あまやかしたい 


 私には判断がむつかしい。どこまでが正当な扱いで
どこから先が”甘やかし”になるのか。境界線は何処?
そもそも厳しくしているつもりでいる。そのはずなのに
私が真波君を”甘やかしてる”なんて言われて驚いた。
どの辺が?!と少々不本意ながら級友達に尋ねてみるも
溜息や呆れ顔等で流されてしまって困惑は深まるばかり。

 ところで教室でスヤスヤと眠っているのは真波君。
先程の”甘やかし”の対象とされている私の幼馴染だ。
彼はよくこうやって居眠りしているのだけれど、昼食後も
恒例のごとく机上に両腕を枕にしてオヤスミになっている。
その姿を確認し、落ちそうに見えた机の上の水筒を戻す。
そして一つ前の自分の席に着く。遅れた昼食を摂ろうとして
お弁当包を広げると、のんびりした声が背後から掛かった。

 「いいんちょうおつかれサマ〜!いまからお昼〜?」
 「ありがとうタダイマ。見ての通りよ。なんか用?」
 「わー玉子焼〜!おいしそう!いっこちょうだい?」
 
座席に腰掛けた状態で上半身を伸ばして覗き込んでくる。
ガコッと大きな音を立てて座席ごと動いた。・・横着者。

 「・・お昼もう食べたんでしょ。」
 「うん、ありがとう、いいんちょう。」

とうとう立ち上がって遠慮どころか「あーん」と口を開ける。
ちょっと驚いた私は箸で玉子焼を刺してしまった。お行儀悪。
しかも疑いなく口を開けたまま近づけてくるものだから、もう
仕方なしに、玉子焼をひと切れ、口に運んでやった。こんなの
もし見られたら、また誰かに何か言われそうでこわい。

 「いいんちょうの玉子はあまくっておいしいなあ!」
 「そっ・そんなに甘くしてないわよ。」
 「うちのだとちょっとダシが多くて辛いんだよね。」
 「おばさまはお料理上手なのに酷い言いぐさだわ。」
 「だってオレ、甘いほうが好きなんだ。」
 「み・味覚がまだお子様なのねっ!」

どうしてこうイヤミったらしい言い方してしまうんだろう。
私の憎まれ口なんか慣れっこだから気にしないさん・・真波君は
いい天気だねーと口をもぐもぐさせたまま呟いた。なので思わず

 「お行儀悪い。喉に詰まるわよ!?」
 「らいじょーぶ。あ、お茶無くなったんだった。」
 「ほらお茶。私のでよかったら。」
 「ありがとう、いいんちょう〜!」

私の水筒のコップで一息にお茶を飲み干してヘラリと笑う。
そしてニコニコしながらそのコップを差し出す。おかわりの
催促らしい。ヤレヤレと思いながらもお茶を注いであげていると
数人の級友達が教室に戻ってきた。お昼休みも終了間近なのだ。

 「いいんちょう早く食べないとだね。オレ手伝おうか?」 
 「う〜んそうね、じゃあ少し手伝ってくれる?」
 「あーでもいいんちょうのおべんと少ないからなあ・・」
 「いいわよ、じゃこれ食べる?」
 「そうだ!後でオレのオヤツあげるからね。あ〜ん・・」

うっかりした。級友達が戻って来てたのに、私は同じように箸を
さんが・・真波君の口元へ咄嗟にもっていってしまった。それを
パクリとさん・・真波君が口の中へ放り込んだ時、誰かが言った。

 「ちょっと〜・・あんたら”また”そういうことを堂々と!」

一人がそんなことを呟くと、口々に「いつものことだけどね。」
 「いやいや教室ではちょっと控えてもらわないと。」「ウラヤマ」
 「真波また甘やかされてんのか。」「宮原も大概甘いから。」等々が
耳に入ってきたが、言い訳をはさむ余地がなかった。さん・・真波君も
真波君で、聞こえていないかのように「次これもちょうだい」なんて。
私は困って弁当箱ごと彼に「あとあげるから食べて。」と押し付けた。

 「ふわあ・・おなかいっぱいだあ・・もうちょっと寝よ〜・・」
 「さ・・真波君!ダメよ、もうすぐチャイムが鳴るんだから。」
 「いいんちょう・・5分・いや10分か15分だけお願い〜!」
 「時間が増えていくのはおかしいわよ!」
 「おいしかった〜!いいんちょーゴチソウさま・・・zzz・」
 「さんっ・・真波く・・ああもうしょうがないわねっ!」 

