火月 



この爪が目にとまらぬのか
愚かな人ノ子よ 
救われたと思うのか       
なぜついて来る
必死の思いまでして
何を望む人ノ子よ
後悔と絶望をくれてやろうか
この私を惑わせた報いを
いつかその身で知るがよい



りんを拾ってどれくらい経ったか
その長いとも短いとも言えるとしつき
愚かなことに人の身で我ら妖怪に付き従い
忠実ともいえず不義ともいえず
ただひたすらに信を募らせ
匂いを雌のそれに僅かずつ変えてなお離れぬ
その血の伝う伸びた足を目の当たりにしたとき
なにかが己の中で呼び覚まされた
愚かな人ノ子は女と呼べるものになりつつあった
このままでは許されぬ
私をこれ以上惑わすことは



初めてりんが主の本来の姿が変化していくのを見たとき
幼いとはいえその強大さを理解できぬではなかったはず
予想に反してりんは畏れず、慕わしさを無くしはしなかった
大きく吼えてみても長い舌や紅く染まる双眼をみても
ただ呆然とはしたもののすぐに慣れ、その毛並みに感激し
名を呼び飛びついて嬉しそうに擦り寄った
愚かにも程がある、私を何だと思うのか



燃える火のような月の晩
女になりかけたりんを裸にして犬の姿で舐めた
無邪気に笑う声が癇に障り
半分ほど変化を解いた
圧し掛かり喉を鳴らして爪でりんの喉を抑えた
さあ、畏れ喚かぬか
泣いて許しを請わぬか
私を惑わせた罪を知れ
りんの首に牙を当てぷつりと血を流せば
その匂いはやはり幼い頃と異なる
引き裂くのはたやすかったがそんなもので足らぬ
思い知れ私を
その身で慄き感じろ
私を知り己の愚かさに泣け