Look for me 3


  黒目勝ちの瞳はいつも真っ直ぐ主に向けられている。
 君が俺に触れた時、その瞳は切なく揺らいでいたね。
 瞳を曇らせないで。そして笑って。君が笑ってくれたら、
 それが俺にだとしたら。そう願わずにはいられなかった。 


 「委員長!忘れ物したんだ。ちょっと待ってて。」

 主が教室へ逆戻るのをちょっと呆れ顔で見送った委員長は
任された俺の車体を支えてじっと見詰めた。なんだか緊張する。
主とまるで違う柔らかい手が触れている部分だけ熱を帯びていく。
彼女は小さく囁いた。俺にだ。このところよく話し掛けてくれる。
嬉しくなって人型でないのにどきどきと心臓が波打ってる気がした。

 「忘れんぼさんね。あなたのご主人は。けど大丈夫よ、」

 あなたのことは絶対忘れることないから。そう言って微笑んだ。
もし今人の姿をしていたら抱きしめずにはいられなかっただろう。
花が咲いて零れる。世界の温度が上昇する。俺達は君の為に生きてる。
そう思わずにいられない笑顔。主が心酔する笑顔が俺に向けられていた。
主がこれを知ったらやっぱり悔しがるんだろうと思うけど、俺は嬉しい。
大切な君が俺を想ってくれてる。君は俺達を幸せにする天才だ。

 「一度おもったらさんがくはずっと大事にするから。」

 委員長は主のことをよくわかってる。なのにどうしてだろう?
その主が一番大事だと思ってるのが誰なのかが少しもわかっていない。
俺はもどかしくてすぐにでも伝えてしまいたかった。だけどできなくて。
心で懸命に話しかけてみる。それは主も俺も同じ気持ちなんだと。

 ”委員長のことだってずっと大切に想ってるよ!”

だけど通じないようだ・・委員長は諦観した様子で俺を見ていた。
漸く主が戻ってきた。「ごめ〜ん、お待たせ。」と笑いながら。
主は委員長と一緒に帰るので俺を走らせずに押して歩き出した。

 「気を遣わなくていいわよ、バスで帰るから。」
 「え〜・・一緒に帰ろうよ。」
 「ここから歩いて帰れって?」
 「ん〜バス停3っつ分くらい歩かない?ダメ?」
 「な・・なんでそんな・・・」
 「たまにはいいじゃん。ね、委員長。」

最後の呼びかけは上目遣いのおねだりだ。委員長は主のこの手に弱い。
自覚はあるらしい委員長はぷいっと横を向くけど頬も耳も赤くしてる。
会話はぽつんぽつんと途切れがちで内容も他愛ない。だけど二人共に
少し浮き足立った気持ちと居心地の良さとを同時に楽しんでいる。
そんな二人を眺める俺も悪くない気分だ。走っている時は通り過ぎて
一瞬しか傍にいられないから、こんな時は俺にとっても貴重な時間。
委員長も嬉しそうで俺はそんな横顔を眺めるのも好きだった。

 バス停を4っつも過ぎた辺りで主は唐突に言い出した。

 「委員長、今度勝負しよ。」
 「・・しないわ。まだ諦めてなかったの。」
 「委員長はオレに諦めて欲しいの?」
 「どういう意味よ。」
 「そのまんまの意味だけど。」
 「・・・どうかしら。」
 「迷ってるんだ?」
 「あんたが諦めたかったらそうすればいいわ。」
 「俺は諦めないよ。委員長が諦めるまではね。」
 「え、私が?諦めるってなにを・・」
 「俺のこと。勝ち逃げなんて認めないからね。」
 「なに言ってるのかわからないわ。」

委員長の目が眇められる。そんな顔見たくない。違うんだ。
主はね、君にそんな顔して欲しくないから信じてって言いたいんだ。
だけど主は言わない。想いの5分の1でも口にしてしまえばいいのに。
今回も想いとは裏腹に委員長との穏やかな空気はかき消えてしまった。
ちょうど5つ目のバス停にバスが到着すると委員長はそれに乗った。

 「気を付けて帰りなさいよ。」

言われた主はうんと小さく頷いた。去って行く委員長の乗ったバスを
しばらくの間見送っていた。軋んでいる胸の鼓動がハンドルから響く。
想いは二人の間に確かに在るのに何故そこに目を向けないんだろう。
委員長と同じで主だって追いつきたくて、それがいつになるか不安で
追いつけなかったらどうしようってこんなにも寂しいと感じてる。
主は今日もふうと溜息を吐いてから俺に跨りペダルに足を乗せた。



