青い鳥 


 
 青い鳥のお話を読んだとき、幸せは身近にあるものなんだと
気付けばいいだけなのだと解釈した。ただ近くにいた同い年の
身体の弱かった男のこは不満気な表情を浮かべていた。理由は
解らない。ただ”幸せ”の定義が私とはちがうのかなと思った。

 生きている証を欲しがったあのこに何かしてあげられないかと
私は考えた。そうしてあの日、サイクリングにあのこを誘った。

 私の願いはあのこの望みを叶えることだったから、成功だと思う。
あの時から別人のように瞳を輝かせ、歓びに満ちた姿に私も喜んだ。
だけど。あのこがお隣から羽ばたいていった後ではっと気が付いた。
青い鳥は確かにすぐ近くにいた。あのこは私の青い鳥だったんだって。
飛び立って空になったあの子の部屋。そして私の部屋の鳥籠も空っぽ。
飼っていた鳥もあのことおんなじように空へ飛んでいってしまった。


 男のコって羽があるみたいね

 男のこの母は嬉しそうに語った。自由を手に入れた息子が誇らしく
幸せそうだった。切掛を作ったに過ぎない私にお礼まで言ってくれて。
なのにその頃の私はそんなふうに一緒になって喜んであげられなかった。

 おばさま 私の幸せ 飛んでいってしまったのよ

口には決して出さなかったけれど、そんなことを思う自分が厭だった。
私はこどもなんだな。はやく大人になりたい。おばさまみたいになって
あんなふうに喜んであげたらきっとあのこだって嬉しいんだろうに。
それなのに私は空っぽの隣の部屋を見るといつも悲しくなってしまう。
いつまでも寂しがる幼い心をどうすればいいかわからず落ち込んだ。

 それでも泣かなかった。幸せは飛んでいってしまったといっても
無くなったわけじゃないから。離れたなら無事を祈るのはいいでしょう?
広い空に向かって願った。怪我しないで。ちゃんと帰って。それから
笑っていて。苦しくても辛くても生きている証なんでしょう?だから。


 どんどん大きくなっていって小さかったあのこはもうすぐ家を出る。
誰にも留められない。覚悟をする時間は充分にあった。それでもやっぱり
寂しさに胸ははち切れそうになるけど、これは当たり前と思うことにする。


 ねえ 私は飛べないけど 立って歩ける だから大丈夫

 お別れには笑ってさよならを告げよう。あのこがたまに思い出して
近くに戻ってくることがあったら、元気だから心配しないでって笑う。
それで少しでもほっとしてくれたら嬉しいから。

 あなたも私も 生きている 幸せには青い空が似合ってる






 生きていることが不確かだった頃、青い鳥の物語を知った。
一緒にいたおんなのこは満足そうだったけど、たぶんオレは正反対。
探し回って最後に気付くものだというなら、すぐに旅立ちたくって。
ほんとうなんだって体全部でわかりたいのにと、強く願ったからだ。
そうすればきっと目の前のいてくれるおんなのこをまもれるんだって。
 
 随分甘ったれだったからオレは弱くてどうしようもなかった。
このままじゃいけない。だけどどうすればいいのかわからないまま
探していた。オレの幸せの象徴みたいなおんなのこは魔法を使った。
あの日見つけた興奮をどう説明すればいいのか未だにわからない。
だからいつか、あのお話はほんとうだったねって言おうと決めた。

 そう簡単にはいかなかったけど。いきなり強くなれるわけもなくて。
夢中でペダルを漕いで痛みで生きていると確かめながらちょっとずつ。
なにせどんなに漕いでもあのこに追いつける気がしないのだ。
何度も夢に見たあのこの後ろ姿。はやくてはやくて・・憧れた。


 おんなのこって鳥みたい 飛んでっちゃいそうだから

 母親に愚痴ったりしたことがある。それってあの子のこと?なんて
どうして知ってるのにきくんだろ。おんなのこも母さんも女って不思議。
皆はオレのことを不思議って言うけど、オレはぜんぜんそんなじゃない。
わからないのはあのこ。だけど愛しくてずっと見ていてほしくて我儘したくて。
オレだけを甘やかして、オレだけをみてなんて欲張りにおもうばっかりで。

 まだまだあのこに追いつける気はしなかった。それでも自信はついてきて
思い切って勝負を持ちかけたりするようになった。毎回返事はつれなかった。
勝てる見込みはいつだって100%じゃないから、その度にホッとしたりして。
その間に大変な思いもしたし、先輩や友達からもたくさん学んだ。オレは 
まだヒヨっ子なんだってわかって悔しかったけど、未来に続くと思うと嬉しい。
もっと広い世界へと脚を踏み出すことになったのも、皆のお蔭だ。

 だけどうっかりしてた。あのこはオレをずっと見ていてくれたのだけど
これからもそうとは限らない。学校という枠が外れてあのこの世界も広がる。
ほんとに飛んでいってしまって見失ったら大変だ。だから告げなきゃ。
海外に旅立つ前になんとかあのこを捕まえた。悲しい瞳を隠すようにして
いつものように虚勢を張っていて、ああきみも飛ぼうとしてるんだって判った。


