He is my secret sweet lover.


 


背伸びしたって無駄だからと、楓は乱暴にそれを投げ捨てた。
部屋中に散らばった服はどれもこれもお気に入りのものだが
スポーティなものが多く、どちらかというと可愛いデザイン。
女の子御用達みたいなフリルやドレープは好みではないのだ。
今更そんなことを再確認したところでどうしようもない。
見上げれば時計の針はもう猶予などないよと主張している。
どうせどんな風に飾ったところで本物のレディにはなれない。
諦めとやるせなさを溜息と一緒にクロゼットの中へと押し込み
鏑木楓は約束の時間に遅れまいと普段の格好で飛び出す。

”ああ・・悔しいな。歳の差は幾つになっても埋まらない”

すんなりとした魅力的な足で軽やかに彼女は目的地へ急いだ。
オリエンタルな美少女で実は隠れファンも多い楓であったが
当の本人はその魅力の10分の1をも理解してはいないのだ。
ジュニアハイを卒業間近に、相変わらず子供な自分を嘆くばかり。
ハイスクールへの期待で一杯の同級生等の悩みとは多分に距離がある。

彼らと違って楓にはまだ誰にも明かせない秘密の交際相手がいる。
身内だけは知っているが、秘密の理由は彼の職業が関係していた。
彼はヒーローなのだ。それも顔出しで人気もトップクラスの。
一部リーグをとある事件後引退したが、二部で復活、バディはなんと
一部時代にコンビを組んでいた男。つまり彼は世間に注目の的なのだ。
おまけに楓はその彼のバディの一人娘だったりする。そんなこんなで
マスコミの餌食になるのは必然なので、秘密となっているのである。

そもそも二人の交際とは、世間が期待するような恋愛沙汰ではない。
楓が年齢差を気にしているのは、更に密かに彼女が秘め続けている
恋心に起因している。そのことは楓一人のトップシークレットだ。
交際は楓から手を差し伸べ、『友人』としてスタートした。だから
そこから培った思い出が大切と思えば思えるほど、伝えられない。
友人のままでも傍にいられればいい、それが当時の楓の心境だ。
相棒の娘で13も下の子供。普通の男が恋愛対象にするはずもないが
いつか想いが伝えられる日が来ることを諦めきれないことも事実だった。

そうして友情を重ね、楓とバーナビー・ブルックスJr.の二人は
数年間にどんどん親しくなっていった。彼女の秘めた想いも同じだった。



多少息を切らして待ち合わせ場所へとやってきた楓はがっかりする。
今日こそはと随分早めに出発時刻を計算していたのに当てが外れた。
背のスラッと高い、人目を引くハンサムな彼は既に待っていたのだ。

”忙しい人なのにどういうこと!?いやになっちゃう”

楓に気付いて爽やかに微笑み、片手を挙げる彼に応じて手を挙げる。
オープンなカフェで頬杖を付く彼の姿も絵みたいで素適だなと思う。

「待ち合わせにはまだ早いのにそんなに走って・・大丈夫!?」
「ごめんなさい・・いつもあなたを待たせてしまって落ち込んじゃう。」
「僕が待ちきれなくてつい早く着てしまうんだ。楓は何も悪くないよ。」
「はぁ・・出来すぎた人とお付き合いするのって大変なのね。」
「買いかぶり。喉が渇いたでしょう?これ良かったらどうぞ。」

彼は待っている間に少しだけ飲んだらしいレモネードを楓に勧めた。
楓はしばし悩んだ末、「ありがとう、いただく。」と手を伸ばした。
冷たい飲み物は渇いた喉には確かに魅力的だったが、躊躇した理由は
そのグラスに挿してあるストローを使うべきか否か、という点だった。
短い間に気掛かりを頭の中にざっと浮かべてから楓はグラスを取った。

”えーい、ここは遠慮のない子供になりきって飲んじゃうんだから!”

確かに一度は彼が口にしたであろうストローから一気に喉へと吸い上げる。
喉が渇いているからという言訳の元、間接キスに頬は案の定熱くなった。
けれどそれを悟られまいとぐぐっと彼の好意を全部飲み干してしまった。

「おかわりする?」と彼が心配そうに尋ねた。成功だ。気付いていない。
「ううん、いい。あなたの飲み物だったのにごめんなさい。」
「いいよ、少し休憩する?それとも、」
「行こう。時間がもったいないもん。」

大人な彼はフッと微笑むと席を立つ。何をしても絵になる人だなと思った。
並んで歩くとどう見たって兄妹だ。それは仕方がない。当然だとも思う。
悔し紛れに彼の腕に手を絡ませ、板に着いた優しい兄に甘える妹を演じる。
それを知ってか知らずか楓に向ける視線は甘い。歩く速度も合わせてくれる。
なんでもかんでも負けている気がして更に落ち込みそうになるがそこは耐え、
せっかくのデートを楽しい思い出にするべく微笑みを返す楓なのだった。

