「恩返し」四



「りん、怖がるな」
「殺生丸さま・・・」
りんは金の瞳を見つめ、不安を拭い去ろうとしました。
一心にりんを捕らえている瞳を見ていると
湧きあがっていた不安が吸い込まれるようでした。
いくらか平静を取り戻したものの身体はまだ震えています。
りんを抱き寄せる手はゆっくりとその華奢な身を横たえ、
熱い口付けがもう一度りんに与えられました。
頭ではまだ早い、りんには酷だと思いながらも
殺生丸の身体はその思いに反してりんを求めてやみません。
その苦しさが伝わるのか、りんはほうっとひとつ溜息を零すと
「ごめんなさい、殺生丸さま。もう怖くないよ。」
りんはまっすぐに黒い瞳を向けてそう言いました。
「りんね、なんだか違うりんになるみたいでちょっとこわかったの。」
「もう平気。どんなになっても殺生丸さまと一緒だもの。」
「・・・・」なんと答えてやればいいのかと殺生丸は己に怒りを覚えました。
安心させてやること、相手を思いやることがどうすればよいかわからないのです。
こんな少女の方がよほどそれをわかっていて、今も己を気遣っているのでした。
妖怪はそもそもそんな感情とは無縁でしたから無理もないことでした。
しかし今の目の前の現実に自身がどうしようもなく愚かしく思えました。
愛しいと思えば思うほど、焦りを覚えました。
こんな子供にでもできることだというのに。いくらでも思いやってやりたいのに。
りんはそんな途惑う瞳に手を伸ばし、ずっと憧れていた白い顔をそっと包むように触れました。
ほんの少し驚いたようなその美しい顔に小さな唇を寄せてゆきました。
柔らかく押し付け、震えて溶けそうなその唇を重ねました。
そして妖怪に教わったままに小さな舌を少し入れてみました。
拙いりんの口付けをされるがままに受け入れると、殺生丸の瞳は優しさを浮かべました。
それに気付かないりんは固く目を閉じたままで、そんなりんを見つめながら舌を絡め、
甘く長く味わい、舌が痺れてしまうほど重ねていました。
りんの身体はもう震えてはいませんでした。
殺生丸も考えるのを止めてただりんを感じていました。
りんの中へと再びしのび込んだ指は今度は拒まれることなく
優しいりんそのままにしっとりと濡れて受け入れられました。
りんの口から零れる声も、もう怖れなどなく苦しげでも甘く。
指で絡め取ったぬめりを舐め、口と舌に替えてさらに味わいました。
もう二人は何も怖れずにお互いを感じるままに睦み合い、
りんはその熱さと激しい想いの丈を知り、
殺生丸はその柔らかさと深い悦びを得、
そしてどれほどお互いが強く結び合っているのかを確かめました。
なにものにも替え難い愛しさの渦に巻かれ、流されてゆくようでした。


大事に大事に閉じ込めるように包んだ少女の寝息は穏やかでした。
あれほど切なく、烈しく喘いでいた息も声もすべて休めて。
眠る少女を見守るのは至福というものを知った男の優しい瞳。
何もかも忘れてこうして居たい。何度でも味わいたい。
そんな欲の深い想いも抱きながら。
”おまえに受けた恩は忘れぬ。一生かけて返させてもらう。”
りんの黒い髪をひとすくいして口付け、そんなことを心に誓うのでした。
どう言葉にすればよいかはまだまだ難しいようでした。
素直にそのままを伝えれば良いものを、何故かできない妖怪を
少女は理解しているかのように幸せそうな寝顔でした。
”殺生丸さま、恩返し、足りなかったらまたするね・・・”
そんなことを夢のなかで呟いていました。
まだ彼らは気付いていないのでしょうか。
返すも返さぬもないということを
恩ではなく恩愛というのが彼らには相応しいのでしょう。
慈しみ、想い合うことをそれと知らず行っていることを。
優しい瞳を向ける妖怪と温かい優しさを与える少女は
出会うことでそれを知り、これからもずっと感じ続けます。
きっといつまでも・・・・



                         お終い