鬼の嫁入り・その五
〜昔話風殺りん〜



鬼のりんと殺生丸が共に暮らすようになって早数日が経ちました。
りんは殺生丸が悪いどころかとても優しい人だと思うようになっていました。
死んだ父親が気にかけていた村の整備や安全のため毎日働きに出かけ、
りんに美味しい食事を作り、りんのおしゃべりを黙って聞いてくれました。
ただとても人を嫌っていて、それが彼の見た目にも起因していると解かりました。
彼はここの土地では珍しい異国の人の姿をしていて村人に怖れられているようです。
りんには綺麗な銀の髪も不思議な深い琥珀の瞳も整った顔立ちもその仕草さえ
何一つ怖れることなどないように思えました。
口数は少なめで表情は変わらないようでしたが、りんはその瞳が優しくなったり
微かに内面を表していることにも気がついていました。
けれど殺生丸が言うように人が違う姿を怖れるということも理解できました。
神様から教わっていたからです。しかしそうは思ってもどうすればいいのかは解かりませんでした。


ある日酷い雨が降り、仕事に出られない日がありました。
殺生丸は何も言わずに外をじっと眺めていました。
りんは作業途中の場所が心配なんだなと思い当たりました。
「殺生丸さま。りん、行って様子を見てきます。」
「こんな天気に外へ出るな。」
きつい口調でしたがりんを心配しているのだと思い、少し微笑むと
「りんは平気。見てきてあげます。」と言って頭巾を被って外へ飛び出して行きました。
水路や周囲を見て回り、りんが大丈夫そうだとほっと安心して帰ろうとしたとき
驚いたようにりんの方を見て立ちすくんでいる一人の男を見つけました。
「そこで何をしている?」雨のために付けている蓑のせいで顔がよく見えませんでしたが
声から察するに年若い少年のようでした。
りんは仕方なしにかぶっていた頭巾で少し顔を隠すようにしながら
「ここの様子を見ていただけです。」と答えました。
「お前、ここの者じゃないな。いったいどこの誰だ?」少年は少し怯えているようでした。
「りんは殺生丸さまのところでお世話になっている者です。」と答えました。
「殺生丸?!」「あいつと暮らしているだって!?」随分驚いたようでした。
「どうしてそんなに驚くの?」りんは少し悲しくなりました。
「あいつは人でなしで鬼のような奴だって大人は皆言ってる。」少年が残酷なことを告げました。
「そ、そんなの嘘です!とっても優しい人なのに。」りんは反論しました。
「あいつが優しい?」少年はまた驚いていました。
「りんはとても親切にしてもらってるし、この村を良くしようと毎日頑張ってるの。」
俄かには信じられないようでしたが少年はりんが真剣に弁護するのを聞いてくれました。
「殺生丸さまは死んだおっとうの為に村を住みやすくしようとしているの。」
「地主さまの?」少年はいつの間にかりんに近づき話に興味を持ったようでした。
「ここのところ水路が作られたり、あちこち整備したような跡があるって噂になってるんだ。」
「それを殺生丸がしてたって言うんだな。」少年はりんに確かめるように問いました。
「はい。そうです。」りんは頷き、認めてもらえて嬉しくなりました。
「で、お前はなんであいつの所に?」訊かれてりんは思いだしました。
殺生丸に誰にもこのことを言うなと言われていたのです。
「あの、私・・・殺生丸さまの・・・えと、嫁・・・?です。」りんはしどろもどろでした。
実はりんは勉強不足で色々と知らないことも多かったのです。
とっさに「嫁」と言いましたがそれがどんな職業だったかなと頭をひねりました。
「嫁?!ってまだ子供じゃないか!」少年も真偽を疑いました。
「えーと、その、もう少ししたらなるんです。」りんはとってつけたようないいわけをしました。
「許婚なのか?!」少年は少し納得しかけたようでりんはほっとしました。
「あの、村の人に言わないでください。りん、怒られちゃう。」りんは嘆願しました。
「怒られるって何を」
「誰にもしていることを知られたくないんですって。」りんは正直に言いました。
「まあ、誰も信じないかもな。」少年は理解を示してくれました。
「お前、りんと言ったか?!俺は琥珀。」少年は初めの怯えも消えりんに微笑みかけてくれました。
「琥珀?!はい、りんです。」りんが微笑むと少年は心なしか照れたようでした。
「りん!」聞き覚えのある声がりんを呼び、驚いて振り向くと殺生丸でした。
「あ、殺生丸さま!」りんは嬉しそうにその姿に呼びかけたので少年は先ほどの話を思い出し、
「りんには優しいんだな。」とつぶやきました。
「じゃあ琥珀、またね。お願いね!」りんは少年に手を振り殺生丸の元へ駆けつけました。
「偶然そこで遇ったの。」りんは殺生丸が迎えに来てくれたのが嬉しくて微笑みました。
しかし黙ったまま少し怒気を感じる声で「帰るぞ。」とだけ言うと背を向けられました。
「はい。」と答えついて行きながらりんは言って良かったかもしれないと思っていました。
さっきの少年がわかってくれたようにもしかしたら村人もわかってくれるかもしれない。
そう思うと嬉しい気持ちが湧き起こりました。”だってりん・・・”
”殺生丸さまが嫌われるの嫌だもの。”そう思うのでした。
帰ると湯を用意していた殺生丸に「入れ」と言われて温まると
「やっぱり殺生丸さまは優しいね。」と微笑んでお礼を言いました。
「・・・」殺生丸は恐い顔で「優しくなどない。」
「お前はもう村へ行くな。」と言われてりんはびっくりしました。
「どうしたの?」訳がわからずりんはそう聞くしかありません。
「それが嫌なら、さっさと罰でも食らわせて帰れ!」
突然そう言われてりんは目に涙を浮かべ、「ひっく、だって・・・」
「悪い人じゃないのに・・・できません・・・」
鬼のりんがぼろぼろと泣いたり自分を庇うようにしたりするのを見て
殺生丸はこの鬼の少女に自分の元を去るように言っておきながら、
このまま去って欲しくないと思う自分に気付きました。
「・・・そう思うなら」突然りんの腕を掴んで抱き寄せると
「ずっとここにいろ」小さな声で呟きました。
りんはどうしてかどきどきして身体中が熱くなるのを感じました。
「・・・ずっと?」やっとの思いで口を開くと
「ずっとだ。」殺生丸は真剣な顔をしていてりんも真面目に頷くと
「りん、殺生丸さまのところに居たい」と思わず答えていました。


               続く