じゃなくてオレは朝弱いんで買い食いが多いっすね。」
 「けどオマエ、よくデカイ握り飯ほおばってねえか?」
 「ああ、それ委員長の差し入れです。あれ山頂で食べるのが最高なんで。」
 「そうなのか。彼女なら器用そうだから弁当も作ってくれそうだな。」
 「オレ委員長のおにぎりが好きだからいつもそれリクエストするんです。」

 へえと納得してくれた。うそじゃない。委員長のおにぎりは美味しい。
最初に作ってくれたときからのファンだ。いまよりずっとイビツだったけど

 「ご飯たくさん食べないとつよくなれないわよ!」

なんて言って・・随分昔の話だけどいまとちっとも変わらない。懐かしい
思い出に浸りかけた時、誰かが料理が得意だと採点が辛くならないかと言った。
誰かに作ってもらった場合らしい。そうかもなと頷く意見が多かった。
オレは首を傾げた。同意はできなかった。寧ろ委員長は不器用なままがいい。
そう思ったから。

 「委員長にオレの料理は食べさせないでおこうっと。」

 オレの呟きを耳にした先輩方から何故か咎めるかのような視線を感じた。

 「・・委員長よりオレのが上手いかなーって思ったんで・・」

どうも言葉が足りないか、間違っていたらしくヒドイ奴とか色々怒られた。

 「いやだって・・わりと委員長って傷付きやすいんで!」
 「「「そんならおまえはもっと気を遣え(ヨ)!!」」」

 気を遣ったつもりの言葉だったのに散々だった。国語ってムツカシイ!
それは先輩方がまだ卒業する以前の話だ。今日の晩飯のことを考えていたら
思い出した。両親揃って出かけるのでオレが作ることになっていた。お隣も 
一緒らしいので委員長も呼んで二人で食べたらと母親から提案されたのだ。

 オレが作るのには何の問題もない。だが委員長に作ってもらえる機会なんて
珍しいことで、それはそれで悪くない。それにオレが出張って作ってしまうと
彼女の劣等感を刺激するかも・・などとまた先輩達から怒られそうなことを
考えてしまう。どうしたものかと思案しながら自宅に着くと同時くらいに
委員長が買い物袋を下げてやってきた。先に帰って今晩のことを聞いたのだろう。

 「お帰りなさい。さんがく。」
 「ただいまー!いいんちょう。」
 「買い物してきたわ。・・今晩はカレーでもいいかしら?」
 「いいよ!オレ遅かったね。一緒に買い物したかったな。」
 「・・あんたにしたら早い方じゃない?べつにいいわよ。」

 緊張している風な委員長を見て作ってくれるんだなと判った。なので
オレは手伝いとか準備役だなと役割分担を頭に思い描いた。うんそうしよう。

 「カレーやったね!なんのカレー?トリ?豚?ひき肉!?」
 「・・あんたはひき肉でしょ?知ってるわよ。」
 「わーい!!じゃあオレはサラダ作ろうか?」
 「そうね、じゃあおねがいするわ。」

 お邪魔しますと上がって台所でエプロンを付ける委員長を見るのは久々だ。
なんか嬉しい。彼女持参のエプロンは昔のと違っていたが、シンプルで可愛い。

 「オレはサラダだしエプロン付けなくてもいいよね。」
 「え?でも水とか跳ねるかもしれないし付けなさいよ。」
 「いいよ、オレ自分のは持ってないし。」
 「そこにあるのおばさまのでしょ?借りればいいじゃないの。」
 「えー!やだよこんなの。カッコ悪い。」
 「白くて綺麗だわ。何が不満なの。」
 「ぴらぴらしてるのがやだ。いいんちょうのしてるのがいい。」
 「それじゃあ私がおばさまのをお借りするからこれしなさい。」

