ハピメリ!
今年はホワイトクリスマスになるらしい。
その天気予報を大抵の者は寛容に受け入れている。
この時期なら降り過ぎさえしなければ良いだろう。
そんな歓迎ムードとはかけ離れた八の字眉が一人、
珍らしく朝の教室の窓外を眺めてははあと溜息を吐く。
「なに恨みがましい顔しているのよ。」
「・・雪積もったらロード乗れない。」
「そうね。おかげで誰かさんの遅刻は減るけど。」
ブウと頬をふくらませた幼馴染で自転車馬鹿のさんがくは
子供みたいに拗ねたまま机に突っ伏す。また寝るつもりか。
寝る子は育つとは言うけれどもう十分育っているというのに。
可愛くないことを言ったり考えたりの私だが、本音を言うなら
天気予報が外れて彼が走りに行けるといいのにと願っている。
彼には何よりのクリスマスプレゼントではないだろうかとさえ。
しかし窓の外はどんよりと重い雲が伸し掛るように広がって
既にチラホラと舞い降りてきている。周囲からはしゃいだ声も
時折聞こえてくる。可哀想だがどうしてあげることもできない。
こればっかりは天の神様のいうとおり。
「視聴覚室に忘れ物〜!イニシャルがMSだって〜!」
級友が教室の入口でかざした忘れ物とは小型の音楽プレイヤー。
青い本体に見覚えがあった私は名乗りを挙げて近付いた。友達は
イニシャルが逆じゃない?持ち帰った私に尋ねた。MSでなくSMだと。
「それだと聞こえが良くないから日本語読みにしてるの。」
「そうなんだ。」
「!?これ私のじゃないわ。」
「へ?じゃ誰の?他にMSってうちのクラスにいたっけ?!」
「・・・いる。というか持ち主がわかったわ。」
”やだ・・なんでおんなじプレイヤーなのよ・・!”
「さんが・・真波君。あんたの忘れ物よ!」
「イテ・・・あ〜、ありがと委員長〜・・」
「真波君のだったの。もしかしてお揃い〜!?」
「ち・違うわよ!よく考えたら私は持ってきてなかったし。」
「ひど〜い・・オレ委員長のと一緒がいいってもらったのに」
「えっ!?そそそんなこと知らないっ・・!」
「中学んときのクリスマスプレゼント。親からだけど。」
「そっ・そんな話は聞いてないわよ。」
「委員長が青くて綺麗なの持ってるからオレも欲しいって。」
「なによそれ・・////」
「イニシャルもお揃いでしょ?」
「えっあっ・!そ・そういえば」
「ああ、言われてみれば二人ってイニシャル同じね。」
「MSって書くのも一緒。ろーま字覚えたての頃よく書いたね。」
「う・そう・・よく持ち物に書いて・・でもごっちゃになって。」
「そうそう、オレたち一緒だから紛らわしいって親に怒られた。」
私と幼馴染の少し昔の話を思い出していたら友達は笑って席を立った。
「次の授業始まるし席戻ろっと。積もる話はお二人でごゆっくり。」
からかいのこもる友達の言葉に慌てる私をほっといてさんがくは
のんびり片手で音楽プレイヤーを回しながら「思い出した」と呟いた。
「将来結婚してもオレたちイニシャル変わんないんだよね。」
用意していた次の授業の用意をドサドサと落としてしまった。
「っ・・なっ・・なに・・をっ・・いっ・・さ・」
「って言ってたよね。あれ、委員長どうしたの?」
「〜〜〜〜〜ナンデモアリマセン!!!」
チャイムに助けられて会話は途切れた。急いで教科書やノートを拾い
冷静を装って授業を受けたものの、内容がほとんど入ってこなかった。
犯人を恨めしく思ったけれど、恨めしい顔が元通りになったのは嬉しい。
降り出していた雪はどんどん量を増し窓外は白と灰色に埋め尽くされた。
放課後まで降り続いた為に校庭は薄化粧され真っ白なカンバスになった。
終業のチャイムが鳴るや生徒達が校庭に飛び出して行き雪遊びを始める。
憂鬱さはどこへやらで、さんがくも級友達と一緒に降りて行ったらしい。
「宮ちゃん、下で呼んでるよ。」
「え、私?!」
帰り支度の途中、窓を開け校庭を見下ろすと悪戯描きの数々が目に入る。
なにがなんだかわからないものがほとんどだが文字らしいのはわかった。
Marry Xrismas ! iintyo- M.S.
