Dear my memory


 
 キスくらいどうってことないなんて思ったままを口にしたら
部活周辺男子達に憤慨され罵詈雑言を浴びたので逃げてしまった。
すること自体はほんとにどうってことなくないか?と首を傾げて。

 ちょうど通りかかった委員長にプリントで捕まりそうになる。
ヤバイ!と反射的にさっきまでの話題とリンクしている思い出を
ネタにしてみた。すると意外なことに(否委員長はいつも意外なんだけど)
ビシっと固まった上にものすごく珍しい顔をした。うわあ・・ちょっとコワイ。

 「あ、あれ?覚えてない?委員長とさオレ何度も・・」
 「・っわっ・わすれてなさいよっそんなことっ!!!」
 「うあっ!?いいんちょ・・?」

 プリントの束を投げつけられてびっくりしていると律儀にもバラバラに
散らばったそれを集め始めた。仕方なくオレもそれを手伝おうとした。のに
偶然触れかかった手を熱いものにでも触ったみたいに引っ込められてしまった。
ふと見ると委員長の顔は真っ赤っかでさっきほど怖くなくなって面白くなった。

 「もしかして委員長テレてる?」

おかしくなって笑いかけたオレの顔はまたもやプリントの束で叩かれた。ヒドイ;
けど今度はその束を手放さずにいたので散らばることはなく、委員長はそれを
握り締めたままくるんと向きを変えたかと思うとだーっとかけていってしまう。

 「・・オレ、やっちゃった・・かな。」


 何がいけなかったんだろう。オレはよく委員長を怒らせてしまう。
プリントしないとかサボりとかは怒られても当然なんだけど、そうでなくて
もしかすると委員長と二人にしかわからない事柄を口にしたとき多い気がする。
今回の場合はやはりキス。がいけなかった・・っぽい。けど事実しか言ってない。

 生まれて間もない記憶に残ってない時代にオレ達はとっととファーストを済ませた。
これは母親同士から聞いた話だからお互い知ってる。その後物心着いてからの初めては
5歳の時。熱を出して苦しんでいたオレを心配した委員長が祈るように両手を捧げて

「さんがくっげんきになって。かみさまにおねがいしたから。だいじょうぶよ!」

泣きそうな顔でベッドの傍。彼女の声だけは何故か耳に心地よく響いてきて微笑んだ。
母親が用か何かで留守番を頼まれたとか言って、握っていた手で額の熱を確かめてくれた。
冷たくて気持ちよかった。あの頃は委員長のことはまだ名前で呼んでた。その名を呟くと
なあに?と耳元に顔を近づけてきた。○○○ちゃんの手がきもちいいって伝えたんだ。

氷枕よりずっときもちいいって。そしたら嬉しそうにまた手を伸ばして額に触れてくれる。
でもすぐにオレの体温で手は温まってしまった。困った顔になった彼女は額に口づけた。

 「これは?」
 「うん・・きもちいい・・」
 「よかった。でも・・あとどうしたら・・」
 「て・・にぎってて・・くれる?」
 「うん。あついけど・・いいの?」
 「うん、いいんだ。あついけどあったかい」

意味の通らないうわ言。何度も片方の手で頭をよしよしと撫でてくれた。
小さな優しい看護師さんだった。
結局眠ってしまって気がついたら母さんと交代していてガッカリしたんだっけ。
その後、元気になったオレはお礼に彼女を訪ねて。

 「おれいなんていいわ。げんきになってよかったわね!」
 
あんなに小さな頃からお姉さんみたいにしっかりしてた彼女の大人みたいな返事と笑った顔の
無邪気さは今おもうとアンバランスで可愛かった。ありがとうの代わりにお返しのキスをした。
おでこにするはずだったんだけどその頃少し彼女より背の低かったオレは仕方なく頬を目指して
彼女が偶然何をするのかと首を傾げたために口同士がぶつかった。覚えてる中で一番古いキスだ。

