海の月


   旅の空は夕陽も沈み
   闇に月が輝き始めた

   双頭の飛竜という幻想的な生物が
   人の子供というそぐわないものを
   その背に乗せて海辺の空を飛んでいた

   その子供は慣れた手つきで手綱をとり
   長い黒髪をなびかせた、まだあどけない顔をした
   十歳くらいに見える少女だった

   その傍に見守るように飛んでいるものがあった
   飛竜によほどふさわしい長い銀の髪をした
   それは優雅で美しい様子をした妖だった

   妖にはよく見ると小さな従者らしきものが>
   ふさふさと柔らかく風にゆれる毛皮をまとう
妖の尻尾のようなところにしがみついていた

この一行は共に旅をしているらしく
   気安く少女は傍のふたりに話しかけていた

   「ねえ、見て見て!邪見さまあ」
   「海の上でお月様が光ってるよ」
   「すごーくキレイ。」

   嬉しそうに話しかける少女に
   従者はうるさそうに応えた

   「それがどうしたんじゃ!ったく。」
   落ちるでないぞ、りん!」

   従者は空を飛べないらしく
   大きな杖とともに主に必死でしがみついたまま
   いらいらとした口調で叫んでいたが
   少女はいつものことなのか気にもとめず
   楽しげに言葉を繋げていた

       「だって、キレイだもん。それにね、邪見さま」
   「お月様にずっとついてくるんだよ!」

       「じゃから、そんなことがどうだといっておるんじゃ!」
   「水面にうつっとるんじゃから当たり前じゃろう」

   「嬉しいんだよ、キレイなのとついてくるのが。」
   「あ、そうだ!」「ねえねえ、お月様が殺生丸様なの!」
   「ついてくる月がりんなんだよ」

   「はあ〜?!何をいっとる!」「自分をキレイだとぬかしとるんか?」
   「おまえなんぞ、海の月じゃのうてくらげじゃ!くらげ!!」

   「ええー?!」

   「キレイなのはおいといて、ずっとついてくとこなんだよ」
   「・・・くらげはやだな」
   「ずっと一緒なのがいいの」

   「好きにいっとけ!困ったヤツじゃ!」
   「うーん」

   いつものように妖は黙ったまま
ふたりのやりとりを聞くともなしに聞いていた

   ・・・海に映る光は雲にさえぎられ消え、月が顔をだせばまた輝く・・・

      妖はよく邪見とりんを置いて出かけることがあったが
   帰ってくると少女はそれはそれは幸せそうに笑った
   ふとそんなことを思い浮かべ、少女のほうへ視線をむけた

       視線に気付いて、少女は妖へまぶしいような笑顔をかえした

      「殺生丸様、海の月はりんみたいじゃない?」
「りんはキレイじゃないけど」

      少女ですら予想もしない応えがかえってきて
  従者はもっていた杖を落としそうになった

     「私が空の月ならおまえは海の月かもしれん」

  びっくりして少女は大きく眼を見開くと
  また妖を和ませる笑顔になった
  空の月と海の月はきらきらと夜空に光り輝いていた



・・・従者はしばらく口をぽっかりと開けて主と少女を
ながめていたが、ようやく口をとじるとため息とともにつぶやいた
 「・・・信じらんない!」