「恩返し」壱



「恩を肌で返す」ってどういう意味?
りんは殺生丸に尋ねました。
邪見がりんの間違いを正そうと口を開きかけたとたん踏んづけられました。
殺生丸は恩返しがしたいと言うりんに、
思い違いした通り「肌で」返してもらおうと言いました。
止めようともがく邪見は蹴りを食らいました。
それを尻目にりんを伴い、空へ舞いあがる殺生丸。
「何処へいくの?」りんは無邪気なものでした。
「人目に付かぬ所」
「?恩返しするんでしょう?」
「ああ」
「見られるといけないの?」
「そういう趣味はない。」
「?? りんに出来ることだよね?」
「おまえでなくば意味がない。」
「???」
随分飛んだでしょうか、これでは邪見も追いつけそうにありません。
そこは森の中。巨木がそびえていてそれに感嘆していると太い幹に吸い込まれました。
「うあっ!びっくりした。」
「妖木だ。ここならば誰も寄りつけない。」
「・・・そんなに見られるといけないことなの?」
「おまえの声も外へは聞こえぬ。不安か?」
「殺生丸さまが一緒だから平気。」
にっこりと微笑むりんはまだ事の次第に気付いていませんでした。
「仇」を「肌」と聞き違えたのはりんです。
そして恩返しをしたいと言ったのもりんでした。
しかし何も知らぬりんをこれでは騙すようで卑怯ではないでしょうか?
殺生丸が後ろめたいという気持ちを理解しているかどうかはわかりません。
抱いていたりんを下ろすと何か考えているのか沈黙がありました。
「殺生丸さま、肌で返すってどうすばいいの?」りんは再び尋ねてみました。
「おまえはどう考える?」と聞き返されました。
「うーんと、肌・・・あったかくしてあげるの?」
「まあ、そうだな。」
「え、りん、すごい?!正解?」
「どうやって?」更に尋ねられ、万歳しかけていたりんは止めました。
「えーと、そうだね・・別に寒くないし・・・」りんは考えました。
りんは悩んだ末に殺生丸の手を小さな手で目の前に引っ張り上げました。
とてもりんの手のひらで包めないのですがりんは両手でその手を包もうとしています。
そしてその包みきれない大きな手に「はあっ」と息を吹きかけました。
殺生丸を見上げて、「あったかい?」と訊いてみました。
「・・・ああ」
りんはその答えにまたにっこりと微笑み、また手に息を吹きかけました。
「・・・」殺生丸はりんが心底「恩返し」したいのだと解かってはいました。
不埒な考えで連れ込んだことに普通ならば後悔するものですが、
りんが小さな手で己の手を包み、息をかける様子を眺めながら言いました。
「おまえの息も暖かいが、肌とは違うな。」
りんは顔を上げて「そうだね?!でも繋いでると手、あったかいよ?」
「・・・・」
「あっ、そうだ!おっかあみたいに抱っこしてみようか!」
「でも殺生丸さまの方がおっきいから無理かなあ?」
りんは手を離し、殺生丸に屈んで欲しいと言い出しました。
こんなことをりんの他に言い出す者がいるとすれば、まず命はないでしょう。
しかし主君にひざまずくように大妖と呼ばれた殺生丸は屈み込みました。
そしてその銀の髪をした大妖の頭をりんは小さな胸に抱き寄せました。
優しく髪を撫で、顔を摺り寄せて髪に埋めるようにするりんに
眼を閉じてその押し付けられたりんの身体の温かみを確かめ、
殺生丸は胸深くにりんの匂いを吸い込みました。
「あったかい?殺生丸さま。」
りんはおっかあになったみたいと微笑みながら髪を撫でています。
殺生丸は本当にりんが己を包み込み、庇護しようとしていることを感じました。
実母にすらされた記憶もない甘い温もり。
無条件に与えられるりんからの愛情は確かにそれと似たものかもしれません。
殺生丸はそんなりんの想いを裏切るかのようにりんの手を解きました。
殺生丸は無表情でしたがりんは怒らせたのだろうかと不安になりました。
「あの、ごめんなさい。殺生丸さま、嫌だった?」
何も言ってくれないので少しずつ顔を曇らせるりんでした。
しゅんと大人しくなって俯いたりんの帯がしゅっと音立てて解かれました。
りんが眼を見開くと着物がすとんと足元へ落ちるのが見えました。
驚いてそうした本人を見ると、何時の間にか殺生丸も肌を露にしていました。
”殺生丸さまが着物脱いでる!・・・”
「どうしてお着物脱ぐの・・・?」と尋ねようとしたりんはもうその胸へと
ぴたりと重なり合わせるように抱かれていました。




                         続く