Look for me 1
 


 「やあ!委員長。この姿では初めましてだね。」 

 姿を見つけて嬉しくて声を掛けたら君はとても驚いたね。
大きな目を更に大きくして俺を凝視しつつ固まってしまった。
近寄って大丈夫?と尋ねてみた。そしたらビクっと肩が跳ねて
ぱちぱちとその目が瞬いた。その仕草が可愛くて微笑んでしまう。

 「君のこといつも相棒と見てるよ。話ができて嬉しいな。」

 「あ・相棒って・・あなた・失礼ですけど 何方ですか?」

混乱しているみたいだけど質問は丁寧で冷静。それは俺の姿が
彼女のよく知る幼馴染によく似ているからだろう。似ているのは
偶然ではない。つまり姿を借りているといった事情からなんだけど。
元々人ではないし。きっと全てに違和感を覚えて困惑してるんだね。
困らせたくはないけれど、ちゃんと理解しようとしているところが
とても委員長らしいなって俺は益々彼女への好感を高めてしまう。

 相棒とはもう長い付き合いになる。毎日どこへ行くにも一緒。
真波山岳という俺の主は出会ってからずっと俺を慈しんでくれた。
これまでの彼との歴史はロードバイク冥利に尽きると言っていい。
俺達は心を通わせる真の相棒になった。だからってこともあるけど
俺は真波山岳と同じように委員長を特別な人と思ってきたんだ。

 「俺は”Look”っていうんだ。名前っていうとそれかな?」

委員長は沈思黙考中。どこかで聞いたと思っているのかもしれない。
主のことならよく知っているだろうけど俺のこととなると自信がない。
それはそうだよね。俺は普段は自転車という器物に過ぎないのだから。

けれど今、こうして委員長の前に立っている俺はいつもとは別者だ。
一応人の形をしているし話もできる。ただ存在は不確かなはずなんだ。
誰の目にも映るものではないけれど、きっと委員長なら見えると思った。
だから機会を得て最初にやってきた。ずっと委員長と話がしたかったんだ。

彼女とはこれまでに言葉を交わしたことはない。ただ声は聞こえていた。
それらは大抵主の居ない場所だった。優しく触れてくれたことだってある。

 『さんがくをよろしくね。どうか落車なんてしませんように。』

 『いいな。あなたはいつでもさんがくと一緒なんですものね。』

そんな声が聞こえてきた。実際に口に出してではなかったけれどちゃんと
俺には届いたし、優しい声と手が撫でてくれたことも決して忘れないよ。

 最初に声が伝わった時から、俺は君のことを好きになったんだ。
だから相棒とのことはやきもきもするようになった。委員長のことを
想っているくせに近付こうとしないから長いこと不思議だったんだけど
彼が落ち込んだりして調子を悪くする時は委員長のご機嫌を損ねた時だったり
何かで誤解が生じたり、そんなことが多かった。そのうちにわかってきた。

 山岳は委員長に言わなくても伝わると誤解しているんだ。
 そして委員長の寂しい心の声が届いていないってことも。

 だけど俺に一体何ができるだろう。どうすることもできなかった。
ただ二人が一緒にいることが心地良いってことに早く気付いて欲しいと
願うくらいしか。だからこんなふうに姿を借りられると知って嬉しかった。
だからってこの体であってもできることなんて限られているんだけどね。

主はよく山へ登って山の神の声を聞いてる風なのだけど、それってかなり
珍しいことみたいだ。感じ取れるって意味だけどね。そうそう彼の尊敬する
先輩に”山神”という二つ名を持つ人間がいることも勿論知っている。本当は
”山の神様に愛された人間”の方がより正確なのだけどね。まあそれは余談。


 それにしてもこうして人の形で委員長を見ると改めて可愛いと思う。
嬉しくて胸がときめく。体っていう器があるってことはこういう具合に
心身共に揺さぶられるってことなんだね。知らなかった。とても幸せだ。
主がよく口にする”生きてる”っていう感じを理解することができたよ。
不可思議と格闘しながら、わかろうとして一生懸命な委員長は素敵だ。
真面目で真っ直ぐだと主は言う。見た目のまんまだってことも。だけど
見た目以上に委員長は素敵で可愛い。伝わる生の鼓動が物語ってる。
愛しい。主が想う気持ちがよくわかる。大事に大切にしたい想いも。
にやけた顔でずっと見詰めていたらようやく委員長が口を開いた。

