火月・T 



人の形をしているときの美しさは格別
しかしその爪は毒をもって他を引き裂き
情けのない冷たい弧を描き残るは死
本性は犬の妖 紅く燃ゆる眼 咆哮と破壊
見た者は畏れ惑い 震えた後肉塊となる



「殺生丸さま、遅いねー」幼い子の声、紛れも無く人の子
「そうじゃな、もう寝ろ、りん」小さな緑色の妖怪が答える
「はーい、邪見さま」子に畏れはいか程も無い
不思議な光景、子が安らかに眠るよう番をする妖怪
そこへ妖しくも美しい男が舞い降りる
「殺生丸さま、おかえりなさいませ」邪見が出迎える
男は何も語らず人の子に一瞥をくれる
ふいと視線を反らし少し離れた場所へ落ち着く
眼を閉じるが眠るではなくただ瞑想のみ
容赦ない叱責を避けるため僕は黙り子の傍らでおとなしくする
いつもの妖一行の情景であった



りんという人の子は呼び覚まされた
生き死にを司る剣は殺生丸を主と定め
気紛れか否か 死から連れ戻した初めの命は人の子
訳は知らず 子は妖をみとめ つき従った
妖は人の子を僕とし仲間に加えた
愚かなるは妖か人の子か
もう後戻れぬ旅路 人の子は命を預けた
そしてその子はおなごであった



「りんも大きゅうなりましたな、殺生丸さま」感慨深げな声
「いつまで連れてゆくのでありますか」問うは至極難問
主は語らず不機嫌な視線を遣される
りんは儚き人の娘 いつか泡のように消える
いらいらが募る なんのために救ったのか
餌にするでなし 役にたつでなし 
子は成すかもしれぬ 女なら
だがそれこそ馬鹿らしいこと 子汚い人の娘を
一時慰めはできるかもしれぬ 死ぬやもしれないが
くだらぬ 女を匂わすにはまだ早い童女のくせに
あまりな愚考 吐き気して止めるがまた戻る
焦り苛立ち腹を刺す想い
訳など知らぬ



或る日りんは主の巨躯を目の当たりにした
犬の姿 見事な毛並み 荒々しい息使い
畏れを抱き主を見るかといえば
あきれるほど無防備 輝く瞳
「殺生丸さま、すごい」擦り寄る身体
鼻先に寄るな 鬱陶しい
振りほどくがまた寄ってくる
「あったかーい、くすぐったーい」けたけたと笑う
阿呆か こいつは
唸ると喜び 睨めば微笑む
どうすればおまえは我を畏れる
想い迷いて妖怪は人の子を眺めた





 続く