 「勝負しよう?・・もう次はいつできるかわかんないし。」
 「そうね、準備はちゃんと出来たの?遅刻は向こうでは絶対ダメよ。」
 「じゃなくて委員長!まだダメ?・・勝負はしてくれないの?」
 「私はいつもあんたに勝って欲しいから・・勝負にならないわ。」
 「嬉しいけど嬉しくない。オレずっと言いたかったんだけど・・」
 「そんな顔しないで。さんがくは強くなったわ。これからも応援してる。」
 「・・そんだけ?」
 「えっ・・それだけって何よ、餞別でも欲しいの?」
 「餞別っていうか、オレ・・青い鳥。見つけたよ。」
 「は・・?言いたかったことってそれ?!・・青い鳥ってあの”青い鳥”?」
 「うん。ずっと前にね、見つけた。委員長だった。」

 「・・・・・あの、よく・・わからない・んだけど・・」
 「だからあ、委員長はね、オレの青い鳥なの。」 
 「ちょっと!なにを言ってるの!?あん」

 「・・・・なにをしてるの。」
 「抱きしめてんの。委員長だいじょうぶ?ちょっとおかしいよ。」
 「おかしいのはそっちよ!突然わけわかんないこと言い出すし!」
 「なんでわかんないのかわかんない。オレ放さないからね。」
 「なっ・・わっ私?私のこと言ってるの・・?」
 「聞いてなかったの?そう。だから捕まえておきたいってこと。」
 「は・・はああ!?えっ・・だっ・青い鳥はさんがくじゃない!」
 「そうなの?委員長も!?わースゴイ!オレたちって運命だね!」
 「そっそうじゃなくって・・だからあの・・ね?」
 「ねえ、お互い飛んでばっかりじゃいられないでしょ。」
 「えっ・・私は羽とかないわよ?」
 「ほんとは勝負した後、山の上で言おうとおもってたんだけどさ。」
 「う・うん・・もう!話があっちこっち飛んでるしっ!」
 
 「幸せでいようよ、これからもずっと。」

 「・・・・・・・・・」
 「・・あ・あれ、通じてない?聞こえてるよね!いいんちょう?」 
 「あの・・えっとそれはつまり、待っててもいいってことなの?」
 「え、ううん。待ってなくてもいいよ。」
 「!?ど、どっちなのよ!」
 「待ってなくていいからさ、一緒に行こ。」
 「い・っ!?!」
 「傍にいてよ。あんまり遠くて顔見れないと幸せじゃないじゃん。」
 「そ・そんなっだって・・え・えええ?!」
 「いきなりなんてことないでしょ?委員長オレのこと好きだよね?」
 「すきよ!ずっとすきだけど・・って、なんで知ってんのよっ!?」
 「え〜っと、まあ確信してたわけではないけどね。」
 「ななな」
 「ねえ、オレも待ったし委員長だってそうなんでしょ?」
 「とっとにかく、一度放して。お、落ち着きましょう?」
 「・・深呼吸するの?いいけど・・」
 
 すーーーーっ・・・はーーーーーっ・・・

 「落ち着いた?」
 「ううん、まだダメだわ。」
 「あんまり近くにいるとさ、言いにくいものではあるよね。」
 「えっ・・ええ・・まあ・・」
 「あっそうか。しまったオレ言ってない?ええと・・好き。だよ。」
 「・・なんか・・軽い・・・」
 「えーオレ結構勇気出したよ!言ってから恥ずかしくなってきた。」
 「そっ・・そうよ。私もなんか勢いで言ったような気がするし・・」
 「しまらないねーオレ達。らしくていいかな?」
 「うん・・さんがく。私でいいのね。羽、持ってなくても。」
 「もちろん。羽かあ、オレがもし持ってるならはんぶんこしよう。」
 「飛べるのかしら、それで。」
 「いいじゃない。なんとかなるよ、二人なら。」
 「私・・あんたの脳天気が伝染ったかしら。なんとかなりそう・・」
 「やったね、オレ!あっねえねえ!」
 「どうして褒めてって顔してるのかしら。」
 「だってやっと伝わったんだなーって嬉しくて。撫でて。」
 「あんたね・・いつまでもこどもみたいに。」
 「へへへ・・委員長の前ではこどもでいいかなって。」
 「し・しょうがないわね。と・とくべつよ。さんがく。」
 「おたがいにね!」 
 「っ・・はにゃーっ!!」 

 ひょいと羽みたいに軽いおんなのこを抱き上げて高い高いしてみた。
一度してみたかったんだと言うとなによそれって怒られた。怒ってても
可愛い。委員長はいつでも可愛い。正直な言葉に拳骨の雨が降ってくる。

 青い鳥はいつもすぐちかくにあるって ほんとだねっ  
 ほんとうね 幸せで 青い空がなぜだかぼやけてしまうわ
 曇ってたっていいよ きみとならどこだって青空だから

 どこまでも飛ぼう ふたりでいっしょに