愛欲



そんなものを知らなかった。
欲ならばわかる。
以前より一層強く感じる。
しかしそれとは全く違う。
こんな風に何もかもを欲することとは。


りんが変わらない無邪気な顔で見上げてくるのが腹立たしく、
もう幾度目かわからぬほど誤魔化してきたものに苛つく。
匂いが纏わり着き、どうにも我慢ならなくなってしまった。
どうにかして遠ざけるようにしてみたが、叶わなかった。
離れると感じる焦りに押し戻されるのだ。
そんな私のところへのこのこやって来たおまえが悪い。
夜、それも私の寝所へりんはひょこりとしのび込んできたのだ。
すぐにりんとわかり、「何しに来た?」と声も荒く訊いた。
少し決まり悪い様子は見せたが、にこにこと笑う様はまるで無防備で。
「ごめんなさい。すぐ帰るから!忘れてたの。明日ね、りん・・・」
余りに唐突で驚くりんは口を開けたまま私を見た。腕を捕まれたからだ。
ぐいと引かれて前へと倒れ込むと、私に縋るような格好になる。
「わわっ、殺生丸さま?」
ぶつかった額を押さえ、恨みがましい目をして顔を上げた。
「まだお話途中・・」覆い被さったものが何かわからぬと目を見張る。
りんは熱く、ぬめるものが何かをまだ把握できていないで固まっている。
口内を蠢き、捉えられ、吸われる感覚に身体は徐々に緊張を感じていく。
りんは今まで覚えたことのない恐怖に身を竦ませ始めているのだ。
身動きすらできずに閉じ込められた小さな身体。
私もまだ初めての感覚に痺れを感じ、抑えていたものが暴れ出す。
こんな何も知らぬ小娘を抱いたことはかつてない。
それどころか、こんな風に口付けをしたこともなかった。
胸を疼かせたことも、欲を抑えられなかったこともない。
これほど求めたことも、執着したこともない、たかが女一人を。
りんが苦しそうに眉を顰める。息もままならないのだ。
離してやれない。焦れる私までが息苦しく感じる。
折れてしまう、壊してしまう、毒に溶かしてしまうと怖れが走る。
それでも抱いた腕は更にきつくりんを引き寄せんとする。
りんの喉から悲鳴が漏れるとようやく力を緩めることができた。
りんはぜいぜいと息を乱して目には涙が滲んでいる。
そして、細い両腕で私の身体から離れようと抵抗した。
拒もうとするりんが許せず、褥へと押し倒した。
私の身体でりんの小さな身体は見えなくなってしまう。
覆い隠すように被さると再び口を吸った。
はっきりとりんが怯えているのがわかる。それが悔しい。
何故こんなに腹立たしいのだ。何故わからないのかと。
私をこんなに変えておきながら、私を拒むなど許せぬと。
だがそれも言い訳だと解かっている。怖れているのは己なのだ。
こんな風に乱暴にして、りんが拒むのは当然なのに、まるで私は子供だ。
どうして伝えるかも、女一人喜ばせる術も知らない。
情けなさと自嘲で一層苦しい。押しつけ、覚えさせるしかできぬ愚の骨頂だ。
それなのに己の手はりんの帯を解き、もどかしく着る物を剥がしていく。
りんの素肌に触れて、その柔らかさに益々欲が煽られる。
「せ・っしょ・・ま・・・っ!ま・」
りんが抗議の声を挙げることまで封じようとしてしまう。
憐れさと愛しさと欲望がせめぎあい、欲が他をねじ伏せんとする。
両の足が開かれたとき、堪りかねたりんは私をその黒く大きな瞳で射た。
潤んだ瞳は見開かれ、私を真っ直ぐに射ぬいていた。
こんな仕打ちを受ける理由を知りたいのだろう。
知らぬから知らせたいのだと誤魔化し、卑怯にも私はそれを無視して視線を反らせた。
絶望と混乱の気がりんから発せられても構わずに開かれた中心へと向かう。
視姦し、さらに指を這わすとりんは身を震わせて泣き出した。
「う・ううっ、ひっ・・嫌・・・やめて・・・・えええっ・えっ・・・」
りんのすすり泣きが身に刺し込み、遣り切れなさに萎えそうになる。
だが、指はりんの内へと沈めてしまう。痛みでりんは叫んだ。
「痛っ!いたあいい!!・・・う・ええん・・えっええん・・」
泣き声がどんどん烈しくなってりんの内も強張るばかりで潤いはしない。
このままでは己を埋める痛みにりんは耐えきれない。そう思うのに指を抜けなかった。
「りん」掠れた声が出た。口から勝手に零れるようにりんの名を呼んでいた。
「私はおまえが欲しくて欲しくて堪らない・・・もうどうしようも・・・ない。」
「う・ええ・・ひっく・・せ・っしょう・まる・・さま?」
私はりんの胸に顔を埋め、縋りついていた。身体の疼きは止まない。
「殺生丸さま?殺生丸さま、りん・・りんはどうしたら・・・いいの?」
私の情けない告白にりんは健気にも応えようとしてか緊張を少し解した。
ゆっくりと顔を上げるとりんが私を覗き込み、涙に塗れた目で問いかけている。
「りん、殺生丸さまに何をあげればいいのかわからないけど・・・いいよ。」
ぎこちなく笑顔まで見せようとしてりんはそう言った。
「りん、おまえの何もかも全てが欲しい。」
馬鹿のような正直な願いをりんはこくりと頷いて受けた。
「殺生丸さまになら全部あげるよ。でも、どうして?どうして欲しいって思うの?」
子供っぽい問いだった。しかし肝要なことかもしれなかった。
「おまえを愛しているのだ。」
そんな言葉を知っていた自分に驚いた。まして自ら使うことがあるとは思わなかった。
「りんが好きってこと?」
「他にたとえようもないほど。」
りんがまたぽろりと涙を落としたがそれは目に溜まっていたものが零れたのだった。
瞬きをしたからだ。しかしその瞬間、りんの瞳は美しく輝いた。
「じゃあ、りんと一緒だ!」心底嬉しそうにりんは笑った。
いつのまにか緩んでいた私の腕を擦りぬけてりんが両腕を伸ばしてきた。
呆けたような私の首にしがみ付き、甘い息を耳元に零す。
「明日、りんとお散歩に行ってくれる?」
突然そう言い出して「あ?ああ。」と吊られるように答えてしまう。
「嬉しい。じゃあ、りんのご用はお終い。だけど・・・」
「何だ?」
「あのね、すごく怖かったの。あの、もう少し・・・優しくしてね。」
間抜けにもぽかんとしたまま、「ああ・・」と答えていた。
「あ・でも痛いのも怖いの。恥かしいのも。」
りんは不安に顔を曇らせ、私に助けを求めるように、甘えるようにそう言った。
「できるかぎり優しく、してやる。」
そう言ってやるとりんは安心したようにまた笑い、頭を私の胸に摺り寄せた。
「りん」再び名を呼ぶ。「はい。」とりんが答える。
怯えが消えてりんは身体の力を抜いた。
おそるおそるりんの唇に触れるとりんは逃げずに舌を絡めた。
じわりとりんの内の指が濡れるのを感じた。
歓喜と恍惚が二人の間に湧き起こるのは今や疑いようもなく、
甘い期待となって押し寄せてくる。
それもまた初めてのことであった。



そんな幸せを知らなかった。
与え、与えられる悦びを
つまらない欲を覚えることはもうない。
愛し合う歓びを知ったから。
何にも変え難いこの時を。