 二人でエプロンを交換したらこれは良いアイデアだったと思った。
母さんがするより委員長がする方が似合ってていい感じ。なんていうんだ
ろう?学校と違うのがいいのかな。調理実習で見かける時より女らしい?
髪を一つにまとめてるのとか、う〜ん・・なんかうまく表現できないけど。
そうだ、新鮮!と納得して益々顔がゆるむ。そしたらちょっと睨まれた。

 「なにニヤニヤしてるのよ・・」
 「んー?べつになんでもないよ!」
 「・・・始めるわよ。」

 今ここで似合うとか可愛いとか言うと怒るだろうかと口をつぐむ。
照れた顔も見たいけど後でこそっと伝えてみることにしてその場は抑えた。

 野菜を洗った後、ジャガイモを手に委員長が真剣な顔になっていた。
はっきりいって手付きが危なっかしい。気になってつい言ってしまった。

 「代わろうか?オレの方がはやいかも。」

はっとしたが遅かった。委員長がコワイ目つきになって上目で見た。

 「私だってこれくらいできるわ!バカにしないで。」
 「バカになんてしてないよ!ごめんね?いいんちょう・・」
 「いっいいからあんたは食器の用意でもしてなさいよ!」

 見てられると緊張すると小声でボソボソ言ってるのが丸聞こえだった。
緊張するってことは慣れてないってことじゃないのか、それともオレが
心配そうな顔をしすぎて腹が立つのか。どっちだかわからないが素直に
食器棚の方へ移動する。二人分の食器なんて直ぐに用意できた。

 なるべく委員長から視線を逸らすべく、冷蔵庫からサラダにする野菜を
取り出し、何サラダにしようかと考えていた。

 「・ぃたっ・・!」

 「!?」

 小さな悲鳴を耳にして委員長の傍に戻ると指先に赤い滴が浮かんでいた。

 「あー・・結構切れちゃった?見せて、委員長。」
 「だっだいじょうぶよ、大したことないわ!」
 
 多分言うことはきかないと分かっていたので黙って手を掴み持ち上げる。
傷口を確認したら流しで水を出して洗った。傷口より上部を少し強めに掴むと
痛そうな顔をした。可哀想なので優しく言ってみた。
 
 「思ったより深い傷じゃなかったよ。よかった。」
 「えっ・・う、うん・・」

 濡れた委員長の指先と自分の手から床に水がポタポタ落ちていった。
そのことに慌てる委員長の手を掴んだまま近くにあった綺麗なタオルを
引っ張っって傷口以外をさっと拭った。足元は後回しで救急箱のところへ
移動しようとすると委員長が何故か慌てたようにオレを引き止めた。

 「手っ手を放して!絆創膏、持ってるし後は自分でするから。」
 「用意がいいね。でもオレんちのもそこにあるから。」

 結局オレが手を掴んだままだったので観念した委員長を椅子に座らせると
きっちり消毒して包帯して手当してあげた。しゅんとしたまま大人しい委員長は
オレにしたって珍しい。きっと学校の皆はこんな委員長は知らないだろうな。
そう思ったらふふっと口元から笑みが溢れてじとっとまた睨まれてしまった。

 「じゃあ残りはオレがするから委員長は座って監督しててね。」 
 「・・手当もしてもらったし、座ってなくてもいいわ。」 
 「ん〜・・後でデザートがあるからその時お茶淹れてよ!ね?」

 渋々といった顔で「まあ・・いいけど・・」と頷いてくれたので
オレはパパッと料理に取り掛かった。ひき肉のカレーは好物なので
何度か作ったこともあるし、鼻歌交じりの簡単な作業でもあった。

 出来上がったカレーを前に二人で手を合わせる段になって委員長は 
ふうと溜息を吐いた。どうしたのかと思って顔をうかがってみると

 「さんがくってわりとひとりでなんでもできるのよね。」と言う。
 「・・カレーは好きだし得意かもだけど・・他はそうでもないよ。」

 「サラダだってさっと作ったと思えないわ。すごく美味しそう。」
 「そお?ありがと。でもなんか・・うれしそうじゃないね?」
 「ううん、ありがとう。さんがく。いただきます。」
 「あ・うん。いただきます。」