 「委員長・・・まだ起きてるよね?」

 夜に姿を見せるのは初めてだった。委員長はカーテンを開けると
ベランダに出てきょろきょろと周囲を見回した。そこへ俺が姿を現す。
すると委員長ははっと息を呑んだ。暗闇に浮かんだ俺の翼に視線が刺さる。

 「これ、山岳も持ってるよ。知ってるでしょ?」

 「こんな風に・・リアルに見たことないわ・・綺麗・・」

 「委員長。俺ね、もうすぐ会えなくなるかもしれない。」

 「えっ!?ど・どうして?」

 「委員長は俺を見つけてくれたし、優しくしてくれてるでしょ。」

 「現れてくれたのはあなただし、特に優しくなんてしてないわ。」

 「俺のこと好きになってくれたでしょう。」

 「嫌いになんかなれるわけないじゃない。」 

 「俺が山岳にそっくりだから?自転車なのに変じゃない?」

 「そっくりだけど似てないし、変じゃないわ、ちっとも。」

 「ありがとう。俺、委員長のこと好きだよ。これからもずっと。」

 「・・あ・ありがとう・・」

 「山岳も心の中では何度も言ってるんだけどなあ。」

 「えっ・・?!」

 「言葉が足りてないみたいだけど、待っててあげて。」

 「あなたは・・わかるのだったわね。私の心の中も。」

 「うん、だから俺のことも好きになってくれてるんだってわかる。」

 「そうね。隠したってわかっちゃうんなら仕方ないわ。好きよ、ルック。」

 「山岳にもそう言えばいいのに。二人共なんで言わないのかな。」

 「ほんとね・・臆病なの。さんがくじゃなくて私がね。」

 「臆病なのは主もだよ。俺に言ってくれた好きとは違うしね。」

 委員長は大きな目を見開いた。委員長の好きをもらえて嬉しいけどそれは
主に対して抱いてるのとは別だ。委員長と主の特別枠はもう満席ってこと。
それは俺の失恋を意味してることもわかってる。実るはずのない恋なのは
悲しいかな大前提で、それでも俺は願ったんだ。委員長に逢って伝えることを。
委員長はとても困った顔をして、ごめんなさいと頭を下げた。

 「謝らないで。嬉しかったよ、言ってくれて。忘れない。」

 委員長の瞳が揺れた。泣いてしまわないように急いで言い足した。

 『一度おもったらさんがくはずっと大事にするから。』

 昼間委員長が言ったままを繰り返した。はっと気付いた委員長が
口を開いて、その口を両手で抑えながら俺に尋ねた。

 「・・・それを私に教える為にあなたは来てくれたの?」

 「そうだけどそうでもない。俺も委員長のこと好きだからね。」

 「どうして好きになってくれたのかわからないけど嬉しい・・」

 「俺も嬉しい。願いを叶えてくれてありがとう。さよならだ。」

 「そ・そんな・・願いが叶うと消えてしまうの?!」

 「姿が薄くなってきてるでしょ?だからちょっと急いだよ。」

 「せっかく想いが通じたのに消えてしまうなんてあんまりだわ!」

 「消えるんじゃないよ、見えなくなるだけ。つまり元通りだね。」

 「・・だってまだそんなにたくさんお話してないじゃない・・・」

 「俺の為に泣いてくれるの?嬉しいな。委員長はほんとすごいや。」

 俺は委員長の頬に光る雫をすくってみたけれど、後から後から落ちてきて
それを見ている俺の目からも同じことが起きた。俺って泣けるんだと知った。
少し感動している俺に、委員長は細い腕を広げて差し出した。そうして

 ふわりと委員長に捕まった。・・なんて温かくて気持ちがいいんだろう。

 「ずっとさんがくと一緒に居るのね?ほんとね?見えなくても。」

 「うん、いるよ。ずっと傍で君のこと見てる。だから泣かないで。」

 委員長はぐいと涙を自分の腕で拭い去ると、俺をまっすぐ見てくれた。
主にいつも注がれている熱い眼差しがここにある。いま俺一人を見詰めて。

 「心配しないで。忘れないしずっと傍にいるわ。」

 「委員長!?山岳と勝負する気になったの?」

 「え?どうして勝負の話・・?」

 「あ・やっぱり伝わってないのか。あれはね、山岳なりの告白。」

 「こっ告白!?」

 「これ以上は言えないけど、諦めないで。それが俺の最後のお願い。」

 「さんがくのこと・・想い続けていいってこと?」

 「うん。それから本体の寿命が来てバイクを交代しても消えないからね。」

だから委員長が諦めないでいてくれたら傍でずっと見守ってると告げた。
委員長はその言葉を信じてくれて俺にはっきりと約束してくれた。

 「あなたに埃でも被せるようなら怒ってやるわ!それに要らないなんて言ったら」

 「私がもらってあげる!絶対捨てたりなんかしないから。」

 その言葉がどんなに俺を喜ばせたか、想像してみて。惚れ直すって! 
俺は何度でも君を好きになるよ。主がそうするように繰り返し君を想う。 
白い翼が歓びに震えて羽を広げた。びっくりする委員長を抱きしめる。