瞬時に眠ってしまった彼に溜息を吐きながらも弁当箱を片付けると
彼の眠っている背中の端から次の授業の教科書を探す。鞄には無い。
鞄の中に入っていたのを見た覚えがないから。運良く見つかったので
教科書とノートを眠る脇に置いた。ついでに置いてあった水筒を片す。
そんなこんなを見てまた誰かが呟いた言葉が耳に届いた。

 「まるで母親のよう」だと。
 
 ”甘やかし”とかいうのもおそらくそこから派生したんだろう。
男女のイチャイチャとは異なっていて、それを喜ぶべきかどうなのか。
聞く度に私も反省してみる。こうしようと心に決めてみたこともある。
だけど、どんなに厳しくしようと思ってもさんが・・真波君の態度は
一貫して変わらないし、つい対応してしまう自分の習性もわかってる。

こっちが訊いてみたい。どうすれば甘やかさないでいられるのかを。
例えば離れてみてもさん・・真波君は私をどこからか見つけてくるし、
余計に引っ付いてくる。(経験済み)それに厳しい言葉で注意したって
常に柳に風。言葉を替えても結果はどれも同じことなのだ。

 午後の授業もほとんど寝て過ごした彼はまた課題を増やした。
そしてそれらを私が面倒見てくれることも疑っていない。これだって
先輩に相談してもどうしても私が見てくれないと頭に入らないと主張し
教師含めて言いくるめてしまう。一種の才能かしらと思ったほどだ。
彼の自転車への情熱を支えてあげようと思えばそれくらいと思う反面、
どこまで続ければいいのか。私は彼の母親でも姉でもないというのに。

 放課後、部活行きたさに譲歩して課題をしに戻るのを待っていたら
またもや「甘やかしてる」と言われた。ほっといて欲しくなってきた。
曖昧に笑って帰って行く級友達がいなくなり、ポツンと教室に残された。

 「甘やかしてる、かあ・・」

その通りだと開き直ることもできず、反論もしない私は卑怯だろうか。
私こそが甘えているのか。さんがく・・あの子の好きにさせたくって
我儘と言うのならどっちもどっちなのかもしれない。私とさんがくは。

 「なら私も甘やかされてるのかしら?・・誰に?」

小さく呟いたつもりが誰もいない教室に響いた。恥ずかしくなって
誤魔化すように窓の外へ視線を向けた。空には雲が浮かんでいるだけだ。
朝あんなに騒がしかった鳥は何処に隠れているんだろうとぼんやり思った。



 「タダイマー!いいんちょう、お待たせ〜!」
 「お疲れ様。」
 「うん、今日もいっぱい走ったよー!」
 「良かったわね。顔赤いわ。汗ちゃんと拭きなさい。」
 「ほんと?急いできたから。拭いて?」
 「しょうがないわね・・タオルは?ちょっと屈んで。」
 「は〜い。」
 「!?あんたほんとに汗まみれじゃない。」
 「うん、あっつい。」
 「風邪引いたらどうするのよ、まったく。」
 「引かないけど引いたらいいんちょう看病してね。」
 「あのねえ・・お母様がきちんとしない人みたいで申し訳ないでしょ。」
 「?・・母さんよりいいんちょうのがイイに決まってるし。」
 「ま・またそんな・・私、またあんたの母親みたいって言われたわよ。」
 「え?なんでそんなこと言われるの?ゼンゼンちがうのに。」
 「普通はこういうことも自分でするか身内がするってことじゃない?」
 「ヘンなの。確かにあんまり甘えすぎって先輩にも言われたことある。」
 「変なのは私達かもしれないわ。」
 「そうかなあ・・あ、じゃあさ。」

何か楽しいことを思いついた顔でさんがくはパっと大きな瞳を輝かした。
拭き終わったタオルを畳んで彼の鞄に戻していた私が屈んだ背を戻すと 
何故だかさんがくが私をやんわりとだが抱き寄せているではないか。!?

 「ちょっ・さんっがくっ!?なにやってんのよ!?」
 「え、オレもいいんちょうを甘やかそうと思って。」
 「あ・?はあ!?」 
 「いいんちょうばっかりじゃ不公平だしね。オレも甘やかすよ!」
 「あ・あまやかすって・・だからってなんでこんな」
 「う〜ん?とりあえずヨシヨシってカンジ?あとなにがいい?」
 「なっんでもいいからはなして!」
 「やだ、エンリョしないでなんかワガママ言ってよいいんちょう!」
 「なんもない。ないから、私も甘やかされてるから!」
 「えっ誰に!?ダメだよ、オレが甘やかすんだから!」

