永い夜



月が満ちる    
血が湧き立つ
月が満ちると生物は多く産まれ
月が欠け潮が引くと多く死ぬ
あらゆる雌の匂いが強まる
うっとおしい季節
大概の雄は雌の匂いに狂い
己の欲を充たそうとして
その実雌の為に果たされる
短い寿命の生物は子孫を残す為だけ
生を受けているようだ
この繁殖の摂理が嫌いだ
疎ましいと父に訴えたことがある
”醜い”と
父は笑った
女を欲するのはそれだけではない
それ以外もある
おまえにはまだわからぬだろうが
私はわからずとも良いと答えた
一生女なぞに好きにはさせぬと
父はまた笑った
そうかとだけ言った
あれはいつのことであったか

ぼんやりと昔のことを思い出していた
今の己を父はやはり笑うだろうか
これほど欲しいと想い、またそうできぬ己を
あれの匂いに眩暈がするほど狂おしいと
こうまでこの殺生丸ともあろうものが
苦しまねばならぬとは何事か
腹立たしさも情けなさも通り越した
何度もこの爪で引き裂こうとした
あれの匂いに焦がれる己を
思い知らせたい
これほど苦しませてくれたあれに
どれほど苦しいのかを
どれほど愛しいのかを
早く夜が明けることを
息も詰まるほど待ちつづけている傍で
安らかな寝息をたて眠るあれは
拾った頃のままいつも無邪気に己を見上げる
どれほど離れようともこの匂いは薄まらず
遠ざけようとしても出来ぬこの惨めな夜
いつまで続くかと思える永い永い夜
明日は明日こそはと思えど叶わず
また夢であれを穢す
貪り食う夢さえ見る
夜明けは遥かに遠い