 「約束したよ。俺のこと見ていてね。俺も見てるからね。委員長。」
 
 「わかった。約束したわ。でもねさんがくはきっと」

 「うん、そうだね。でもいつか俺は君の物になるよ。」
 「え・」

 「だって二人が夫婦になったら俺は二人の物でしょ?」
 「ふ!?」

 「絶対諦めないよ、山岳は。だからね、きっとそうなる!」
 「あ・う・え・・ぅう」

 真っ赤になって慌ててる委員長はものすごく可愛らしかった。
けど抱いていた腕はどんどん感触が薄れていって俺は覚悟した。

 「委員長、泣かないでね。山岳が泣かせたら俺も怒る。」

 「あ・ルック!?待ってっ!!」

 怒ってもチェーン外しちゃうくらいしか出来ないかもだけど・・
 俺の言葉はどこまで聞こえていただろう?泣かないでと言ったけど
委員長は泣いていた。薄れてく間際に涙に濡れた頬に口付けたのに
それも気付いてくれたかわからなくて寂しかった。でも心は温かい。

 俺が姿を消した後も委員長はベランダにいて夜空を見上げていた。
寒くないかな心配だなとハラハラしていたら目覚めた主が窓を開けた。

 「委員長!?・・何してるのこんな夜中に。」

 「さんがく・・あ・あのね・・」

 委員長が泣いているのに気付いた主はあっという間に飛んでいた。
どうしたのと委員長の傍らで身を屈めると、委員長は握っていた手を
開いて主に見せた。そこに在ったのは消える前に俺の落とした羽だった。

 「さよならしたの・・ルック・・見えなくなったのよ・・」
 「え・・じゃあ・・願いが叶ったのかな?」
 「どっどうしてそのことを知ってるの!?」
 「えっなんとなく・・そういうものかなーって思ったんだけど」
 「あんたってそういうことはわかるのね!」
 「ん?遠まわしに非難されてる?オレ・・」
 
 「さんがく!ルックのことずっと大事にしなきゃダメよ!」
 「うん。しないわけないでしょ、オレの相棒だもん。」
 「ずっと。ずっとよ?乗らなくなってもよ?」
 「もちろんだよ。委員長。心配しないで大丈夫。」
 「ほんとね?約束よ。」
 「わかった約束。指きりげんまん。委員長は見届け役ね。」
 「そうよ、放り出したりしたら許さないんだから。」
 「ルック喜んでるだろうなあ・・委員長にこんなに想われて」
 「・・・うん・・すごく優しいのよルックは。」
 「妬けるんだけど。ねえ、オレのことも見届けてよね?」
 「は・・?」
 「委員長が見ててくれないと自信ないな〜・・」
 「なにそれ。無責任なこと言わないで!あんたの相棒でしょ!」
 「委員長だって大事だよ。」
 「なっなに・いきなり・・」
 「こんなに泣いた跡がある・・委員長の浮気者・・」
 「はっ・はあ!?ば・ばかじゃないの!?」
 「ルックのやつ・・何もしてってないはずないよね。」
 「さんがく!?あんたさっきから・・」

 「ずっとずっと委員長が委員長でなくなってもオレの傍にいてね。」
 「!!?」
 「いやだって言ってもゼッタイ諦めないし離さないけどね。」
 「な・な・」

 委員長を抱きしめるのも、口付けるのもこれからは主だけだ。
失恋しちゃった。わかってたけどやっぱり痛いよ、ズキズキする。
失ってしまった体だけど、記憶は残っているからね。でもいいんだ。

 この痛みは委員長を想って委員長がくれた痛み。
 消えることの無い宝物だ。主が毎日ときめくように
 これからも委員長を見て幸せになるよ。だから待ってる。
 いつか二人が同じ家に住んで俺のこと話したりするんだ。
 幸せだろう。心があるのは幸せを感じる為でもあるよね。
 
 
 年月が経って再び願いが生まれたら・・・会えるだろうか
 いつか いつかね 叶うといいな それまで さよなら 


 

  『あれ見て。ルックのことじっと見てる。』
  『もしかして見えてるのかしら?あの子。』
  『そうかもね。初代ルックだよ〜綺麗でしょー!』
  『だあ・・あーあ・・あーう!』
  『ルックって言うのよ。あなたのパパの相棒よ。』
  『うーう!』
  『やっぱオレ達の子供だね!わかってるよね!?』