爪の跡



殺生丸が少なからず残念に思うことがある。
妖の身には少々の傷は忽ち癒えてしまう。
その心地よい感覚もまたすぐに消えてゆく。
名残を惜しみわざと余韻を残そうとするくらいだ。
だがやはりそれもしばらくすると無くなり落胆する。
それはそうだろう、傷と言えるほどたいしたものではない。
小さな柔らかい指先が己の身に縋るとき
必死の想いで残す甘い爪の跡だから。
もっとその甘い刺激が欲しくなり泣かせる。
無理をさせたくないのに欲は激しさを増す。
この身に深く食い込ませたくなる。
もっと私に縋って欲しい。もっと乱れてもいい。
だが深い眠りに落ちた身体を包み朝を待つ間
苦しげだった様を思うと不安になる。
壊してしまわないかと、溶けてしまわないかと。
この妖の身にしても蕩けてしまいそうになるというのに
人の身体はどこまでもつのか。


私の指を長くて綺麗だと羨むが
細く小さくともお前の指は強い。
柔らかで優しげなくせにお前そっくりだ。
指先が食い込むと眩暈がするほど快い。
まっすぐに私を見つめる瞳と同様に
私を捕らえて離さぬ指先。
求めて欲して捕らえつづけてくれ。
数え切れぬほどの跡を刻んで欲しい。
どうしても抑えきれずお前を求めてしまう。
だが不安に揺れる夜と朝の狭間を抜けると
朝の光りにお前は蘇る。
優しく微笑みかけてくれる。
軋むほど抱いた身体を私に預けて
昨夜のことが夢かと疑うほど無垢な瞳で見上げる。
つい「大丈夫か」と要らぬことを訊く。
ほんのりと頬を桜色にして頷くところが見たいがため。
爪跡はすでに消えている。
だが決して忘れない。
お前が私にくれるものはひとつ残らず私もものだ。
傷は癒えても刻み込まれていく。
私の身体に何の跡も残らずとも
身体の内のどこもかしこも
お前の残すもので満ちるだろう。
刻まれて全てお前のものとなればよい。