Look for me 2


 
 「委員長、おはよう。」 いつもの声が背中に掛かる。

 「あ・おはよう、さんがく。今朝は早いのね。」

 ゆっくり振り向くと確かに人間で幼馴染の真波山岳だ。
そしてその隣にはやっぱり白くてピカピカの彼の自転車。

 「クッキーありがとう。おいしかった!」
 「そう、よかったわ。焼きすぎたかなって思ったから。」
 「ちゃんとルックにもあげたよ。」
 「えっあらそう。どうもありがと」
 「そしたらね、朝起きたらそのクッキーがなくなってたんだ。」
 「!?・・それは不思議だわね。」
 「驚かないんだね、委員長。」
 「驚いたわ。あんたの思い違いじゃないのよね?」

 首を振って「寝ぼけて食べたみたく母さんも言うんだけどさあ」
そんなことしないとさんがくは口を尖らせる。濡れ衣を着せられて
かわいそうだなと思うけどふつう自転車はクッキーなんて食べない。
きっとさんがくが眠ってしまってからあの姿になって食べたんだ。
それにしても実体を持って現れるなんて。とっても不思議な現象。

 さんがくにそっくりで声だって同じで。だけど髪は白かったし、
どことなく優しげ。似ているだけじゃなくちゃんと個性を感じ取れた。
そんなことを考えながら目線を無意識にその本体に注いでいた。 
 
 「委員長。委員長ってば。聞いてる?」
 「へっ・あ・ごめんなさい。なに!?」
 「ルックばっかり見ててオレのことぜんぜん見てくれない。」
 「そっそんなこと・・なにすねてるのよ、さんがくったら。」

 否定する間もなく、さんがくは自転車に乗って行ってしまった。
せっかく珍しく朝から登校してきたというのにずっと不機嫌そうで
お昼休みはまたお昼寝を居た決め込んでいた。昨日は委員会の用があって
通りかかった裏庭であの姿のルックに出逢ったことを思い返す。なので
もしかしたらと再びそこに足を運んでみた。そこは普段は人気がないけど
時々”告白”場所として使用されることは学園の誰もが知っている場所。

 「・・・いないわね。」ぽつり呟きが漏れてしまったその時、

 「いーんちょ!」
 「はにゃあっ!」

 「会いたくて今日も来ちゃった。ありがとう、委員長。」
 「あああのね、いきなり抱きつかないで。びっくりするから!」
 「あっごめん。嬉しくてつい・・クッキーおいしかったよ!?」
 「今朝さんがくの話を聞いてそうかなって。食べてくれてありがとう。」
 「体があるっていいね。山岳がいつも食べてるおにぎりも食べてみたいな。」
 「いつもってわけじゃ・・さんがくのおば様はお料理上手よ?」
 「委員長が作ったのが食べたいんだ。山岳だってそうだよ。」
 「えっなにそれ・・そういえば何かとおにぎり食べたいって」
 「そうでしょ。いつも言ってるそのまんまの意味だよ。」
 「へ・へぇ・・そっか・・それならあなたにも作るわ。」
 「ほんと!?嬉しいなあ。俺達益々好きになっちゃう。」
 「う・昨日も言ってたけど・・その・・いえ、いいわ。」
 「やっぱり山岳の口からちゃんと聞きたい?・・そうだよね。」
 「!?いっ・いえっそ・そういうんじゃなくって!」

 心臓がまたまたドキドキしてきてばかみたいに慌ててしまう。
だってルックの言ってることが嘘じゃなくホントにしか思えなくて。
片思いしてきたのだと思ってたのに舞い上がってしまって仕方ない。
だけど落ち着いて。彼は人じゃないんだから(たぶん)好きというのも
ごく一般的な好意よ。親愛というかそんな。でないと自惚れてしまうわ。
火照る顔を冷ましたくて大きく左右に振ってみる・・けど効果なかった。

 一人あたふたしてる私をじっと見ていたルックが小さな声で言った。

 「いいな・・山岳が委員長に愛されててそれが嬉しいはずなんだけど・・」
 「ルック?・・どうしてそんな悲しそうな顔するの。」
 「ううん、嬉しいんだよ?なのになんでこんなに胸が痛むんだろうなあ。」
 「・・今晩おにぎりたくさん作るわ。それで元気・・出ないかしら?」
 
 寂しげな姿に私の胸も痛んだ。そういえばルックは昨日言ってた。

 『 君のこといつも相棒と見てるよ。話ができて嬉しいな。』
 
 もしかしたらルックは私に会いたくてこんな風に会いに来てくれたの?
昨日から不思議でしょうがなかったこの出逢いはそれを叶える為だけに?