 「さんがく!おくちにちゅうはおとうさんとおかあさんがするものよ。」
 「そうだけど・・おでことどかなかったんだ。だめかな?」
 「まあ・・いいわ。さんがくだからとくべつよ。」
 「ぼくらもおとうさんおかあさんみたくけっこんすればいいんじゃない?」
 「あっそうか。さんがくならいいわよ。」
 「よかった。」


懐かしいなあ・・オレが覚えてるんだからきっと彼女だって覚えてるはずだ。その後も
けっこんするからいいんだとか言ってこっそり二人だけのときしてた。オレの部屋とか
彼女の部屋でも。けっこんするんだからって縁日で指環を買ってあげたこともあった。
だからもうしないって委員長から告げられた時は結構ショックだったんだ。小学生になって
しばらくしてから。なんでっ!?ってオレが怒って喧嘩になったこともある。仲直りは
いつだってオレが我慢できなくてゴメンナサイしてたからその時も多分そうだった。

 「ひっく・・・ごめんね。また遊んでくれる?」
 「うん。ごめんね。さんがくのこときらいになったんじゃないのよ。」
 「ほんと?およめさんになるのイヤになったんじゃない?」
 「いやじゃないわ。あのね、おとなになったらいいんですって。ままが・・」

実はこの話には裏があって、オレがこっそり委員長とキスしてるのを知った母さんが 
委員長のお母さんに相談し、聞き分けの良い委員長をおばさんが説得したんだって。
もしあの時止められてなかったらいつまでしてたかな、なんてちょっと残念だったりして。

その後は委員長は知らない。でもそれ以前のは覚えてるはずだよね、あのリアクション。
後のは秘密なので母親達も知らない。委員長が眠ってる時だったし、小さな頃のお見舞いと
逆パターン。オレが彼女を見舞った時だから。中学2年の時。バレたかどうだかドキドキで
元気になって登校し始めた委員長をしばらく避けたりもして。全く覚えてないと判ったら
あんなにドキドキしてたのにバカみたいだなって落ち込んだ。気付いててほしかったんだ。
ちょっとしょっぱい思い出だね。どれも他愛ない触れるだけのキスだったけど・・
どれだって全部覚えてる。

やっぱりキス自体は簡単だとおもう。問題はそこじゃないと思うんだ。
気持ちは込めてた。どのキスにだって。ぜんぜん伝わってなかったなんてことない。
委員長はキスしないって言い出した時とても残念そうだったし、その後の方がずっと
して欲しいみたいな顔してたから。あの時とか、あの時も・・唇を軽く噛んで不満気に。
ああでも自転車に出会ってあまり一緒にいる時間が減ってしまったから、今はどうだろう?
今でもしたいと思ってくれるだろうか。そうだよ、それが肝心なとこだ。
キスしたくたって、したいとおもう相手がいないと。してほしいと思ってくれないと。
ただ唇が触れるだけじゃ、犬猫だってするじゃないか。挨拶みたいなものって国も多いし。

 むかし、”おとうさんとおかあさんがするものよ”

じゃあそうなりたいとオレも彼女もそのときお互いに納得した。
 
 ” いいわよ、さんがくなら。” ”さんがくはとくべつよ。”

その言葉はまっすぐオレに届いてた。だからずっと委員長はオレにとっても”とくべつ”で。
聞いてみたらなんて言うだろう?もうままが・・なんて言い訳はしないかな。それとも
あの頃とちがってテレ屋になった彼女のことだから、素直にいいって言ってくれなさそう。
でも聞きたい。いまの彼女の口からあの時と同じ言葉を。

 ” いいわよ ” ” さんがくなら ” ” とくべつよ ”





 オレはどうもニヤケた顔をしていたらしくて部室で皆に突っ込まれた。
今日の山も最高でしたからなんて誤魔化した。今日は委員長のことばっか考えてたから
自然と顔が笑ってしまってたらしい。いやもちろん山だって楽しかったんだけどね!?


