神様にお願い


 
 神様への願いは 口にしては叶わない
 オレの神さまは そう教えてくれた

 ならどうやって 伝えればいいの? 
 心のなかで願うのだと 祈るように

 ずっとそうしてきた 願いはいつか
 きっと伝わるのだと 信じていたから




 「あけましておめでとー!いいんちょ〜!」

 お隣の窓はカーテンが閉まっていたけど
居ることはわかっていたからそろそろかなと
自室の窓を開けて声を掛けてみた。息が白い。
直ぐにカーテンは開いて、ベランダの扉が開く。

 「おめでとう、さんがく。今年も宜しくね。」
 「うん、よろしくー!わあ、今年も綺麗だ!」 

 毎年恒例になった新年の挨拶。お隣に住む委員長は
オレよりうんと早起きですっかり晴れ着姿で現れる。
それが毎回艶やかなので正直に感嘆を漏らすのだが

 「毎年取って付けたようなお世辞が余計よ。」

なんて冷たい返答。めげずに「お世辞じゃないのに」

 「ホントに綺麗だなって思うよ。それにカワイイ。」

言って微笑むと白い頬は朱に染まって更に愛らしい。
騒ぎ出す胸を抑えて気持ちも新たにオレは言うんだ。

 「委員長。勝負しよう?」

今年最初のお願い。ほんとうのお願いは口にできないから
その分も真剣に言ってみる。だけどやっぱり返事はNOだ。
なんて頑固なんだろうなんてちょっとだけ思うのは内緒。
頑固なのはお互い様と思い直す。オレは諦めがすごく悪い。

 「初詣、気をつけて行ってきてね。」
 「そうね、お天気が良いから混んでるかも。」
 「オレは逆方向だけど行って来るね。」
 「先輩達と今年も?あなたこそ気をつけて。」

大丈夫だよと軽く手を振ってオレたちの挨拶は終わる。
ジャージ姿のオレが走りに行くことなんて明白だし、
高校にあがってから毎年出かけているから言わずもがな。
オレは別れたあといつも不思議な気がしてる。

 神さまは神さまになにをお願いするんだろうかと

 この世には八百万の神さまが在るんだそうだけど
オレが信じる神さまは一人だけだ。奇蹟を体験したから。
誰にも言ったことのなかった願いを叶えてくれたからだ。 

 ”委員長は 生きてるって感じる?”

神さまが本当にいるならとっくに叶ってるはずと拗ねてた。
オレは生を強く望んでた。未来に希望を見出せないでいた。
けれどある日突然にオレの願いは届いたんだ。

 目を閉じればいつでもあの時の光景が浮かんでくる。
胸が痛みを思い出して震える。オレは生を掴みかけた。
苦しい息の下必死で見上げると、長い坂の上に委員長は
心配そうにオレを振り返っていた。そのまま行ってと
なんとか声に出すと、翼でもあるみたいに飛んでいった。

 ”スゴイや・・!委員長って・・もしかして・・”

同じ子供だなんて思えなくて、最初は神さまのお使いかなと
考えたけど、にんげんに生まれた神さまなのかもと納得した。
なぜってその後どんなに頑張って自転車が上達していっても 
勝てる気がしない。どんどん丈夫になって幼かった頃の願いは
跡形もなく過ぎ去っても、委員長の背中は近づく気配もない。

 いつかあの背中に追いついて 追い越したいと願った。
そうしたらきっと神さまはオレの願いを叶えてくれるんだ。
口に出してはいけないと聞いたからずっと抱え込んだまま
だけど願いごとは一つだ。委員長をもらう。

 オレのお願いを叶えてくれるのはオレの神さまだけ
だから委員長には言えない。一心に祈りはしても。
勝負を持ちかけるのはそのため。何度したかしれない。
振られる度にまだダメなんだ、もっと早くならないと。
そう感じた。辛いとは思わなかった。いつかきっと叶う。
オレはそう信じてもいたから。今もそう信じてる。
 


 走行会から戻ると夜だった。お隣の部屋には灯り。
声を掛けようと思っていたら珍しいことに窓を開けると
同時にお隣のベランダが開いた。委員長は待っていたらしい。

 「遅かったわね。まあ無事みたいで良かった。」
 「うん楽しかった!皆元気いっぱい走ったよ!」
 「よかったわね。・・さんがく、手を出して。」
 「え、なあに?」

言われるまま手を差し出すと手のひらに御守りが置かれた。

 「これオレに?」
 「え・えっとその・・今年も安全に走れるようにと思って」
 「オレのお願いしてくれたの?ありがとう。委員長。」
 「どっどうせあんた自分のことなんかお願いしないでしょ」
 「ははは・・」
 「わっ私も特にお願いはないから、あんたが無事なのがいいと」

