ウレシイこと



どんなに愛されているかということは、後になって気付くことなのかもしれない。
どれほど大切に扱われていたかということを知るのはいつも時が経った後だから。
覚えていよう、そして返していこう。私がどれほど幸せなのかを伝えたい。


昔、殺生丸さまと邪見さまと阿吽と旅をしていた頃、私は怖いもの知らずだった。
思ったことはすぐに口にした。それで邪見さまに怒られるのなんてしょっちゅう。
そんな私だったが、殺生丸さまは私を咎めたことは一度もなかった。そうただの一度も。
そのときも深く考えず、思ったままを言葉にしてお願いをしてしまったのだった。

「殺生丸さま、笑ってみてくれませんか?」
「・・・・・」
「にこっと・・こんな風に。」
「くおらっ!!りんっ!?なんつうことをぬかしとるんじゃおぬしはっ!!!」

邪見さまはけたたましく「畏れ多い」「馬鹿者」「痴れ者」「気色悪い」と畳み掛けた。
「気色悪い」と言ったときに殺生丸さまに踏みつけられたので静かになった。

「ごめんなさい、殺生丸さま。りん、いけないことだと思わなくて・・」

困ったような(無表情だけど)殺生丸さまに私は頭を下げて謝った。
邪見さまの剣幕を見れば言ってはいけなかったのだとわかる。でもそれ以上に、
眉間に僅かな影を見た私は後悔した。殺生丸さまは黙ってしまい微動だにしない。
考えてみればそうなさらないのは、不得意でいらっしゃるのかもしれない。
優しい殺生丸さまを困らせるなんて、悪いことをしたと私は一生懸命詫びた。
けれどもやはり咎めることはせず、殺生丸さまは何処かへとお出かけになってしまった。

「おまえのせいじゃ。すっかり怒ってしまわれたのじゃぞ!りん、おまえというやつは〜!」
「もう許して?邪見さま。りんもすごく反省しているから・・・」
「第一、何年もお傍に仕えているわしだってそんなもの見たことないんじゃからの。」
「そうなの・・殺生丸さまって笑わないんだね。どうしてかな?」
「どうもこうも、そのような感情を表に出される方ではないというか・・・やっぱ気色わるいし・・」
「どうしたの?邪見さま。」
「いっいや、もしや地獄耳を持ってして聞かれてはいないかと不安になって・・」
「どこへいっちゃったのかな・・早く帰ってきて欲しいな。」
「うーむ・・まさかどこかで練習なさっとるとか・・ぷぷ・・まさかの!?」
「練習?笑うのに!?・・・もしそうなら・・やっぱり優しいね、殺生丸さまは。」
「ここにはおられんのにゴマすってどうするんじゃ。」
「『ゴマする』って良くない意味?よくわかんないけど。」
「けっ!おまえだけじゃ、わしは『優しい殺生丸さま』なんぞ知らんと言っておろーが!」
「そんな・・・泣かないで、邪見さま・・」

殺生丸さまが帰って来られる頃には邪見さまも私もすっかりそのことは忘れていた。
数日間留守にされていた。何所へ行かれていたのかも知らず、日々は過ぎていった。
けれど、困らせたと感じた私はそれ以来殺生丸さまに笑って欲しいと願うことはなかった。
あの間にお母様のところへも行かれていたことを知ったのは何年も経ってからだった。


「・・・で、何しにきたのだ?殺生丸。」
「・・・・子供の頃、私は笑ったことがあるかと尋ねているのだ。」
「可愛げのない赤子であったが・・さぁ・・言われてみれば覚えておらぬの・・・」
「フン・・役に立たん・・」
「それがたまに顔を見せに来た息子の挨拶か、殺生丸。母は悲しいぞ?」


「・・とまぁ、そんな会話をしたきりですぐに帰って行ったがな。」
「そんなことが!?・・知らなかった・・」
「至極真面目に悩んでおったな。余程おまえに熱を上げてるのだなと思うと可笑しかった。」
「確かにそんなことをお願いしたことがあります・・殺生丸さまったら・・」

お母さまと話していると、殺生丸さまががらりと襖を少し乱暴に開けて入って来られた。

「また来ているのか。」
「相変わらずの挨拶だな。孫の顔を見に来るのに遠慮なぞ要るのか?」
「くだらん話は持ってくるなと言ったはずだ。」
「それより、良かったではないか、おまえの子はちゃんと笑顔を見せてくれておるぞ、うん?」
「・・・・」
「やれやれ・・・父になっても少しも変らぬ。成長の遅いにも程があるな。」
「孫の顔を見たのならさっさと帰ればどうだ。」
「そうだな、息子の顔は見てもつまらぬ。りん、またな。」
「いつでもいらしてくださいね、お母さま。」
「ああ。息子に愛想が尽きたらいつでも家へ来るがいいぞ、りん。」
「とっとと帰れ!」
「殺生丸さま、今・・眠っていますから。」

お母さまはいつも殺生丸さまをからかうので、初めはハラハラしたものだ。
けれど、とても楽しそうだと思えるようになった。見た目とは違うのだ。
殺生丸さまのお母さまなのだし、二人の性格を考えるとそれはすんなり理解できた。

「殺生丸さま、ありがとう。」
「・・・何のことだ?」
「私、とても大事に思ってくださってたんだってこの頃よくわかるんです。」
「昔のことか。」
「そりゃ昔だって大事にされてるって思ってたんですよ、だけど思った以上に、という意味です。」
「・・何を言われたかしらんが・・」
「殺生丸さまは笑ってくださいましたよね。りん、覚えていますよ。」
「・・・」
「嬉しかった・・とっても綺麗だなと思いました。大切な思い出です。」
「あんなものがか?」
「もしかして初めて、だったんですよね?」
「そうかもしれんが・・」
「りんは昔から殺生丸さまにいただいてばかりですね。」
「・・・そうでもなかろう。」
「それも嬉しいことばかり。りんはなんて幸せなんだろうって思うんです。」
「・・・・」

私が微笑むと優しい手が私の頬に添えられ、唇にも優しい弾力が添えられる。
ちらと眠る我が子を見やると、また視線だけ戻してりんに微笑んでくださった。

「少しは様になってきたか?」
「充分です。どなたにも見せないで。りんだけのものにしていたい。」
「こんなことおまえの他にできるものか。」
「練習なさったの、ホントウに?」
「笑うな。」
「ごめんなさい。嬉しくてたまらないんですもの・・」
「笑うなら仕置きだ。」
「・・・子供が寝ている間にですか、それとも・・?」

私がそう尋ねると、今度は少し悪いお顔で笑みを浮かべられた。
わがままなのは昔と変らない私。そして今も昔も変らずに愛してくださる。
これほどウレシイことがあるだろうか、何度も繰り返し伝えながら生きてゆきたい。







殺りん数年後で甘々v