鬼の嫁入り・その七
〜昔話風殺りん〜



りんを抱き寄せる坊様はついと被っていた笠を上げ顔を見せました。
そこにはまだ年若く見目良い風貌がありました。
「初めまして、殺生丸。」と名を呼び、食いつかんばかりの男に錫杖を向けました。
殺生丸は身動きできなくなり、その場に膝をついてしまいました。
「穏かに話し合いましょう。」乱暴な振るまいをしながら言いました。
「・・・りんをどうするのだ・・・」殺生丸はその坊様をきつく睨みつけました。
「お前の悪いところですね、落ち着きなさい。」
坊様は弥勒と名乗り、りんの上役で今回の仕事の責任者だと言いました。
「りんをお前のところへ遣わしたのは嫁にやるためではありません。」
「神の勝手を押し付けたのだ。」殺生丸は畏れもせず言い捨てました。
苦笑を浮かべながら神は続けました。「お前には己の心を開かせるため、」
「りんには初仕事でしたから人というものを理解させるためです。」
「村の者達には新たなことを受け入れることを解らせるため。」
「・・・」殺生丸は神を睨みつけたまま聞いていました。
「殺生丸、りんをとどめたいのは何故です。」いきなりの問い掛けでした。
「鬼は人を懲らしめ、罰を与えるための使者。慰む者ではありません。」
「つまりお前を戒めるために遣わしたのですよ。」たたみ掛けるように神は問いました。
「神とはたいそうなご身分なのだな。」殺生丸は蔑むように言いました。
「敬えとは申しませんが、質問の答えになっていませんよ。」神は厳しい口調でした。
「りんは鬼ではない。・・・私にとっては。」殺生丸は答え始めました。
「私に自然に接し、ありのままを受け入れてくれた。」
「迷い子のように危ういくせに、とても・・・強い。」
「何故と問われてもわからぬ。ただ傍に居て欲しい。」淡々と殺生丸は語りました。
神はその言葉に耳を傾け、黙ってその様子を見ていました。
「真面目に愛し始めているようですが、困りましたね。」神は腕組して考え始めました。
「罰も与えぬままここへ置くわけにもいかぬのですよ。」と神は答えました。
「貴様達はいったい何のためにいるのだ。」今度は殺生丸が質問をしました。
「難しい問いですね。共存のため、でしょうかね。」
「どういうことだ。」殺生丸はさらに訊き続けました。
「我々は特殊な能力を持つゆえ人は畏れます。」
「僅かずつ干渉し、人の世に溶け込もうとしているのです。」
「いつか人に紛れ神という存在は消えるでしょう。」
「しかしそうなるまでに我々は人が過った道へ行かぬよう見張っているとも言えます。」
「それで神と人との間に子を作った。それが鬼か?」殺生丸が口を挟みました。
「その鬼をこの世に降ろし、共存の道を探っているというわけだ。」
殺生丸の出した結論に神はにやりと微笑むと、「お前は」
「意外と頭が良いようですね。」と肯定するかのように微笑みました。
「りんが子を作れるとやたら主張するのが不思議だった。」殺生丸は確信していました。
「一つ取引をしませんか。」神が物騒なことを言い出しました。
「このことを喋るな、か?」殺生丸は解りきったように言いました。
「そう実のところ、福というのは居りません。鬼を遣わすだけです。」神は告げました。
「災い転じて福となす、と言うでしょう。」
「鬼を悪とするが福とするかは人がどう受け止めるかの違いに過ぎませんからね。」
神の話に疑問であったことは解けていきましたが、殺生丸は苛々と遮りました。
「神の思惑などはもうどうでもいい。」「それより、りんは・・・」
そのとき固まっていたりんの身体からぴりぴりと電気が走り、ばちんと音を立てました。
「ぷはあ!ひどい、弥勒様っ」りんが動きを取り戻して叫びました。
「りん」殺生丸が呼ぶと「はい!」と元気に答え、殺生丸は安堵しました。
りんは雷を自身の内に起こして自力で術を解いたのです。
「弥勒様、殺生丸さまを放してください!」と神に懇願しました。
「お前、仕事はどうしました?」言われてぐっと詰まりましたが、
「ちゃんとしてます。殺生丸さまはずっと見張ってないと駄目なんです!」
大声でそう叫ばれ、殺生丸も神も目を丸くしました。
「だから、りんは嫁になってずっと殺生丸さまを見張ってます!」
「悪いことをしたときだけ懲らしめるというわけか?」と神は尋ねました。
「そうです!」りんは胸張って言いました。
殺生丸はまだ目を丸くしたままりんを見詰めていて、神はくっと顔を歪めたかと思うと
「はっはっはっ・・・!」と大口を開けて笑い出しました。
鬼のりんは眉を顰め、「なんで笑うんですか?」と漏らしました。
「りん、変なこと言いましたか・・・?」ちょっと恥ずかしそうに小声で呟き、
「殺生丸さま、いいですよね?!」と助けを求めました。
「ああ。」と肯定してもらえ、りんはほっとした様子になりました。
神は殺生丸の身体を解放してやり、「やれやれ、りんには負けました。」と呟きました。
自由になった殺生丸はりんの元へ向かい、りんもまた駆け寄りました。
嬉しそうな鬼と男に向って神は言いました。
「りん、引き続きりんは殺生丸を見張りなさい。」「そして殺生丸、」
「鬼のりんを嫁に取る覚悟はあるのですね?」と問いました。
「ある。」短いですが答えははっきりとしていました。
「殺生丸とりんの想いに免じて、私はこのまま帰りましょう。」
「弥勒様、じゃあ・・・」りんは嬉しそうに手を合わせて祈るような格好をしました。
「殺生丸がこの村の皆と上手く付き合えように手伝いをしなさい。それも仕事です。」
「そして悪い行いをしないようにしっかりと見張るのですよ。」と言って微笑みました。
「はい!」屈託なく返事をして、りんもまたにっこりと微笑み返しました。
「私はずっとお前たちを見守っています。」そう言ったとたん、神は姿をすっと消してしまいました。
「良かったねえ、殺生丸さま!」りんが振り返ってそう言うと
殺生丸は「嫁に貰わぬわけにいかなくなったな。」と言いました。
「?嫁にするって言ったでしょ?!」りんが真意を掴めず首を捻りました。
「ああ。・・・角隠しが要るな。」意味がわからずりんはきょとんとしています。
「いっぱい子供作ろうね。」りんが思い出したようにそういい出し、
「それはまだ早い気がするが・・・」と幼い鬼を見詰めて言いました。
「もう!りんは大人だよう〜、殺生丸さまって子供つくるの嫌いなのー?」
とんでもないことをいいながらりんは駄々っ子のように角を立てて怒っています。
「まあ、急ぐな。そのうちだ。」殺生丸は子をなだめる父といった風情、
こんなので無事夫婦になれるのかどうか。神様も無責任なことです。
村は梅の香が漂う早春。寒い冬から暖かな春へと確かな予感が芽吹いていました。



昔、或る所に殺生丸という男がいました。
男は冷酷で鬼の嫁を貰えばよいと噂されていました。
節分の頃、鬼が男のところへやって来て住み着き、
男は本当は冷酷でないと周囲に知られてゆきました。
やがて男はほんとうに鬼の嫁を貰うことになりました。
ですが村ではもう誰も男を悪く言う者はなく、
可愛い嫁のおかげで村まで幸せになったと
二人を心から祝福したということです。


              お終い