 「私、あなたにやきもち妬いてたのよ。いやな子だと思わなかった?」

 「え、ううんぜんぜん。優しく俺を撫でてよろしくねって言ったよ。」

 「そ・うだったかしら・・!?」

 「綺麗って思ってくれてたし、山岳に似合ってるって言ってくれた。」

 「あ・えっと・・うん、それはそう思ってるわ。」

 「山岳もね、よく委員長のこと話すよ。誰かにだったり俺にだったり」
 「今日の委員長はどうだったとか。大抵カワイイ!に落ち着くけど。」

 「えっええ!?まさか!」

 「走ってるとき委員長を見つけるのだって委員長だから簡単なんだ。」

 「かんたん・・なの?あんなに速くてあっという間に行っちゃうのに」

 「だって委員長はいつも光ってるから。俺も山岳と同時にわかるよ。」

 まるで夢見るように微笑んだルックに知らず見蕩れてしまった。
私を見つけてくれるんですって?こんな地味で堅苦しい私のことを?
いつだってさんがくを叱りつけたりして、ちっとも可愛くなんかない。
自転車に一生懸命なさんがくを邪魔はしたくないけど落第はさせたくない。
そう思ってすることはきっと面倒だとか思われてるだろうなって思って・・
 
 「委員長?そんな目で見つめられたら・・俺、困っちゃうな。」
 「えっ・あっ・!!」

 目の前でふっとルックの輪郭がぼやけたかと思うとさーっと消えた。
思わず手を伸ばしたけれど掴めることはなくて呆然と空中を見つめた。
消える間際にルックが私の額に触れた気がしたのは幻だっただろうか。
ううん、ちがうわ。幻なんかじゃなかった。とても微かだったけれど
唇が触れたの。そして薄れていった顔は優しそうに微笑んでいた。


 「委員長・・・またここに居たんだ。」

 「さんがく・・起きたのね。」

 どうしよう。このことはなんとなく話してはいけない気がしていて
昨日は誤魔化してしまったんだった。だけど近付いてくるさんがくは
とてもむつかしい顔をしていて、誤魔化せる自信がなくなってしまう。

 「さっき会ってたのって昨日の奴?」
 「・・・ええ、そうよ。」
 「ふーん・・ここでなにしてたの?」
 「何って別に・・お話してただけ。」
 「オレちらっとだけ見えた。自転車競技部の誰か?」
 「え?ああ・・違うわ。あの」
 「でもオレんとこのジャージ着てた。それもレギュラーの。」
 「う・うんそうね・・でもそうじゃなくって」
 「なんで誤魔化すの?昨日から委員長すごく変だ。」
 「っ!・・痛いから腕を放して。」

 どうしてこんなに大きくなっちゃったんだろう。さんがくは。
見下ろされる視線が逆光で暗い顔から注がれると少しだけ怖い。
私と同じか少し低いくらいの背の高さだったのに。取り残された私は
どんどん先へ飛んでいってしまうあなたに対してあまりに変わらなくて
すごく寂しくて。だけどそんな私を見つけてくれるのよね?だとしたら
こんな風に捕まえて怒っているのはどうしてなの?私悪いことしたの?
ルックはとても優しいのに昨日からさんがくは優しくない・・

 「オレのこと見て。委員長。」
 「見てるじゃない・・」
 「今朝もそうだった。オレじゃない誰かを見てる。さっきの奴を。」
 「それは思い出していただけよ。今はあんたのこと見て・」
 「なら目を反らさないでよ。」
 「だっ・だったら少し離れて。私が目が悪いにしたって近過ぎよ。」
 「メガネ外したらもっと見えない?」
 「!?こんなに近ければ見えるけど、なんでメガネを取るの?」
 「邪魔かなって。」
 「なん・・さんがく!?」
 「さっきの奴もこうしたんじゃないの?」

 くっ・・口がくっつきそうで息を呑んだ。つ・つかなかったけど。
でもしゃべったら吐息がかかるにちがいない距離で見詰め合ってる。
これってなに?なにしようとしてるの?さんがく。さんがくよね?

 「・・ルックは・・口になんてしてない・・」
 「ルック?ルックって昨日から・・オレのバイクのことだよね。」
 「そ・そうよ。私に会いに来てくれたの。話がしたかったって。」
 「どこかで見たと思ったけど・・あいつオレみたいな格好してるの?」
 「あんたそっくりよ。髪の色とか違うとこもあるけど。」
 「そうなんだ。・・びっくりだね。」
 「いいかげん離れなさいよ!いっ息がっ・」

  Chu!
 
