薄紅い



宵の頃、妖の気は細められ
あるひとつの匂いを捕える。
それは妖を確実に引き寄せ
妖の五感を刺激し、興奮を呼び覚ます。
妖の内に侵食しながらその全てを支配する。
やがて夜の帳が降りる頃、妖の気は波打ち
そのひとつの匂いの元へ収束される。
気は高まり、迷うことなくその場へと飛ぶ。
どんなに闇が濃くともそれは
穏やかな光りを放ち導く。
花のような色と艶、香りと手触りの在りか。
透明でいて薄く紅いに光っている。
手折ると砕け散り、霧と消えようかと思えど
触れた瞬間に妖を包み込み、繭のごとく包む。
柔らかで繊細、なのに意外な強さ。
魅せられ、されるがまま捕えられてゆく。
気付くとそこは凪いだ海のごとき静寂。
ただぼんやりと紅いが浮かぶのみ。
生涯忘れることなき光。
からだの奥深く咲き、我とともに在り続ける。
我が骸に成り果ててもそこに咲く。
薄く紅いに染めて。



「どうしたの」微かな声が部屋に響いた。
「・・・」
「殺生丸さま・・・?」
「少し眠ったのかもしれぬ・・・」
「夢を見たの?」
「いや・・・」
「・・・そう」
「お前に酔った。」
「りんに?」
「私を酔わせる者など他にはおらぬ。」
「りんは殺生丸さまのお酒なの?」
「飲み干せぬ酒だな。」
「だっていつも傍に居たいの。だから?」
「・・・」
「でも酔っているのはりんじゃないの?」
「・・・」
「もっと酔わせて?」
「私もな。」
ふたりは尽きない想いという酒に浸り
匂いを交え、吐息を重ねた。
染め上げられた身と心は消えることなく
同じ色へと変わり、内から涌きて流るる。

「・・・せっしょう・・ま・・る・・さ・・ま・・・」
「・・・りん・・・」
お互いの名を呼べば、その言の葉も染まる。
それらは皆花となり、辺りに散りばめられる。
幾つも零して揺れるふたりを華やかに彩る。
「・・・が、見える・・・」
「何がだ」
「・・・海が見えた気がしたの・・・」
「・・・そこは光り輝いていたか?」
「殺生丸さまも・・・見えたの・・?」
「そこなら知っている・・」
「りんも・・知りたい・・・」
「おまえと私しか知らぬところだ」
「・・・うん・・・」
ふたりが探したずねるところは
誰も知らない薄紅いに光る花の海。
ふたりのなかの花の匂いに溢るるところ。
花はいつか散っても、妖が屍と化しても
この光り咲く花の薄いくれないは消えない。