今年はどうしたことか委員長が素直だ。顔はみるみるうちに
染まって真っ赤だけど。見てたらオレも頬が熱い気がしてきた。

 「ありがとう。オレすっごい走りたくなってきた。」
 「あんたねえ、今日散々走ってきたんじゃないの?」
 「だってウレシイと走りたくならない?」
 「ぷ・・わからなくもないけど・・あんたらしい。」
 「あー走りたいな。ねえ委員長、勝負。しようよ!」
 「なっ何言ってるのよ、もう夜よ!?」
 「ライト付く場所なら・・でもやっぱり夜はダメかなあ・・」
 「・・しないから。」
 「あ・・うん。そっかあ・・」

オレはその時いつになく落胆を感じて頭を掻き毟ろうとした。
その拍子に持っていた御守りを落としそうになってしまった。

 「あ・・っ!」
 「はっ・・!」

バランスを崩したけれど、なんとか御守りをキャッチした。

「ごめんごめん、ほら、落とさなかったよ?」

苦笑しながらオレが顔を上げると表情は固まってしまった。
目を恐怖に見開いた委員長がオレを助けようとしてベランダから
それこそ落ちそうになっていたからだ。慌てて腕を伸ばし支えた。
押し戻してやると委員長が安堵してかズルズルとへたり込む。
それを見てオレはホッとしたのだが、委員長は顔を曇らせた。
そしてその堪えきれない自分を隠すかのように両手で顔を覆うと
フルフルと身体が小刻みに震えた。泣いている。そうわかったら
堪らずに窓枠を飛び出していた。委員長のベランダに降りると
顔を覆って泣いている委員長の横にしゃがみこんで肩を抱いた。

 「怖かった?もう大丈夫だから。ね?」

なるったけの優しい声で言ってみた。けれど委員長は首を振る。
横に段々と強く振って心配になる。そんなに怖かったのだろうか。
すると覆われた両手の隙間から「ちがう」と小さな声が聞こえた。
何が違うのかわからない。そっと委員長の張り付いた手首を掴み 
口元から少し離すことができた。委員長はポロポロ涙を零しながら

 「・ごめんなさい・」
 「な・んであやまってるの?委員長なにもしてないよ?」
 「でっ・・でもっ・・もし落ちてたら・・さんがく・・」
 「あーオレが落ちると思って怖かったの?」
 「おっ落ちて怪我とか・したらっ・・わっわたし・・ごめ」

離していた腕をもう一度委員長の小さな肩に乗せて抱き寄せた。

 「そんな簡単には落ちたりないよ。子供の時と違うし。」
 「おっ御守りなんて落としたっていいのにばか!ばかさんがく」
 「ちょっと委員長らしさが戻ってきた。へへありがと。」
 「バカって言われてお礼するばかがどこにいるの・・」
 「うん、ここ?そうじゃなくて委員長が心配してくれたから。」
 「っ・・心配しちゃわるい?それくらいいつもさせてよ・・!」
 「もしかしてさあ、委員長いつも神さまにそれお願いしてる?」
 「う・・」
 「言ったって大丈夫だよ。オレの神さまが護ってくれるから。」
 「あんたの神さまって・・?」
 「へへ・・すごい神さまなんだよ。」
 「自転車の・・先輩のどなたかのこと?」
 「ううん、もっと昔からオレの傍にいるんだ。」
 「・・・私に神頼みとか余計なことするなってこと?」
 「そんなこと言ってない!委員長ひどい。」
 「だって・・するなって言われても・・私あんたのこと」
 「そんなに心配?」
 「うん・・無事ならいいのよ、どこに行ったって。」
 「なんか今日の委員長素直だなあ。どうしよう困る。」
 「なんでこま・ちょっとちかい近いっ!はなしてっ!」
 「わあ」

抱いていた肩を揺すって両手で押され、手を離してしまった。
涙の跡で光る頬を再び赤くして座り直しスカートの裾を引っ張った。

 「そういえば着物は?もう脱いじゃったんだ。」
 「そりゃもうこんな時間だし・・」
 「もったいない。もうちょっと見たかったな。」
 「なななによ、べつに珍らしくもないでしょ!」
 「珍しいよ。一年にこの時くらいじゃない?!」
 「きっ着物姿なんてこの時期あちこちで」
 「委員長の着物姿は貴重、って言ってるの。」
 「そっそういう・・なんなのよもうっ・」