 「おでこだった?さっきのは。」
 「〜〜〜〜そ・そうだけどこんな・・感触はなかったわ!!」
 「あ、そうなんだ。らっきー!」
 「!?なっ・なっ・・!??」
 「いくらオレの相棒でも委員長にキスはだめって言っといて。」
 「っ・そっ・そっ・あっあん」
 「さっきから言葉になってないよ委員長。かわいいけどさ。」
 「ばかあっ!!」

 絶対に額まで赤いんだ。熱くて火を吹いてしまいそうだもの。
離れた後おでこを押えた手まで熱くてたまらない。どうしてくれるの。
っていうかどうなったの。なにされたの。こんなの想定外ってものよ。

 「ルックはオレそっくりなんだね。それで委員長のことが好き?」
 「そっそう・・みたいなこと言ってたけどっ」
 「そうかあ。それなら会えて喜んでたでしょ?」 
 「ええ・・とても。あんたより優しかったわ。」
 「えーひどいなあ。それで色々わかった。クッキーおいしかったって?」

 頷いて見せるとそうだろうねって笑った。いつものさんがくだ。
さっき私に・・しようとした時は別人みたいだった。人間の方なのに。
それともここに居るのって本当にさんがく?・・うん。この顔はそう。

 「オレも会いたいなあ、ルックに。さっきチラッと見れたけどな。」
 「よくわからないけどあんたが寝てると出てくるのかもしれない。」
 「そうなの?それだと会えないじゃん。なんだあ・・」
 「そうね。会いたいわよねさんがくだってお世話になってるんだし」
 「はは・・だけどオレと委員長の取り合いになったら困るなあ。」
 「へっ・・!?」

 「あげないけどね。たとえルックでも。」そう言ってさんがくは笑った。


 情けないことに言われた私はその後脚から力が抜けてしまって・・
要するに腰を抜かしたというかその・・恥ずかしいけどさんがくに
おんぶを拒否したせいでお姫様抱っこされて保健室へ。自分を叱りたい。
そして穴がなかったので保健室のベッドのシーツに潜り込んで反省した。
なんとか一時間くらいで立ち直って戻ったらクラスメイトにひやかされて
恥ずかしくて仕方なかった。さんがくは反対にとても上機嫌で憎らしい。

 ニヤニヤ顔の皆に送られて一緒に帰ることになって明日からどうしよう。
部活は私を送った後で行くと言うので一人で帰宅すると言ってみたのだが
例によってさんがくに押し切られた。・・なんだろうどうも形勢が良くない。

 「もう大丈夫って言ってるのに!」
 「まだ言ってる。委員長も頑固だよね。」
 「ええそうでしょうとも。そうださんがく。」
 「んー?なあに?」
 「今晩はおにぎりを差し入れするからそのつもりでね。」
 「あっもしかして昨日もルックに作ってあげたんだったの?!」
 「悪い?っていうかルックにだけってわけじゃないし。」
 「え〜・・なんだかなあ!くやしい。オレルックに負けてる。」
 「どっちにもって言ってるじゃない。すねないでよ。」
 「おにぎりまであげるとか・・委員長まさかルックに・・」
 「なっなんなのその目は。だって嫌いになれるわけないわ。」
 「なんで?」
 「なんでって」
 「なーんーで?」
 「〜〜〜〜〜だって・・あんたそっくりだし・・それに私のこと」
 「好きって言ったから?!それならオレのが先だし!好きだよ!」
 「そ・そんな投げやりな言い方ってないでしょ!?」
 「あいつはどんな風に迫ったのさ!ルックの奴〜!」
 「迫ってません!もうっ!なんなのこの状況・・/////」

 すっかりライバル心を刺激されたとかでぷりぷりしているさんがくを
ほんとにさんがくかしら?って何度も何度も確かめたい気持ちになった。
でも約束だからとおにぎりをこしらえてその夜は玄関から訪ねて行った。
さんがくのおば様に挨拶するとにこやかなさんがくによく似た笑顔で

 「昨日も今日もありがとうね。山岳ったら喜んじゃって。」
なんて言われて恐縮してしまう。さんがくは今夜喜んでいるかしら?
ちょっと心配しながら部屋に通された。ちゃんとルックも部屋にいた。

 「いらっしゃい。ご飯要らないって言って待ってたからお腹空いた〜!」
 「お邪魔します。ルック、こんばんは。」
 「委員長!オレには挨拶なしなのに!?」
 「こんばんは。さんがく子供みたいよ。」
 
 三人(?)でおにぎりを食べた。やっぱりルックは自転車のままで
姿を現さなかったので私もさんがくも残念だった。三人で会うのは
無理なのかなあとか会いたいねと言って代わる代わる話し掛けた。

 「おいしいかしら?ルック」
 「おいしいに決まってるよ。ねえ、ルック」
 「あんたに聞いてないのよ。」
 「委員長がひどい。そうだルック。口説いたでしょう委員長のこと!」
 「ちょ・何を言い出すの!」
 「オレなんて勝負もしてもらったことないのにずるいよ!ダメだから!」
 「勝負って・・なんの話!?」

 人の姿は見えなかったけれどルックはどことなく嬉しそうに見えた。