下でその文字を指差しながら得意そうに見上げているのはさんがく。
イニシャルでわかった。だけど誤字にも気付いて苦笑してしまった。
「Christmasも違うし、Merry なのに Marry になってるし。」
叫んでも届かないかもと思って下へ降りた頃には生徒達は散開していたが
さんがくは晴れやかに私を待っていた。ホント元気になってよかったわ。
「委員長!読んでくれた?!」
「・・スペル間違ってたわ。」
「えっそう?まあいいじゃん。テストじゃないんだし。」
「そうだけどメリーって間違うかしら普通。そのまんまじゃない?」
「あー!そっか。ん〜と・・じゃあこうすればいいんじゃない!?」
「はあ?」
どこから拾ってきたのか不明な木の枝でさんがくは文字を消したり
書き足したりしていた。どれどれと近付いて覗き込んでみた。
「よっし、できた。ね!?」
「・・クリスマスを消してどうするのよ?プリーズってなん・・」
Please Marry ! === iintyo- M.S.
「!!??!ちょっ・ばっ・・さんがく!?」
「あれまた違った!?マリーって結婚じゃなかったっけ??」
「どどど・どういう修正してんのよ!これじゃぷ・ぷろぽー・・」
「あ、ホントだ。言われてみればそうだよね!」
「なんにも考えずにプロポーズする人がどこにいるの!!?」
「あはは・・いたね〜!ここに。」
「〜〜〜〜〜〜〜〜バカっ・・!」
級友達だろうか、頭上からヒュウヒュウと口笛を鳴らされた。
パラパラと紙吹雪まで落ちてきて掃除しないと確実に叱られてしまう。
いやそれどころではないのだけれど!私はどうすればいいかわからず
急に温まった体と火照った顔を押さえてオロオロするばかりだというのに
さんがくはちっとも状況を分かってなどいないかのようにいつも通りで。
「あ〜今日は室内練習だろうから部活行きたくないな〜・・」
などと心ここに在らずなことにがっかりしつつ、ほっとしてみたり。
「そ・そんなこと言ってないで行きなさい。サボりはダメよ!」
「え〜・・ダメかあ・・やっぱり?」
「当たり前よ!さあ早く!それとも引っ張って行かれたいの?」
「わかったよ行くよ委員長・・」
さんがくが離れたことで騒ぎも収まったらしく私は落ちた紙吹雪を
片そうとしていると、走って去りかけていたさんがくが振り返った。
「あー!返事もらってないや!委員長、今晩返事してね!」
「返事?って、なんの・・」
「えっやだな、ぷりーず まりー!の返事だよ。イエスって!」
「ちゃんと言ってね〜!?」
走り去る彼の背中を呆然と見送る。え?アレって・・まさか・・本気?
・・・・えええええええェ〜〜!!!?
叫ばなかった私は私を褒めたい。だけどあんまり驚いたせいで
足元を滑らせて転んだんだけどこれって私のせいじゃないわよ。
さんがくのせいなんだから!どうしてくれようこの・・公開処刑!
「それになんで返事がイエス一択なのよ!断られると思わないワケ?!」
くやしいような嬉しいような訳のわからない状態の私は、落とされていた
木の枝を使ってガリガリとさんがくのプロポーズ(!?)の下に文字を記す。
Happy Chiristmas ! to M.S. from M.S.
アイツにわかるかしら?わからなくたっていいわ。
そんな半ばヤケみたいな返事を書いた。だって・・
私はあんたの幸せをいつだって願ってる。だから。
そう。なんだけどでもやっぱりクヤシイ気がする〜!
YES!Christo よ 今宵我等の愛を護り給え