 美味しいと言ってくれた顔は笑っていたけど、いつものとちがった。
元気がない。怒ったりしてる昼間の方がしょんぼりしてるよりいい。
そんなつもりはなかったのに。そうしないようにってあれほど自分に
言い聞かせていたのにオレって・・自分のバカさにちょっと項垂れる。
けどやらかしてしまったのだからもう仕方がない。オレは顔を上げた。

 「ね、いいんちょう。次はいいんちょうが作ってね?」
 「・・・こんなに美味しく作れるかわかんないわよ?」
 「いいんちょうに作ってもらうのがいいんだ。美味しいよゼッタイ。」
 「なにそれ・・」
 「エプロンだっていいんちょうのが似合ってて可愛い。」
 「はにゃっ!?え・エプロン?!」
 「うん、可愛い。それ今度も使って。でもって作ってよ。約束!」
 「・・・・わかったわよ。」

少しフォローできたかもしれなくてオレはほっとした。委員長が頬を
染めて、そっぽ向いてはいたけど嬉しそうだったからオレも嬉しかった。

 「それにさ、二人で作るのも楽しいね!」
 「っ・・まっまあね。」
 「あっそうだ。交代で作るとかもいいかも!」
 「そんなにしょっちゅう親も留守しないわよ。」
 「また出かけないか聞いとこうっと。」
 「バカ。・・そんなに・・一緒に作りたいの・・かしら。」
 「うん。ただウチの台所はイマイチなんだ。狭いでしょ?」
 「え、狭くないわよ。充分じゃない?」
 「二人だとちょっと狭いからも少し広いキッチンがいい。」

オレがそういった時、委員長はスプーンをカチャンと落とした。
どういうわけか驚いて大きな目を更にまんまるにしていておかしい。
オレが不思議そうな顔をしたせいか、委員長ははっとして元に戻った。

 「あっあんたの言い方だと・・なんか・・その・・」
 「ん?いいんちょうはどんなのがいいの?」
 「へっ・・私っ!?私は・・そんなこと考えたことないわ。」
 「急がなくてもいいけど考えといて。オレだけじゃ決めらんないし。」
 「はあっ!!?」

今度はスプーンを持ったまま委員長の体が飛び上がったようだった。
顔が真っ赤っかで口はパクパクしていた。

 「どうしたの?オレなんか変なこと言ったかなあ・・」
 「な、なな・なんでっ・・」
 「だって二人で使うならオレの意見だけじゃダメかと思って。」
 「そっそれがおかしいでしょ!?まるで二人で・・くっ暮らす・みた」
 
そこまで言われてやっと気付いた。オレは無意識に描いていたのだ。
彼女とオレとが並んで料理を作っている未来のビジョンを。そこは
今の場所ではなくて二人が過ごす快適なキッチンなり、家を想像していた。
さすがに気恥ずかしさを感じた。だけど有り得ない未来ではないはずだ。
オレがこのまま諦めなければ。そして彼女もオレを見捨てないでくれたら。

 「あー・・うん。そうだね。気が早かったかな?」
 「!?」
 「ダメ?・・オレはそうなったらいいなって思うんだけど。」
 「おかしいわよ!わっ私たちはっ・・ただの幼馴染なんだし!」
 「いまは・・そうだけどさ。」
 「そういうのはもっと大人になって、すきな人が出来てから考えなさい。」
 「え〜・・・オレは・・そっちのが現実味がないんだけど。」
 「そっちって・・?」
 「オレがいいんちょう以外の誰かといっしょにご飯作るとか無いと思う。」