「卒業パーティでダンスはしないんだ?」
「うん、すぐ帰る。私、他の男の子となんて踊りたくないもん。」
「選んだドレスはとても素適だから皆が誉めてくれるはずだよ。」
「バーナビーとじゃなきゃイヤ。お仕事の後で踊ってくれるんでしょ?!」
「勿論。けど当日は仕事で待たせてしまったら申し訳ないしね。」
「平気。おばあちゃんたちと家で祝うの。他の友達とはまた別の機会があるし。」
「じゃあ僕はなるだけ早く駆けつけることに努めるからね、楓。」
「気にしないで。あ、でも遅くなっても来るのは来てね?ドレス見せたいから。」
「見ないことには気になって一日が終わらないだろうから必ず。」

本気で言っているようで楓は嬉しかった。周囲には大人で美しい女性が
いくらでも存在するであろうに、彼はいつだって楓を世界一にしてくれる。
こっそり溜息を落とすともたれるように腕を強く抱き寄せた。いいよね?と
心の中で許可を求める。口に出しても拒否などされないとわかっていても。

ヒーローに復活して楓の父親と二部リーグで働くようになった彼だが
以前のような事件を起こさない為、研究開発部にも籍を置き多忙な日々だ。
その隙間を縫うように楓と何度もデートを重ねてくれている。デートは
どちらかが行きたいアミューズメントなど、子供が楽しむ場所がほとんど。
楓はそれで満足していた。子供時代を普通に過ごせなかったらしい彼が
一緒に笑いあったり、楽しんでいる様子を見ることが大好きだからだ。
そんなときは自分が子供でよかったと思う。彼と無邪気でいられることが。

そして、行方知れずだった彼を偶然見つけたスケートリンクでの出来事。
夢のようだと何度も確認した。彼は逃げずに引き留めた楓に付き合ってくれた。
心の大きな傷を負い、疲れきったように見えた彼を放ってはおけなかった。
聞かれたくないのだと感じることには一切質問せず、ただ友人として
これからも一緒に会話したりしたいと必死の思いで申し込んだのが始まり。
それからしばらくは身内にすら内緒で二人はデートした。デートと言っても
本当に文字通りで大人の彼に付き合せているような格好ではあった。
それでもバーナビーは楽しそうな笑顔を見せてくれるようになったのだ。
最初の出逢いのことを彼は覚えていなかったがそれも後に思い出してくれた。
二人だけの煌くような想い出は増えていき、今はたくさん共有している。

そんななか、特に忘れられないことにバーナビーのヒーロー復活がある。
楓は涙して喜んだ。今までのように会えなくなると告げられても心底祝った。
嬉しさで寂しさは埋められるからと彼を励まし応援し続けることを誓った。
あのときに楓はバーナビーが感激して泣いたのを初めて目撃したのだった。
当人は泣いてないと主張したため、見ていないことにしてあげたのだが。


眼鏡を外した素顔もそのときに見た。楓に感謝の礼をすると彼は彼女を
「これからも宜しく」と初めてハグしたのだ。楓も抱き返して泣いた。
あのときは恋も友情もそんなことはどちらでもいい些細なことだと感じた。
お互いがお互いを一人の人間として価値を見出し喜びを分かち合ったのだ。
幸せで大切な想い出だ。楓はこのことは一生忘れないと信じている。
例えこの先、離れてしまうことがあったとしても。


バーナビーと卒業記念パーティのドレスを選んだ日の帰り道、
彼と過ごす一日はいつだってあっという間だなと楓は思った。
もう少しで家に着いてしまうと落胆を抱えていた頃、ふと気付く。
隣の彼の歩調がゆっくりになったかと思うと、とうとう立ち止まった。
見上げると何か思いつめたような表情。楓は首を傾げ尋ねてみた。

「バーナビー?・・どうかした?!」
「楓。帰る前に・・少しいいかな?」
「変なの。何かお話?・・わかった。いいよ。」

公園と呼ぶには狭い、バスケットゴールとベンチがあるだけの場所に立寄る。
するとバーナビーは考え込んだ風で、あまり楽しい話ではないように思える。
楓の胸がどきりと鳴る。良くない予感が胸から体全体へと広がるようだ。
卒業式の後にはドレスを見に来てくれると言っていたが、もしかしたら・・
楓は悪い予想が次々湧き起こるのを止められず、体が強張るのがわかった。


「楓、一つ僕からお願いがあるんだ。」
「お願い?なぁに、改まっちゃって。」
「ハイスクールに上がったら楓は今よりずっと人気者になるだろうから・・」
「・・え?私、今も将来もそんな予定はないけど・・なんの心配してるの?」
「コホン、ええと、お父さんからはなんとかお許しを得たから言うんだけど」
「??あなたにしてはスマートじゃないね。一体何がどうしちゃったの?!」

バーナビーはハンサムな顔が強張り、汗まで滲んで台無しだ。
もしかするとずっと打ち明ける機会をうかがっていたのだろうか。
何にでも用意周到な彼には珍しい様子に楓は不安を他所に途惑った。
するとごくんと唾を飲み込んだ彼が意を決した風に楓を見詰めた。