 「ところで大人になったらいいって場合の大人っていくつなんだろうね?」

ポツリと零したらまたもや部内のあちこちからブーイング。あんまりじゃないか。
大したこと言ってないのに皆の方がおかしいんじゃない?ソボクな疑問だったんだけど。

 「しょうがない。そろそろいい?って本人に聞いてみるよ。」

何故か猛烈な勢いで「○ね!」「??△!!」色んな言葉の暴力が降ってきた。
あーこれ欲求不満ってやつかな。誰かが言ってた気がする。まあしょうがないよね。
オレたち男は一生そんなもんじゃないのかな。相手次第で我慢の連続とかリアルだね。
なんとか暴力の網を掻い潜って脱出した。もうとっぷりと日も暮れて学校は静かだ。

 「あっ委員長!まだ残ってたの〜!?」
 「先生に用を頼まれたのよ。それに・・あんたプリントのこと忘れてたでしょう。」
 「あ〜・・だね。ごめん!でも今日は委員長が逃げちゃったんじゃなかったっけ?」
 「!!?あっあれはっあんたが変なこと言い出すからっ!・・」
 「でもさ、それってちゃんと覚えてたってことでしょ!?」
 「っ・・わ・わすれていいって・・言わなかったかしら?」 
 「そんなの聞いてない。忘れないでよ、いいんちょう・・」

 そっぽ向いて帰ろうとする委員長の横にロードを押して並ぶ。
いつも怒らせたり困らせたりするけど、やっぱ問題はそこじゃなくて。

 「ねえ、委員長はさ、忘れたいの?」
 「わすれたくても・・もう記憶されてるからどうしようもないわ。」
 「忘れたいのか・・オレは忘れないよ。」

いきなり立ち止まった委員長が鞄を抱き抱えた。何か言いたいことあるのかな。
オレはちょっと口を閉じた。彼女の何かしらの決心を邪魔しないように。

 「べっべつに・・いいのよ。あんたも忘れたって。だけど・・」
 「・・・うん?」
 「わっわたしにはあれだって大切な思い出だもの。わすれたりしないわ。」
 「なんだ・・そっかあ。よかった・・」
 「なによ、なんでそんな嬉しそうな顔してるの!?」
 「おんなじだから。うん。よかったな〜!じゃあ今も嫌じゃないんだね。」
 「嫌?え?忘れるわすれないって話じゃ・・・・!!」

 キスなんてこんなに簡単だ。距離をゼロにするだけ。もちろん相手次第だけど
委員長がどれも大切って言ってくれたから、オレは心からほっとしたし嬉しかったんだ。
久し振りに触れた場所はあったかくて、あの日オレを包んでくれた幸せと同じだった。

 「・・もういいってことでしょ?」
 「なななななな・・・なにっ!?」
 「あれ?・・オレまちがって・・ない、よね?」
 「い・いきなり!こんなっ・・とこでっ!」
 「え?だって・・べつに誰も・・学校だから?」
 「う・・」
 「えっいいんちょう!?どうしたの!?」
 「・・・もう・・いいわよ・・」
 「あ・うん・・オレ、だから?」
 「〜〜〜〜〜〜〜そうよっ!!」
 「なんだあ・・焦ったなあ・・」
 「うそおっしゃい!もうもうもうっ!!!」


 家にたどり着くまで委員長が顔を見せてくれなくて・・オレちょっと悲しかった。
そりゃあテレてるんだってことくらいわかったけど。首も耳も真っ赤だったしね。
だけどあんまりじゃない。顔だって見たいのに・・あんまりくやしかったからさ、
家の中に逃げられる前にもう一回キスしようとしたら叩かれた。「簡単にしすぎなのっ!」
・・って。だってもういいのかと思ったら嬉しくてって言ったらちっとも変わってないと
文句を言われた。なんだか納得がいかなくて、ぎゅっと抱きしめて口を塞いだんだ。







※一部改稿しました