鬼の嫁入り・その三
〜昔話風殺りん〜



広い屋敷にはひと気がありませんでした。
鬼のりんは男の後を着いて行きながら不安気でした。
「あの、あなたの他は誰もいないんですか?」とうとう訊いてみました。
「屋敷の者は皆暇を出した。」
「どうして?」不思議そうにするりんに男はひとつ溜息をつき、
「皆父に仕えていた者だ。私には必要ない」と言いました。
「でも寂しいでしょう?たったひとりじゃ」りんが同情の目を向けると
男は「私はひとりが気楽なのだ」と答えると苦笑を漏らしました。
鬼に哀れまれるとは可笑しなことだと思ったのです。
「ふうん。じゃあご飯はあなたがこしらえるの?」
「まあな」
感心する鬼に向って「鬼は何を食うのだ」と訊きました。
「人と同じです。」鬼はにっこり笑って答えました。
無邪気な笑顔は幼いとも言えて男はふと疑問を口にしました。
「お前は何処から来た?幾つだ」まるで迷子の子に尋ねるようです。
「神様の住むところです。人には見えないの。りんは生まれて1年」
「一才?」男は眉を顰めて聞き返してきたのですが
なんだか疑われたようでむっとしながら鬼は言いました。
「ほんとです。鬼は生まれて1年で一人前のお仕事覚えるのよ!」
「初仕事というわけか。人を懲らしめるのは。」
「そうですよ!」むきになっているようです。
「どんなことをする。」
「えっと、それは鬼それぞれに得意技があって・・・」
言いよどんでからきっぱりとした表情でこう言いました。
「りんは雷が起こせます!」得意げに胸を張っています。
「・・・家のなかでもか。」
「小さいのも起こせますよ!」手をかざしぴりりと稲妻のような光りを出し、
ぴしゃりと床に落とすと床が少し焦げていました。
「ああっ、ご、ごめんなさい!床が・・・」
慌てる鬼のりんは床に屈んで手で煤を払おうとしました。
「別にそれくらいかまわぬ」男はあまり驚いた様子はなかったのですが、
やはり鬼というのはほんとうらしいと事態を認めざるを得ませんでした。
やがて厨につくとりんに野菜の皮むきをさせたりしながら夕食の準備をしました。
意外にも好い匂いが漂ってきてりんはまた腹の虫を鳴らせて赤くなりました。
「おいしーい!」鬼は男の料理に喜び当初の目的も忘れて沢山食べました。
「ごちそうさまでした。」満足そうな鬼を見て男も少し満足そうに見えました。
食事の後片付けを手伝う鬼に男は「それで・・・」
「罰とやらをいつ下すのだ」と尋ねられ、りんはやっと仕事を思い出しました。
「そうでした!あなたを懲らしめないと。」そう言ってから顔を曇らせました。
「でも親切にしてもらったし・・・どうしたらいいんでしょう。」
「好きにすればいい」男は自分を弁解しようとはしませんでした。
「罰をあててもいいんですか?」鬼は意外そうに男を見詰めて言いました。
「ああ」
「・・・ほんとに悪いことしたんですか?」
りんは途惑い、眉を八の字に下げ、疑いの目を向けました。
「良い行いをした覚えはない」淡々と男は答えました。
「でも、ちっとも悪い人だと思えません。これじゃあ罰があてられないです・・・」
「ならどうする」
「あなたに罰を与えないとりんは帰れない・・・」
途方に暮れた迷子のような鬼を男がどう思ったのか定かではありません。
ただしばらくしゅんとうな垂れた鬼を見詰めて言いました。
「今日はもう寝ろ。好きな部屋を使って良い」
顔を上げて鬼もまた男をじっと見詰め返しました。
「神様が間違うはずないのに・・・どうして優しいの?」
りんは心底不思議そうに呟きました。見詰める瞳は綺麗で嘘はありません。
「優しくなどない」「罰なら好きにして帰れ」
男は視線を外しそう言うと出て行ってしまいました。
残された鬼は「悪い人かどうか確かめなきゃ。そして」
「それまではここに置いてもらおうっと。」そう決心したのでした。


               続く