 「あなたもしかして・・いえそんなはずないわよね。でも・・」

 「君に会って話がしたかったってことは信じてくれる?」

 「ええ。あなたは私の幼馴染そっくりだけど、それより優しそうだし。」

 「よかった!俺も山岳と同じで委員長のこと大好きだから嫌われたら凹んじゃう。」

 「だっ・・えっ!?ええ!?」

 「ふふ・・委員長だって山岳が大好きでしょ?言わないの?」

 「はっ・・はあ!?なっ・・そっ・・えっ・・!?」

 「俺はね、こういうこと山岳より色々わかってしまうんだ。」

 慌てる顔を見たことは今までもあったけどそうかあ、そうなんだ・・
もっと嬉しいと思っていたけど、なんだか悲しい。委員長の想いは
真っ直ぐに主を向いていてそれは知ってたし喜ばしいことなんだ。なのに
愛車としては失格だろうか。俺だって委員長のことが好きなのにって思う。
初めから叶わないってわかってるのにね。厄介なんだなあ恋心ってやつは。

 「ね、委員長。俺と握手してくれる?」

 「握手?・・え・ええ、いいけど・・」

少し迷っているようだったから最後まで言い終わらないうちに手をとった。
心がはやってしまってどうしようもなくて。山岳はよく我慢してるなって
感心してしまった。握った手は小さくてあたたかくてとても柔らかだった。

 「わあ・・山岳の手とは全然違うね!かわいい・・!」
 
びっくりして振りほどこうとする手を強く握って引き寄せると、ごく自然に
その指先に唇を寄せていた。少し屈んだから目線が合ってまあるい目が近い。

 「委員長の目は大きいから近付くと俺が全身映ってる。」

 「あっ・あの・・は・離して。」

 「あ、そっか。女のコに容易く触れちゃいけないんだっけ?」

山岳も彼の先輩もよくそう言ってるのを思い出した。委員長がまた驚いてる。
くるくると変わる表情をこんな間近で見れて嬉しい。そしてひどく辛い・・
名残惜しいけど戻る時間がきたみたいだ。俺は委員長の手をそっと離した。

 「また会って話をしてくれるかな。多分また会えると思うんだ。」

委員長は俺の目を見ながらゆっくり頷いてくれた。

 「ありがとう。じゃあまたね!」

俺は手を振って元の場所へ戻った。ふっと消えたように見えたかもだから
委員長がキョロキョロ周囲を見回しているのがまた可愛いなと思った。




 「委員長〜?」
 
 俺は元の体、つまりロードバイクの姿に戻っていた。
だから声を掛けたのは俺じゃなくて主の方。真波山岳。
俺はというといつものように山岳と一緒に委員長を眺めた。

 振り向いた委員長は珍しく怪訝な顔をして主を窺った。

 「・・さんがく。あなたのよね、その自転車って。」
 「え、委員長興味持った!?勝負してくれるの?!」
 「そうじゃなくて、その自転車っていつものよねってきいてるの。」
 「うん?そうだね、ずっと同じ”Look”だよ。」
 「!?・・そう・・自転車って長持ちなのね。」
 「パーツ交換はしょっちゅうだけどね。競技してるとどうしても。」
 「そう・・そうよね。さんがくはよく手入れしてるんでしょうね。」
 「そりゃオレの大事な相棒だし。珍しいねそんなこときくなんて。」
 「うん・・ちょっとね。変わったひとに会ったの。あんたに似た。」
 「え、会ったって・・それって、男?」
 「うん・・さんがくのお宅に親戚とかがいらしてたりする?」
 「ううん。それにオレそっくりな親戚なんていないけど。」
 「そうよね、聞いたこともないし・・」
 「委員長、その知らない男にいつどこで会ったの?!」
 「今日のお昼休み。あなたが教室で寝てた頃だわね。」

主は明らかに不機嫌になって眉間に皺まで寄っている。なのに
委員長はその理由に気付かない。まあ大抵そうなんだけどね・・

 「なによ、その目は・・」
 「どんなにいい人っぽくても男に簡単に気を許しちゃダメだよ!」
 「なんなのよえらそうに!私だって人を見る目くらいあるのよ。」
 「男に関しては委員長は信用できない。一人の時近寄らないで!わかった?」
 「そんなこと言ったって・・相手が近付く場合だってあるし・・」
 「!?そいつ委員長になんかしたのっ!?」
 「っ・・手、手を・ちょっと。握手よ!握手しただけ。」
 「何それ!初対面で手を握らせたの!?信じらんない!」
 「でもそのひと私のことよく知ってるみたいだったわ。」
 「そんなの口実だって!嫌んなるなあ・・委員長ってば危なすぎるよ!」
 「危なそうなら逃げるわ。でもほんとにそんなひとじゃなかったのよ。」
 「オレそっくりなら間違いなく危険だよ。」
 「は!?何言ってるのよ、意味がわからない・・」
 「もおっ!もおお〜〜〜っ!!」