照れてムキになる委員長はいつもどおりで可愛くて
さっきの頼りない肩で泣いている姿から戻って安堵する。
どうしてこんなに可愛くて華奢な女のコだっていうのに

 「・・委員長はズルい。」
 「っ!ななにが、いきなりなんなの!」
 「ねえ、お願いは口にしちゃダメなんだよね。」
 「え、ええ。そうね?」
 「はあ・・叶わないのは困るしやんなっちゃうな。」
 「そんなに叶えたい願いがあるのね。」
 「そうなんだ。ずうっと昔から一つだけ。」

どうしてか委員長は顔を曇らせて寂しそうに溜息を吐く。

 「・・その願いが叶うといいわね。」
 「いつかきっと叶うと思うんだけどね。」
 「そうね。さんがくならきっと叶うわ。」
 「どうしてそんな辛そうに言うの?」
 「辛くなんか・・私じゃ何もできないから、かしら」
 「どうしてそう思うの?」
 「だって私は神さまじゃないんだから。」 
 「え・え?」

オレは多分、暫くの間びっくりした顔を晒していたんだろう。
委員長が怪訝そうに眉をひそめ「どうかしたの?」と訊いた。

 「あ、ごめん。・・」
 「私は私にできることしかしてあげられないわ。」
 「!?そうだね。」
 「だからさんがくの邪魔だと言うならしないけど」
 「や、ちがっ・いいんちょう!」
 「幼馴染として元気で自転車に乗れるようにと祈らせて?」
 「ちがうってば!!」

もどかしさで舌がもつれそうになりながらオレを見ている
オレだけの神さまを今度は横からじゃなく正面から抱いた。
ほんとうは触れても、名前を軽々しく呼んでもいけないんだ。
それなのにオレは罰当たりだとかそういうことはすっとばして
オレのことばかり気に掛けている神さまに伝えたかった。
我儘で勝手過ぎるオレのことで悲しんだりしないで欲しかった。
ずっと叶うと信じていたことがふと揺らいでしまって怖かった。

 「さ・さんがく!?」

さっきと逆に泣いてはいないけど子供みたいにしがみつくオレを
気遣うように腕を伸ばし、神さまのはずの女のコが抱いてくれた。
同じように心配しなくていいのよと言いながら優しく撫でてくれる。
どこまでも優しい。オレは何かが間違っている気がして混乱してる。
もつれてこんがらがった糸みたくわからなくなって苦しかった。
そしてそれが自分だけでなく委員長を苦しめているような気がして。


 「委員長・・オレ委員長にお願いがあるんだ・・」
 「え、私に?神さまじゃないから言ってくれないと。」
 「そうか、言わないとダメだったのか。」
 「お願いってずっと私に叶えて欲しかったことなの?」
 「うん、だけど口にしちゃいけないって言うから・・」

 「ばかねえ、私にならいいのよ。できることなら叶えてあげる。」
 「そっか・・そうかあ!オレ、なんかカンチガイしてたっぽい。」
 「いったいどうしてそんな勘違いしてたのよ。で、なんなの?」
 「うん、オレバカだ。やっとわかったよ。」
 「私にできることなんでしょうね?」
 「委員長にしかできないことだよ。」
 「それこそ神さまじゃなくて私に言わないと。ほんとバカねえ・・」
 「バカだけど、見捨てないで。」
 「大丈夫よ、見捨てたりしないわ。」
 「委員長なら安心だ。約束したら破らないもんね。」
 「さんがくは怪しいけどね。」
 「ううん、オレ委員長との約束だけは破ったことないよ!」
 「・・プリント逃げたことは?」
 「あっあれは後回しにしただけだよ、破ってないよ〜!」
 「ふ〜ん・・まあそういうことにしてあげる。」
 「よかった。」
 「それよりちょっと離しなさい。・・恥ずかしいから。」

 ほんの少し離して見えた委員長は恥ずかしそうに笑ってた。
やっぱり神さまみたい。眩しくて目が開けていられないもの。
オレは呼吸を整えるために深呼吸を一つした。委員長の前に
膝を詰めてまっすぐに瞳をみつめたら、心臓がドクンと鳴る。

 神さまより緊張する キミの前にいると

 きいてくれるかな オレね ずっとキミのことがすき
 これからもずっとすき だから そばにいてください
 


 ほんとうのお願いは口にしたほうが叶うんだって知った