オレはありのまま正直に告げた。そしたら委員長は今度は驚くのじゃなく
大きな目がみるみる濡れていって大粒の水滴がポロっと転がり落ちていった。
驚いたのはオレの方で、慌てて立ち上がったけど彼女の前でオロオロして

 「っ・・ぅ・・ひっ・・っ」

しゃくりあげる声が届いた時にやっと体を動かして彼女の足元にしゃがんだ。
俯いた二つの目から滝のようにポロポロと涙が落ちてくる。受け止める間も
なく声を上げて泣き出してしまった彼女の頬をそろそろと立ち上がり指先で
拭おうと試みた。ちっとも止まらなくてオレまで泣けてしまいそうだった。

 「ばっばか・・・さんがくなんて・・」
 「そんなに嫌だった・・?オレ知らなかった・・」
 「っく・・ひっ・・ひっ・・ふ・・う」
 「ごめん。だってオレ当たり前にこれからも一緒にいると思ってた・・」
 「・・・わっわた・・わたし・・わたしもっ・・」
 「え?なんて言ったの?」

オレが耳を彼女の口元へ近づけると、両腕に肩を包まれた。
抱きつかれて少し戸惑ったけれど、背中に手を回して摩ってみた。
彼女の顔は見えなくなってしまったけど、声は耳に伝わってきた。

 「いっしょにいたい・・いてもいいの・・?」

 「うん!!いいんちょうがいないとオレ・・生きてけないよ。」

また大きな声で泣き出してしまった彼女を抱いていたらオレの目まで
釣られたのか熱いものがこみ上げてきて弱った。なんだか幸せで目が霞む。

 「あ!勝負してないけど・・まあいいか。」

聞こえていないのか、オレの呟きに反応はなかった。勝負したら付き合って
それから先にあれこれ将来のことを描いていたのに幾つか飛ばしてしまった
ことに気がついた。それに卒業してからするつもりだったのにもしかして
オレはプロポーズをもフライングしてしまったのかとようやく理解した。

 委員長が落ち着くまでそうしていたらオレのお腹がぐうと音を立てた。
それで委員長がおかしくなって笑ってオレも笑って食事を再開したのだ。

 食べている間、嬉しくて顔を見ては微笑むオレに一々頬を染めながら
委員長は残さず食べてくれて、親が用意してくれていたデザートも食べた。
一緒にいるのが当たり前っていいよね、うれしいね。と同意を求めるたら

 「そっそうね。ちっともロマンチックじゃないけど。」

もう一つあった彼女の意外(といったら怒られそうだけど)はロマンチスト。
オレは誰かが言ってたけどそうじゃないし、でりかしーとかも無いそうだ。
だからよく怒らせてしまうのかな。委員長が怒っても可愛いからいいけど
可哀想だから怒らせるなとも言われるし。反省はしてるんだ、たまに。

 「オレいいんちょうを困らせるのは一生続くかもだけどごめんね?」
 「いいわよ。おたがいさまでしょ。私だって怪我とかするし。」
 「あ、そうだね。なんでも無理しないでオレに振ればいいよ。」
 「・・・私ってそんなに不器用と思われているのね。」
 「えっ!?い・いやいや・・う・・うん、ちょっとだけね。」
 
 正直に言ったらやっぱり怒った。またもや失言したらしい。 
 むきになった委員長は目を三角にしてオレを叩いた。うんそれも
いいんだけどね。指、怪我した方はダメだよと一応注意はしといた。

 オレは手先が器用だっていってもそれだけで、他はそうでもない。
バカなことも言うし怒られてばかりだ。委員長が怒るのはほとんど
オレのせいなんだけどね。ようするにこれからも宜しくと伝えたかった。  
だから後片付けの後でちょっと真面目にそう言ってみた。そしたら

 「私じゃなきゃ面倒見切れないくらいでちょうどいいのよ。」

 オレはまた惚れ直した。いいんちょうはほんとにすごい!
委員長にだけは勝てる気がしない。オレの世界で一番なんだ。