鬼の嫁入り・その六
〜昔話風殺りん〜



「りんも、殺生丸さまと一緒に居たい。」そう答えたものの鬼はとても困った顔をしました。
「でも、りんは鬼だし。悪い鬼だよ・・・?」
「悪いことなぞ何時した。」男は腕を揺るめ鬼に尋ねました。
「えと、その・・・嘘をついたの・・」りんは目を伏せ、怒られる覚悟で告白しました。
「嘘だと?」
「はい。琥珀って子に・・・殺生丸さまがしてる事話しちゃいました。」
「・・・」
男が何も言わないので鬼はますます不安になり、顔を蒼くしながら
「ごめんなさい!殺生丸さまが誤解されてるのが嫌だったの。」と謝りました。
「・・・もうよい」
「?! いいの?」
「いずれは知られただろう。」
「よかった。あのね、琥珀はわかってくれたの。」りんは嬉しそうに言いました。
「あまり人の言う事を鵜呑みにするな。」男は眉を顰めながら言いました。
「でももしかしたら村の人たちも判ってくれるかもしれないよ。」
「判らずともよい。」その答えは解っていた事でしたが鬼は寂しく思いました。
「どうして?仲良くなれたら嬉しいのに。」また顔を曇らせましたが
「お前に解れとは言わぬが私はこのままでよいのだ。」と男は優しく言うのです。
「そう・・・ごめんなさい。」鬼の瞳はゆらゆらと揺らぎ
「でもそれだけじゃないよ、りんは殺生丸さまに嫌われたくなかったんだ。」
「りん」
「だから嘘ついたの。こんな悪い鬼、神様が怒って連れ戻すかもしれない・・・」
「りん、殺生丸さまと一緒にいたいよう。」今度はりんの方から殺生丸に縋ってきました。
「嘘をつこうが悪い鬼だろうが構わん。ここに居ろ。」男はりんにもう一度請いました。
「・・・うん」鬼は嬉しそうに頷き、泣いていた顔を上げてにこりと笑いかけました。
「あ、そうだ。殺生丸さま、いいなずけって何?」突然の問いで返答に詰まると、
「あのね、りんがどうしてここに来たのか訊かれたから嫁だと言ったの。」
「でもそれは子供だからおかしいんだって。りん、子供じゃないけど。」
「それで許婚と言ったのか。」男は呆れて苦笑を浮かべました。
「琥珀が言ったの。でもほんとは嫁もよく知らないの・・・」不安そうに尋ねます。
「嫁は夫となる男の元へ行く女のこと・・・」男の方も鬼が理解できるのか不安でした。
「許婚は夫婦になると約束をした者のことだ。」教えてやると鬼は眉根を寄せながら、
「夫婦っておっとうとおっかあのことかなあ?」
「そうだ。」肯定されると鬼は慌て出しました。
「知らなかったー。どうしよう、殺生丸さま。また嘘ついちゃった。」
「嫁になれば良い。嘘にならない。」
「いいの?!うん、なる。」
「嫁に貰うと言ったら神はここに居ることを許すか?」
「わかんないけど・・・殺生丸さま、嫁って何するの?」
その質問にはどう答えて良いか男は悩みました。
「夫の助けをするといったところか。」しかしりんは納得できずに
「それなら今だってお手伝いしてるよ。」と訴えました。
「・・・おいおい教えてやる。」男は詳しく説明しませんでした。
鬼は難しいことするのかなと少々不安を覚えつつも素直に「はい。」と答えました。
ですがすぐに「いつ嫁になれる?」と鬼は期待たっぷりに尋ねます。
「お前にはまだ早い。」男は軽く溜息をつきました。
「どうして?子供だから変みたいに琥珀も言ってた。りん、子供産めるよ。」
「・・・そうなのか。」男は複雑な表情をしました。
「うん、そう教わったよ。一人前になったからって。」どう見ても幼い鬼が言います。
「たった一年で大人になるのか?」男は訊いてみました。
「人は大人になるのにどれくらいかかるの?」
「早いとは言えぬな。」質問を返されてみると男は困りました。
「殺生丸さまは?大人?」鬼は真面目に問いかけ続けます。
「・・・」「子を作れる程度には・・・」答えに窮してぼそりと呟くと
「作り方知ってるの?よかったー。」気楽な言葉が返って来ました。
男は脱力感で眩暈すらしそうでしたがなんとか堪えました。
「それより」「神は連れ戻しに来るのか?」
「え?・・・うん。お仕事どうなったか人の姿をして来るかもしれない。」
男はとにかく目を離せないと思い鬼に言い聞かせるように
「傍に居ろ、一人でうろうろするな。」と言いました。
「はい。」鬼は元気に返事をすると男に約束すると言うのでした。
りんを手放したくないと思う男の気持ちに偽りはありませんでした。
鬼のりんもまた男のことを慕い初めて神様に逆らうことまで考えたのです。
そんな二人のことを神は知らぬままで済ます訳はありませんでした。


その日から二日ほど経った或る日、村の代表という男が訪ねて来ました。
殺生丸は追い返そうとしましたが、りんが取り成して話だけは聴くことになりました。
男は村で長をして皆の意見をまとめる役をしていると言いました。
見る限りは好々爺といった姿で話かたも穏かでした。
殺生丸が土地を改造していることを確かめると礼を述べました。
「お前達のためにしていることではない。」殺生丸は無表情でそう言いました。
「ですが同じこと。父上もそうして我々のためによくしてくださいました。」
男の言葉に少し返答に詰まった殺生丸に対して村長である男は続けて
「村の中にはまだわだかまりを持つ者は居ります。」
「しかし話を聞いて役立ちたいと申し出る者も中には居るのです。」
「その者達を手伝わせてやってくださらんか。」と頭を下げて頼みました。
傍で聞いていたりんが喜び、「手伝ってもらおうよ。」と後押しし、殺生丸は渋々頷きました。
最後に今までの非礼を詫びて村長は帰って行きました。
去り際に「孫からあなたによろしくと頼まれました。」と琥珀のことを告げられたりんは
「琥珀が皆にお話してくれたの?!」とたいそう喜び、感謝を伝えてもらうことを約束しました。

殺生丸は面白くない顔をしていたものの、りんの喜びように文句も言えませんでした。。
「りんね、お結びこしらえて皆に食べてもらうね。」とまで言い出す張り切りようでした。
「村人の前では気を許すな。」「お前が鬼とは誰も知らぬのだ。」
殺生丸は釘をさしましたがりんにどこまで通じるかは疑問でした。
「りん」
はしゃぐりんに殺生丸が何か言おうとしたとき、玄関にまた訪問客がありました。
近づいてきた気配がしなかったので殺生丸は怪しげな感を抱きました。
「来客の多い日だな・・・」呟く声が警戒で低く冷たくなっていました。
しかし突然現れたのは托鉢の坊様で、柔らかな笑みを口元に浮かべていました。
その手の持つ錫杖がシャランと何もせずに鳴ったような音がしました。
すると鬼のりんはぴたりと動きを止め、目を開けたまま人形のように固まってしまいました。
「りん!」殺生丸がりんに駆け寄ろうとしたそのとき、
いつの間にか坊様が固まったりんの傍らに移動してその肩を抱くように支えていたのです。
「これは私の鬼でしてね・・・。」
坊様の言葉に殺生丸は戦慄を覚えました。
「貴様が・・・神とやらか」
殺生丸の搾り出すような問いに坊様姿の男はまたにこやかな微笑みを返すのでした。


              続く