「楓が卒業したら、僕も『友人』から卒業させてくれませんか?」

間が空いてしまったのは楓がぽかんと彼を見上げていた時間だ。
彼女としては言葉の意味がよく飲み込めなかったためそうなった。
しかしバーナビーは楓の様子に青ざめた。失敗したと受け取ったのだ。

「まだ早いとは思ったんだ。けど言っておかないと始まらないと思って。」

慌てて弁解を始めた彼に楓はやっと我に返り、彼に向って手を挙げる。

「待って!お別れを言い渡されるのかと思ったのだけど・・違うのね!?」
「君が嫌ならもちろん諦めるよ、僕と違って君はまだ若いんだから。」
「ちょっ・・・歳の話ならこっちこそ・・って、えっまさかあなた・・?」

二人は思い描いていた内容に齟齬があったことをそのときようやく悟った。
顔を見合わせての再びの沈黙の後、少し緊張の糸を解した彼は言い直した。

「つまり、あなたに一人の男としてお付き合いを申し込んでるんです。楓。」
「・・・そんなような気がしたんだけど・・これって気のせいじゃないの?」
「虎徹さんにはハイスクール卒業までは”清い”交際をって釘刺されましたけどね。」
「・・そんなのどうでもいい」
「楓!?」
「私も卒業したときあなたに言いたいことがあったの。今ここで言っていい?」

黙って頷いたバーナビーに楓は姿勢を正すと真直ぐに瞳と瞳を合わせる。
 
「私ね、友達でも恋人でももちろんOKよ。だけどこれだけは言いたかったの。」
「あなたのこと今も昔もずっと想ってる。あなたを護ってあげたい。支えになりたいって。」

バーナビーの翡翠の瞳は楓の琥珀の瞳に射られ万華鏡のように輝いた。
それを綺麗だなと感じる楓の頬に温かな感触、バーナビーの頬だった。

「僕も同じだ、楓。幸せで胸が張り裂けそうだよ・・!」
「泣いてもいいよ、瞳がね、きらきらして今にも零れそうだもの。」

”頬をくっつけたままだと彼の声は違って聞える”楓はそう思った。
優しく抱き締められるまま体を委ね、彼の口づけも静かに受け止めた。

「・・・初めてだね、唇は。すごくどきどきする。」
「そのどきどきは僕だけにして。これからもずっと。」

いいよと頷くと彼はとうとう眼鏡を外して溢れてしまった涙を拭う。
楓は背の高い彼の肩に手を伸ばし、よしよしと優しく摩ってやった。

「大丈夫?私ったら間接キスでもどきどきしてたのに。なんだか不思議。」
「僕だってどきどきしてたよ。今もそうだけどね?楓は落ち着いてるね。」
「ふふ・・バーナビー、私がもっと大人になっても捨てたりしないでね?」
「当たり前でしょう!僕の方が深刻ですよ、まだまだ若いつもりですが。」
「私はおじいちゃんになったって捨てたりしないわ。愛してるんだもの。」
「まったくもう・・・君ときたら!・・僕も愛してますよ!いつまでも。」

楓はたくさん歳の差についても悩んだけれどその日全部をゴミ箱に捨てた。
キスだって遠慮なしに強請ることに決めたし、背伸びもしないことにした。
うんと歳上の彼の方こそ気にしていたと分かったし、怒られもしたからだ。

「君はこれからどんどん綺麗になっていくんだよ、焦るに決まってるでしょう!」

不安に負けて告白を急いだというのが真相で、3年先のはずだったとか。
楓の父、虎徹と彼は散々揉めたらしいが、そこは詳しく語られなかった。
その後監視の目が強くなった父と彼の攻防は続いていき、新たな悩みとなる。
いずれにしろ、楓が最強であるためエスカレートすれば彼女が仲裁するのだ。
公にカミングアウトするのは先延ばしとなったため、秘密の交際のままだ。
これまでとは違うことで悩んだり、新たな問題が浮上するのかもしれない。
しかし楓はそれも気にしない。秘密の交際にも不満など感じることはない。

”だってわかっちゃったんだもん・・彼は見た目ほどクールじゃないのよ。”
”緊張すると敬語になってしまうとことか本人無意識らしいけどおかしい!”
”甘えっこだし、わがままだし。すぐかっこつけちゃうクセして私の前では、”

「臆病な子供みたいね。バーナビーって。」
「秘密にしておいて、楓。愛してるから。」

卒業式にはペアリングも贈ってもらい、楓はダンスもバーナビーと踊った。
但し父親同伴でだ。甘い雰囲気は微塵もなくてその点は二人共多少落胆した。

「お父さんはまだ全部許したわけじゃないからな!楓、気をつけろよ!」
「はぁ・・悩みってどんなに幸せでも尽きないものなのね。」

彼と彼女とその父とのごたごたしたお付き合いに関してはまた別の機会に。
これはスポーティな彼女のクロゼットにドレスが最初に加わった日のお話。







これまた希望を詰め詰めした産物。^^;