なんとかもがいてさんがくの胸板を押し戻すと不安気に覗き込む顔。

 「だれって・・あんたによ。」
 「オレ?オレいつ甘やかしたっけ?」
 「幼馴染ってだけなのに色々・・私にさせてくれるでしょ。」
 「イロイロって?いつもオレがいいんちょうにしてること?」
 「そうよ。甘えてるとか甘やかしてるって言われてること。」
 「そうなの??」
 「そうなんじゃないかしら。だからいいのよ。」
 「ん〜・・でもオレもっといいんちょうをあまやかしたい!」
 「だっ・・だからいいってば。これ以上してくれなくても!」
 「ダメダメ。オレがしたいこと応援してくれるってことでしょ?」
 「えっと、そうね。」
 「だったらオレいいんちょうを甘やかしたい。いっぱい!」
 「・・ちっとも噛み合ってない気がする・・」
 「そんなことないよ。オレといいんちょうはあ、お互いの応援団。」
 「!?う・うん・・」
 「なのでこれからもいいんちょうに甘えるし、いいんちょうはオレ。」
 「オレ?」
 「オレを応援してオレをこれからも甘やかしてください。おっけー?」
 「・・・」
 「あれ?うなずいてよ。いいんちょ・・?」

私はぼんやりしていた訳じゃなく、さんがくの言ったことを考えていて
とてもしっくりと納得できるようなのに、なぜかどこか妙に胸が騒いだ。
さんがくは心配そうに私の両肩を掴んで揺すったりするから思考が散った。

 「いいんちょ〜!しっかり!聞いてる?オレにも甘えてね?」
 「あ、ああそこがわからなかったのだけど、甘えていいの?」
 「うん!あ、”オレ”にだけだよ?でオレは”いいんちょう”にだけ甘えていいんだ。」
 「なんだかそれって特別なカンジがする・・んだけど。」
 「そうだよ。なに言ってんの?いまさら。」
 「いまさらっ!?」
 「オレたちはずっとこんなだし、皆がカンチガイしたって関係ないよ。」
 「母親みたいだとか言われても平気って事?」
 「そうだけど母さんといいんちょうはちがうよね?そこは否定しとく。」
 「あ・そう。違うのね。ふうん・・」
 「あ・いいんちょうウレシそう!!」
 「っ・・そ・そんなこと・・///////」
 「あるよっ!」

 「っひゃああああっ!さんがくっちょっやめ・おろし・て〜〜っ!!?」


息が詰まって苦しかったし、目が回ってフラフラだし、なんでってその
さんがくが私を突然抱き上げて振り回したりしたからなんだけど。なんで!?
わめいていたら喉が枯れてカラカラになった。ぐったりしてたら解放されて
 
 「あれ、いいんちょう真っ赤。熱出た?」
 「・・・うそ・・ないわよ、熱なんか。」
 「でも・・熱いんじゃない!?」
 「・・・モウハナシテ。アンタのせいダカラ!」

おでことおでこがくっついて顔だって今までこんなにくっついたことって
あったかしら、あったようないやいやないわ。たぶん・・でもとにかく、

 「なんか足りないなあ、やっぱもっとしてほしいことない?」
 「な・ないから!できたらもうこれ以上ひっつかないで。」
 「ええ〜・・いいんちょうはもっとワガママになればいいとおもう。」
 「うるさいわよ」
 「ちえ〜!」

 
 気が付くと夕焼けが教室を赤く照らしていて鳥がザワザワと戻っている。
カアと鳴くのは烏でキルルと啼くのはムクドリ。根城に帰るんだろう。
さんがくも窓の外を眺めながら「オレ達もそろそろ帰ろっか。」と言った。
そうねと相槌を打った。私はようやっと落ち着きを取り戻せそうだった。

 「そうだ、手つないで帰ろ。」
 「なっなんでよ!いやよ、恥ずかしい。」
 「いいじゃん。昔よく繋いだじゃない。」
 「いつの話よ。」
 「オレつないでくれないと明日遅刻するかも。」
 「いつだって遅刻してる人の話なんてきかない。」
 「しまった。え〜と・・・じゃあねえ、うーん・」
 「私がうんて言うまで考えるつもり?」
 「さすがいいんちょう。オレのことわかってるね。」
 「ふ・フンだ。お世辞言ったってダメなんだから。」
 「つなごうったらつなごうよ。」
 「わっわがまま言わないのっ!」
 「いいんだもん。いいんでしょ?」
 「いっ・・い・・い・・うー・・」
 「ほんといいんちょうって素直じゃないなあ。」
 「うっうるさい!」

 「はい、そうそう。それでいいの!」

くやしくって恥ずかしくてきっと顔だって赤いけど夕焼けのせいにして
伸ばされた手に伸ばした手を繋いでしまった。握りしめなくてもいいのに
ぎゅっと力をこめたさんがくを横目で睨んだ。嬉しそうな顔しかなかった。
だから私はあきらめて。甘やかしてあげることにして二人一緒に帰った。