蜜の味



彼は蜜の味を知らない
彼は人間ではなく花の蜜などに興味もない
ただ、その存在は知っていた
実際の花の蜜などやはり知っていても意味もない
ただいつも味わっている花の蜜は彼にとって特別だ
それがないと日々を過ごせぬほどに
甘さも蕩ける感覚も後を引く重みも
彼が生まれて初めて知ってからもう無しの生活は在り得ない
何度味わっても飽きないその蜜は
彼だけのために存在している
誰のためにも分けて与えることはしない



「りん」熱を帯びた声が響く
「はあ・・・」と甘い声が返る
「もっと聞かせろ」熱く湿るような声が覆う
「ああ・・は・・ああ・あ」蕩けそうな甘さ
繰り返し呼ぶ声は渇望し熱にうかされるようで
それに返る声は切なく限りなく甘い
声も身体のありとあらゆる処も仕草も瞳も縋り付く指も
涙も汗も滴るものも全てが甘い
震える唇は最たるものでその奥の舌の甘さには
痺れるほどの魅力があって彼を離さない
濡れるそこから立ち上る吐息さえ
独り占めにしてそれでも足らぬと求める
絡まって解けぬほどきつく舌も身体もお互いを欲し
心の奥まで溶かしていく
「せ・し・・・ょう・まる・・さ・・ま・・・」
声が縋るように搾り出す彼の名はとろりと溶けて彼に注がれる
「はあっ・ああああ・ああ・あ・・・」
突然突き上げるような大きな喘ぎ声があがると
しだいに声は弱弱しくなりはあはあと息が苦しそうに上がる
「もう、許し・・て・・」苦しい息をしながら訴える
彼はもう何度も懇願されていたが許さずにいた
しかしもうこれまでかと己もまた小さく苦しい息を吐くと
溶け合った二人はどこか遠くへ投げ出されたように
弛緩してゆく身体を感じながらその遠い何処かへ意識を飛ばす
繰り返し押し寄せる波に身体も心も砕け散る
その瞬間さえ甘かった
静かになってそのお互いの身を寄せ合う
愛しいその蜜を腕に抱き瞳を閉じる
そのときこそ極上の幸福であることを彼は知ってしまい
このときをどれほどかけがえなく想っているかを
己に刻み込み酔いしれる
”この蜜の味、決して離さぬ”
醸し出す匂いさえ甘い蜜の味
彼とその大切な花は咲き乱れた花園で
幸福な夢を辿って二人の想いにたどり着いた