鬼の嫁入り・その二
〜昔話風殺りん〜



鬼のりんは生まれて初めて下界へ降りました。
男の住む村は森に囲まれていていきなり迷ってしまいました。
”どうしよう・・・”情けない表情で彷徨っていると
少し木々の途切れた場所に人が一人佇んでいました。
りんが助けを求めようと近づくと、そこにいたのは
銀の髪をした若者でどうやら墓に参っていたのです。
「あ、あの。すみません!」りんは戸惑いつつも声をかけてみました。
振り向いた顔は無表情ではありましたが美しく憂いを帯びていて
りんははっと息を止め見惚れてしまいました。
”綺麗だな・・・観音様に似てる・・・”そんなことを考えました。
「なんだ」その声にりんは驚きました。
「男の人なの?!」大きな目を零しそうに見開き尋ねてしまいました。
少しその優美な眉を顰めりんの言葉に不愉快そうな様子でした。
「あ、ごめんなさい! えっと、その・・・」
「村へはどっちへ行けばいんですか?迷ってしまったんです。」
りんが困った顔で助けを求めるのを男は顔色ひとつ変えずに聞いていました。
「・・・ついて来い」男はさっさと歩き始め、りんは慌てて従いました。
りんに背を向けたまま「村に何の用だ」と訊かれました。
「殺生丸という人を訪ねてきたんです。」そう言ったとたん
男は立ち止まり、りんは高い背のまん中にぶち当たりました。
「そいつに何の用だ」男が振り返ったのでりんはまたはっとしました。
「ええと、その・・・それは言えないんです。」
申し訳なさそうにそう答えるりんでした。
男がじっと見詰めてくるのでりんはなんだかどきどきしました。
しかし男は何も言わずにまた向こうを向いて歩き出しました。
しばらくすると森を抜け広い屋敷が目に入ってきました。
「わあ、立派なお屋敷・・・」鬼が感心していると
男はさっさと門をくぐり抜け、中へ入いろうとしました。
「あ、待って。殺生丸っていう人のところは・・・?!」
「ここだ」振り向きもせずそう言って玄関の扉の前で立ち止まりました。
「え?じゃあ、殺生丸って・・・」
ゆっくりと男は振り返り、鬼のりんを見詰めて言いました。
「わたしだ」
りんが驚いて黙って見詰め返してくることに男は内心驚きました。
見かけない少女で、よく見ると頭に角を生やしてるのにも気づきました。
そしてその大きくて黒い瞳は深く澄んでいて彼を怖れず見詰め返すのです。
彼が見詰めて怯まず見詰め返せるのは死んだ父だけだったのです。
「おまえは・・・何者だ」男は口を開きました。
我に帰ったりんは「り、りんです。」と名を口走り、
「あなたを懲らしめるために来た鬼です!」と答えました。
その答えをどう受け止めたらいいのか男は逡巡しているようでした。
「神様のお使いで来たんです。いいですか、心を入れ替えるのです!」
鬼の少女は真剣でふざけているようには見えませんでした。
辺りはもう日暮れで風も冷たくなってきました。
ぷるっとりんは身震いしました。寒い風が吹き抜けたからです。
りんがなにか話を続けようと口を開きかけたとき、
ぐぐうううっと大きな腹の虫が鳴り、鬼が顔を真っ赤にしました。
「腹がへってるのか」男は鬼に尋ねました。
りんは上目で恥ずかしそうに男を見上げ、そのあとこくんと頷きました。
「・・・上がれ。」男は鬼を招き入れる仕草をして、りんはまた目を丸めました。
「腹がへっては懲らしめられぬだろう」
そう言われてりんはちょっと考えた後「じゃあ、お邪魔します」と答えました。
鬼のりんを伴い男は屋敷の中へ入っていきました。
屋敷には人気無く、りんは安心したもののたちまち不安になりました。


               続く