透明 



周りは凍ってしまったかのように
色を無くし 遠ざかる
時は刻むことを忘れたかのように
遥か彼方に 忘れ去られて
ただ見つめる瞳も透き通り
自分が何者かもわからなくなる
無色透明
触れた場所の熱だけが灯りのようにぼんやりと


ふと我に返ると殺生丸はか細い手首を握り締めていた。
目の前にはりんが呆けたようにぼんやりと居る。
強く馨る人の体臭は近づき過ぎたためか。
さもあらん、対峙する殺生丸とりんに距離はほとんどない。
いつも煩い音を発する口が薄く開いているのが目に入る。
まるで口付けを求めたかのような己とのその距離。
おそらく引き寄せたのは己でりんは身じろぎもしていない。
顔を離し、縛めていた手を振り解く。
すると糸の切れた人形のようにぱたりとりんの手が落ちた。
「あ・もう動いてもいい?」
「動くなと言ってはいない。」
「え、そうだっけ?そう聞こえたような気がしたんだけど。」
「・・・・」
”そう考えたやもしれぬ”とは口に出さない。
「息をするのも忘れてじっとしてたみたい。」
「・・・・」
「ふー、なんだか何処か遠くへ行って帰ったみたいだよ。」
「・・・・」
りんはにこりと微笑むといつもどおりに動き出す。
先ほど透明だと感じた世界とまるで間逆な今。
「何故動きを止めた?」
「殺生丸さまが何も言ってないんだったら、変だよね。」
首を傾げ、考え考えりんは答えを探す。
「殺生丸さまのお顔が近づいてりんの手を持ったらね・・・」
「なんだか音とか聞こえなくなってなんにもない所に居るみたいになって・・」
「よくわからないんだけど、動けなくなったみたい。」
「・・・そうか。」
「うん、変だねー!」
少し照れたように頬を染めて、りんはくるると向きを変える。
「そうだ、お花、お花。」
りんは空から見つけた花の自生する野っぱらへと駆け出す。
そうだ、りんは嬉しげにそこへ行こうとしていた、先ほども。
それを引き止めたのは・・・私だ。
そうする訳もそうした意味もどこにもない。

「殺生丸さまー、すごいよー!きれいだよー!!」
りんがはしゃいだ声でこちらに手を振る。
時が止まったかのようなあの空間はなんだったろう。
りんもまたあの無色透明な世界に己と二人居たと言う。
あのままそこに居ればりんと己の距離は消えていたのだろうか。
「ふ・くだらんな・・」

掴んだ手首はいかにも脆そうだった。
りんの匂いはまだ女とも呼べず。
かと言って童とも僅かに違っていた。
確かめんとしたのか、或いは・・・
くだらない結果へと向かい思考を止める。
りんはりんだ。
殺生丸は考えることを放棄し、近くの木の元に腰を下ろす。
思考を止めてもふいに浮かんでくるのはりんの匂いと口元。
大きく開いた目は真直ぐに己を刺し、
薄く開いた口から覗く赤。
咥えようとした唇の膨らみ。
無色透明な背景。

また連れてゆくやもしれぬ。
あの 場所へ


りんは楽しげに花と戯れている。
何処か遠くへ出かける予感を漠然と感じながら。
そうだ、あの視線が合図だったのだと思い出しながら花を摘む。


無色透明
殺生丸さまとりん、ただそれだけの
あの 場所に