海からの風〜お仕置き〜



阿吽の背に乗って久し振りの空の旅は清々しかった。
りんは沈んでいた気持ちも潮風に隠れ笑顔だった。
背中には未來の夫が支えてくれている。
阿吽も上機嫌でときどき嬉しげに吼えた。
「いい気持ち」りんは呟いた。
「婚儀が済めばまた飛べる」
「そうだ、どこへ連れて行ってくれるの?」
「色々だ」
「楽しみだなあ。邪見さまは?」
「・・・阿吽だけだ」
「そうなの?寂しいな」
夫となる妖怪はむすりとした。
「私だけでは不足なのか」
「そんなことないよ。昔を思い出してつい・・・」
だが表情は不機嫌なままだ。
「ごめんなさい、殺生丸さま。二人でも嬉しいよ!」
りんは真面目に謝ったのだがそのまま黙られてしまった。
屋敷の前まで来てしまい残念そうな阿吽は振り返って鳴いた。
”もうちょっととんでていい”そう訊いているように見えた。
「阿吽!」主に呼ばれ悟った竜は静かに下りていった。
屋敷では待ち構えた面々がほっとした様子で出迎えた。
「ご無事でようございました」りんの世話役は溜息をついた。
「ごめんなさい」りんは済まなそうに頭を下げた。
お咎めの言葉が出る前に主は皆に向って言った。
「りんの処遇は私がする」「皆下がれ」
不機嫌そうな主にきつく命じられ皆一様にたじろいだ。
主とりんに頭を下げ皆引き下がった。
りんは取り残されたような心細い気がした。
「殺生丸さま・・・」りんの声は頼りなげだ。
さっきまで優しかったのに一体どうして怒っているのだろうと思った。
阿吽も少し怯えた風だったが繋がれて餌場へと連れて行かれた。
りんはすたすたと背を向けて歩き出した殺生丸にもう一度声をかけた。
「殺生丸さま!」「いったいどうしたの?」
「・・・」「湯浴みする。来い」
「・・・はい」
外から、それも潮風に吹かれたり阿吽と飛んだりと汚れてはいた。
なので湯を使うこと自体はおかしくないのだ。
しかしりんはまだ殺生丸が怒った理由がわからず憮然とついて行った。
この屋敷のお湯場は岩風呂でとても広い。半分は露天になっていた。
りんは着替える場で立ち止まった。
「殺生丸さま、どこまでついていけばいいの?」
「お風呂に着いちゃったよ!」
「背を流せ」「仕置きはここでする」無表情でそう言う。
りんはびっくりして「ええ?一緒に入るの?!」と叫んだ。
「そうだ」あっさりと肯定されてしまった。
「・・・なんで?」「どうして殺生丸さまは怒ってるの?」
「屋敷を抜け出した罰だ」
「それは答えじゃないでしょ、今怒ってる理由!」
「中で教えてやる」
りんは眉間に皺を寄せた。罰は仕方ないとしても納得がいかない。
「・・・教えてはくれるのね」しぶしぶりんは中へ入った。
襦袢姿になると今度は「それも取れ」と言われてまた驚く。
「は、裸になるの?」「嫌だよ、恥ずかしい!」りんは正直に訴えた。
殺生丸はじいっと見詰めてくるのでよけいに恥ずかしい。
「あの、もしかして殺生丸さまも脱ぐ?」りんは恐る恐る尋ねた。
「背を流せと言っただろう」こともなげな答え。
「・・・これがお仕置き?」りんは情けない表情になった。
「まだ序の口」不穏な科白はりんに届かなかった。
りんはどうしようとまごまごしていたが「脱がせて欲しいのか」と言われてしまった。
「!!殺生丸さまの意地悪〜!」睨みつけてみたが迫力不足だった。
「変なことしないでね」りんは健気に願ったが返事は無かった。
殺生丸はさっさと脱いで先に湯に向った。
じっと見ていられるのは嫌だったのでそれは助かったのだが
りんは溜息を一つ吐くと意を決して帯を解いた。
手拭いで隠してそろうっと湯殿へ進んだ。
手桶で軽く汚れを流す。りんはどういう顔をしているが自分でもわからない。
緊張して変であろうとは思った。
もう既に湯に浸かっていた殺生丸は「りん」と呼んだ。
背を向けていたのだが今度はそうはいかない。りんは顔が熱くなるのを感じた。
自分の両手でなんとか隠して湯に滑り込んだ。
先程からそんなりんの様子を眺める殺生丸は実は全く怒ってなどいなかった。
寧ろりんの恥らう様が愉快で堪らない。いいお仕置きを思いついたものだと悦に入る。
邪見に少しばかり嫉妬を覚えはしたがりんが昔を懐かしんだことに怒り等なく、
りんを僅かでも不安がらせたことを悔いたのだった。怒っているとりんには思えたのだが。
りんが湯に浸かってもまだ恥ずかしがっている。
上気した頬と恥ずかしげな表情と潤んだ瞳。
全てが堪らなく挑発的で身も蕩けそうだ。
りんに近づいてその頬の触れようと手を伸ばした。
汗がつうっとこめかみから流れ落ちた。
それを見て抑えられずりんに口付ける。
りんはびくっと身体を強張らせ目を瞑った。
抱きすくめられて深く唇を貪られりんは身体の力が抜けていく。
りんが手で押し戻すように胸を押すので一旦離してやると
はあはあと荒い息を吐き切なげに「待って・・・熱くて・・・」
「熱くて溶けそう・・・」目には涙も浮かんでいる。
「汗ならいくらでも流せばよい」
「あっ」また腕に絡めとられりんは身を捩ったが無駄だった。
「や、やめて。こんな・・・とこ・・・で・・・」
身体を這う殺生丸の手にりんは危険を感じて抵抗した。
「仕置きだといったろう」甘く耳元で囁かれ予感が確かめられた。
「うそ?!やだっ!・・ああっ・・・あ・あ・・ああ」
りんが感じている様は堪らなく愛しい。いくらでも感じさせたい。
「も・だ・め・・たすけ・・・て」哀願は歓喜の声と重なっている。
そのままりんはわけがわからなくなって突き上げる快感に翻弄された後
殺生丸の腕の中で意識を失った。
気がついたときは閨であった。
傍らで待ち構えるように殺生丸の声がする。
「仕置きは終わっておらんぞ」そう聞こえたと思ったとたん口が塞がれた。
殺生丸の怒った理由は結局聞けずに終わった。
りんはそれどころではなくなったからだ。
もう家出は懲りたとりんは思った。そして
散々鳴かされて掠れた声で”もうお風呂一緒に入りたくない”と告げた。
「私は毎日でもよいぞ」と返されてりんは青ざめた。
「どうした?寒いのか」「もう一度入るか?」
「入らない〜!」泣きべそのりんを殺生丸はよしよしと慰めた。