 山岳はすっかり憤慨して心拍数も上がってたけど俺はちょっと喜んだ。
委員長が俺のことを信用してくれたことと、俺を庇ってもくれたからね。
でも主の心配も憤りも勿論理解できる。委員長はわりと無防備なんだもの。
周囲どころか本人もしっかり者だと思ってるから質が悪い。特に主の言う
男という生き物に対する警戒心はちょっとどうかと俺も常日頃思っている。

 主と一緒にあちこち走ってわかったことは下界は危険に満ちてるってこと。
それよりも山を愛する気持ちはそういった対比的な意味もあるかもしれない。
あと男性っていう人間でいうと委員長とは対の生物はかなり危険だと思う。
時には主でさえ委員長には危険じゃないかとハラハラすることもあるから。
そんなことは滅多にないけどね。嫌なことがあっても練習がキツくたって
走っているうちに主は心を洗われていくけれど、そんな中で委員長を見つけた 
その時のことをどう表現すればいいんだ。あの綺羅と光ってる星みたいな姿を 
どんなにたくさんの人の間にいてもすぐにわかる委員長という存在のこと。

 委員長は夜空に浮かぶ道標みたい。迷わずに帰って行く道を示すんだ。
 委員長は山に咲く花みたい。風に乗って甘い香りで誘って呼ぶみたい。
 委員長は遥かな道の果てのオアシスみたい。乾いた体と心を癒すような。

主が想う彼女のイメージは俺と重なってシンクロしている。どちらかが
委員長のことを見つけるとフラグが立つんだ。ああ、ここにいたんだ!って。

 そんな彼女がいわれのない中傷や男性やもっと邪悪なものなんかに
穢されたりしないかと思うと心配で心配でどうにかなってしまいそう。
だから主の苦言も耳に入れて警戒していいんだよ、委員長。俺のことだって
信用し過ぎちゃだめなんだから。今度会ったら注意した方がいいだろうか。
俺達は委員長が知ってるよりもずうっと君のことを想ってるんだから。




 その夜、委員長の部屋からふんわりといい匂いが漂ってきた。
主もそれに気付くと窓を開けた。すると声を掛ける前にお隣の窓が開いた。

 「委員長、それってオレに?」

委員長は手にお皿を持っていていい匂いはそこからきていたらしい。
期待に満ちた笑顔の主に委員長は恥ずかしそうに目線を外しながら言う。

 「ちょっと気が向いて作ったんだけど・・多かったのよ。」
 「クッキーでしょ?前作ってくれたやつ?!」
 「あ・あれ美味しいって言ってたじゃない?だからおすそ分け。」
 「わーい!ありがとう委員長!」
 「別にお礼言うほどのことじゃないわ。はい!」

そんなやり取りを俺は部屋で見ていた。メンテナンスでそこに居たから。
いいなあと思った。この体では食べることはできない。匂いだって実際に
嗅いだらとてもいいんだろうなって感じるだけのことだ。つまらない・・
嬉しそうに美味しそうに差し入れられたクッキーを食べていた主を
恨みがましい気持ちで眺めていると、主がお皿に敷いてあった紙の下から
小さな別の紙片を見つけて摘まみ上げた。そこに何か書いてあったらしい。
じっとそれらに目を落としていた主が徐にそれを俺に向かって見せた。

 「委員長から”Lookにも少しおすそ分けしてね!”だって・・」

 「どういう意味だろ・・?委員長と知り合いになったの?ルック。」

 主は首を傾げていたけど俺はすぐにでもお隣に飛んで行きたかった。
主の目の前ではそれができなくてもどかしかった。でもすごく嬉しい!
委員長ってやっぱり素敵だ。主にはもったいない気すらしてきたよ。
ああどうして俺は人間じゃないんだ。だけど俺だからこそ出会えたんだよね。
主はちゃんと数枚のクッキーをお皿に残して俺の目の前に置いてくれた。

 「明日委員長にきいてみよう。」

そんな独り言を呟いて中断していた俺のメンテナンスに戻った。
困ったことになった。俺は前よりずっと委員長のことが好きになった。
主の応援をしてきたつもりだけどすごくフクザツ・・ああなんてことだ。

 神様、俺を付喪神にしてくれた神様!俺はもう少しだけでいいから
委員長と親しくなりたいです。どうかどうか哀れな恋心に救いを下さい。

 その夜眠らなくていい俺はずっとお隣の委員長のことを考えていた。
 今度会ったらお礼を言おう。もっと何かできることはないだろうかと。
 そうだ、まだ笑った顔を見ていない。近くで笑って見せて欲しい。
 どうしよう どうしよう 俺は自分が人間じゃないことなんてすっかり
 忘れて大好きなあのこのことばかりで頭がいっぱいになったんだ・・