鬼の嫁入り・その四
〜昔話風殺りん〜



「おはようございます!」鬼のりんは元気よく挨拶しました。
男は朝餉の支度中で昨日と打って変わって元気な鬼の態度に少々驚きました。
「汁椀を持って来い」出来あがった味噌汁の鍋の傍から声をかけられ鬼は従いました。
「うわあ、これおいしそう〜!」鬼はきらきらと目を輝かせました。
「・・・」男は黙ったままりんの差し出す椀に汁を注いでやりました。
「あの、殺生丸さま?」突然「さま」と呼称され男の動作が止まります。
驚いているのだと気がついて、「あの、やっぱり呼び捨ては慣れなくて。」
「神様達は皆、「さま」って呼んでたの。だからそう呼んで良いですか?」
「周りには神とやらしかいなかったのか?」
「鬼を育てる神様と、お勉強を見てくれる神様と、お仕事を教えてくれる神様と・・・」
「わかった。もういい」
話を遮られても別段怒りもせず、「いただきまーす。」と元気に箸をとって食べ始めました。
「よく眠れたか。」
「はいっ」
「そうか」
男はりんが美味しそうに食べるのを眺めて僅かに目を細めました。
はたと思いだしてりんは意を決し、男に告げました。
「りんをしばらくの間ここに置いてください。」
「罰はどうした。」
「悪くない人に当てられません。傍に居て確かめます。」
「早く帰りたくないのか。」
「りんはもう子供じゃないです。お仕事しないと帰れません。」
男は無表情で何を考えているのかりんにはわかりませんでした。
「・・・好きにしろ。」そう答えが帰ってほっとしました。
半ば諦めたような返事でしたがりんは嬉しそうににっこりと笑いました。
「鬼とは皆お前のようなのか?」
「?りん、他の鬼はよく知りません。」
意外な答えでした。男が尋ねる前にりんが言いました。
「鬼は神様が作るの。他の鬼もいるけどあんまり会うことないし。」
「人と身体の作りは似てるんですって。ご飯も食べるし、子供も産むんですよー!」
「子を・・・?!」子連れの鬼なぞ聞いたことがありません。
「でもりん、作り方は知らないです。りんは神様と人とで作られたんですって。」
「・・・母親はどうした?」
「りんは覚えてないの。おっとうも知らないの。」
「鬼は生まれてすぐ育ての神様に預けられるんだよ。」
神や鬼たちの事情は複雑なようでりんの説明では計り知れませんでした。
ただ人と違うのは人にない能力が備わっていて寿命が長いということでした。
この世間知らずで幼い鬼がどうしてここへやって来たのか男には解りません。
しかし何かしらこの鬼が憎めないのは邪気が無いせいと
どこまでも澄んだ瞳が人懐こく微笑みかけるせいかもしれませんでした。
男は人でありながら人が苦手でしたがこの鬼には何か心休まるものを感じるのでした。


男が身支度をして出かけようとしているのでりんは何処へ行くのかと尋ねました。
「仕事だ」
「畑?りんも手伝います。」
「邪魔だ。待っていろ。」
きつく睨まれてもりんはめげず、「だって見張っていないと。」と食い下がりました。
さっさと出かける男の後をりんはおたおたと付いて行きました。
付いたのは大きな泉のほとりで作りかけの水路らしきものが目に止まりました。
「これ、殺生丸さまが作ってるの?」りんは尋ねました。
「ああ」
「一人で? どうして村の人に手伝ってもらわないの?」りんが不思議がると
「これは父の意向だ。つまり今は私の仕事だ。」と答えました。
「でも村のために考えたんでしょう?!」
「田畑と防火のためだ。」
「なら皆に声をかけて・・・」りんが言いかけると
「面倒はご免だ。」と怒ったように言いました。
りんは殺生丸が村人から嫌われていると神様が言っていたのを思い出しました。
「ふう。じゃあ、りんが手伝います。いいですか、殺生丸さま。」
男は黙っていましたがりんが雷を使ってあっという間に作業を進めるのを見て結局手を借りることにしました。
「大分助かったでしょう?!」りんはとても得意げで嬉しそうです。
「ああ」嬉しくないのか解らない答えでしたがりんはなんとなく喜んでくれたような気がしました。
「りん」
「は、はい?」りんは名を初めて呼ばれてびっくりしながら返事しました。
「村のやつらにはこのことを言うな。」「それと」
「私以外の者にその角や雷を見せるな。」
「どうして?」
「人は知らぬものを怖れるのだ。」
「私の銀の髪もお前の角や雷も、自ら持たぬものを理解しない。」
りんはそれを聞きながら神様みたいなことを言うんだなあと思いました。
「はい。でも、工事を続けたら皆には知られちゃうんじゃ・・」
「人目のつく場所は夜にする。」
りんは徹底した人嫌いに多少感心しながらもなんだか哀しくなりました。
「・・・はい。でも嫌われたままでいいの?」
「構わぬ。」そして帰るぞと告げられりんはその背中を見詰めながら思いました。
「殺生丸さまは悪い人じゃない。・・・寂しい人だけど。」
「なんで神様はりんをここへ来させたんだろう・・・」
綺麗な銀の髪が目の前で揺れるようにりんの心もゆらゆらと揺れるのでした。


              続く