「あなたのことは私が護ってあげる」 


「ピンクのシャツを悪いとは言わないけど、おじさん臭い。」
「・・・そうかな?そんなこと誰にも言われなかったけど。」
「そりゃあなたにそんなこと言える女性は少ないと思うわ。」
「なるほど。貴重な意見をいつもありがとう、楓。」

彼、バーナビー・ブルックス・Jr.は仕事上がりだった。
ネクタイを弛め、寛いだ風に少しご機嫌斜めな少女に向って
懐かしい思い出を再生しながらうっとりと微笑んだ。

「人の顔見てニヤニヤ笑うってなんなの?バーナビーったら。」
「君だって僕の前ではとても緊張してたよね、出逢った頃は。」
「そりゃあ・・だってあなたは私の特別なヒーローだったし。」
「天使みたいに可愛いんで虎徹さんにそう言った覚えがある。」
「中々逢えなくって口惜しかったのを思い出しちゃうなぁ・・」

「って、バーナビー!?それ今は可愛くないって聞えるよっ!」
「今は僕だけの女神に昇格してるって意味だからね、つまり。」
「そういう気の遣い方は却って感じ悪いんだから。べーっだ!」

可愛い顔を思い切り顰めて、舌を出して見せる元天使に苦笑する。
拗ねたり怒ったりくるくると万華鏡のように豊かな表情は昔のまま。
そんな少女の真直ぐな髪を一掬いしてバーナビーは口付けした。

「もうその頃の虎徹さんの歳を追い越してしまった僕は?楓。」
「何よ、今だってあなたはマイ・ヒーローよ。変わってない。」

お世辞でもなんでもなく、少女はさらりと当たり前に言ってのける。
嬉しさで笑顔にならない男などいないだろうと感心し納得もしながら、

「僕も君がマイ・ヒーローだってことは変わってないからね、楓。」

真面目に言いつつ頭を下げる。楓はそんな彼に一歩踏み込むと
弛められたネクタイを片手で鷲掴み、彼をぐんと引っ張り寄せた。
大した力でもないが、バーナビーは予想外だったのか前のめりになり
少し驚いた瞬間に唇を奪われた。元ヒーローとしては不甲斐無い図だ。

「もちろんよ!私があなたを護ってあげるって約束したんだもの。」

ぱっと押し付けた唇を離すと自負を込めた宣言を彼に再度贈った。
いつだったか、彼がまだ楓を幼くて可愛い天使としか見ていなかった頃に
清々しくきっぱりと彼女はバーナビーに告げたのだった。驚き、そして

「僕はすっかり参ってしまって・・その時から君はマイ・ヒーローなんだ。」
「あの時はまだ子供だったし、ホントは生意気で図々しいと思わなかった?」
「ちっとも。あれから・・どんどん君に惹かれていって今へと至るわけだ。」
「そういえばバーナビーは最初は今みたいにごく普通だったけど・・」
「何のこと?」
「口調よ。パパに紹介してもらってから、つまり再会してからはずっと・・」

バーナビーの丁寧語は彼らしいが子供に対しては普通しないもの。
礼儀正しいというよりは他人行儀と楓は感じたが口にはしなかった。
当時は遠くから憧れるファンの一人でもあったし、初恋の対象でもある。
勇気を振り絞って近付いていっても彼は一向に言葉使いを改めなかった。
そのことに少しだけ寂しい想いを抱いていたのだ。そして15で告白し、
17でやっと付き合い始めた。しかしそれでもまだ彼は丁寧語のままで

「ねぇ、どうしていつまでもそんな他人行儀なの?バーナビー!?」

痺れを切らし長い間気になっていたことを明かすと彼は意外そうな顔だった。
楓が気になるならと改める努力はしてくれたがスムーズに切り替えられずに
何度も注意されて結局足掛け2年ほども掛かったというのんびりした結果だ。
その間に数多のファンが抱いていた彼のアイドル像はすっかり為りを潜めた。
とはいえ楓は決して落胆はしていない。寧ろ彼が近付いたようで嬉しかった。

「でもそうね、私が天使じゃなくなったなんて至極当然のことよね。」
「え、どうして!?」
「私あなたに生意気に好き勝手言ってたくさん困らせたりしたし・・」
「そんなことないよ、楓。」
「いいのよ、わかってるから。だけどあなたのこと今でも愛してる。」
「楓・・・」

背の高いバーナビーは泣きそうな顔になって楓の肩に金の髪をふわり落とす。
すると楓は下から両腕で彼の頭を抱きかかえるようにしてよしよしと撫でた。
歳も背もうんと離れた彼であるが、その時はまるで子供のように少女に縋った。

「あなたがとっても感激屋さんで泣き虫なところもね?」
「うん・・僕だって愛してる。」

小さな呟き。誰もが憧れるヒーローも彼女の前では形無しだ。それでも
充たされない想いや運命に翻弄され続けた彼の安らぎや幸福、全てがそこにある。
小さな少女を抱き締め、温かなキスを贈るバーナビーは満ち足りた顔をしていた。

「けど・・どうして今日はご機嫌斜めだったの?本当にシャツのせい?」
「・・・言わないとダメ?」
「益々気になるなぁ・・?」
「今日の夕方のヒーロー・TV・・綺麗なインタヴュアーだったわね。」
「え?・・そ・うだっけ?」
「ものすごく胸の開いたドレス着てアピールしてたブロンド美人よ。」
「ああ、そういえば・・もしかしてジェラシ・・」
「あーもー!シャラップ!ちょっとだけよ、ほんの少しだけっ!」

頬染めて眉を吊り上げていても可愛らしさが増すばかりの告白だった。
エキゾチックで誰が見ても美人だと彼が諭すように常日頃訴えていても
楓は出逢った頃からのコンプレックスを何年経っても手離せないでいる。
東洋人は幼く見られるということや、歳がかなり下でもあるという事実、
加えてスレンダーで整った体型であるのだがバストサイズは迫力に欠ける。
などなど、バーナビーにとってはどれも気にする必要皆無の理由なのだが。
けれどそんな理由で嫉妬してくれる彼女が彼にとって破壊的に可愛いために
説得するのに熱意が篭らず、いつも彼女の腹立ちを収め切れないのだった。

「う〜ん・・ってことは今晩はサーヴィスしてもらえるってこと?」
「もうっバカっ!えっちなバーナビーなんて似合わないんだから!」
「イメージ通り僕は真面目で清潔です、失敬な。それにねぇ、楓?」
「・・なによ?」
「そんな僕のことも知ってるのは君だけってことだろ?!つまり。」
「当たり前でしょ!?私だけじゃないと絶対許さないんだから!!」
「それなら Everything will be all right,OK!?(万事支障なしだね)」
「悔しい〜!そういうとこだけ意地悪なんだからー!」
「男なら当然。」
「ばかーなびー!」
「バニーって呼んで?」
「呼ばないもんっ!」
「じゃあベッドの中で。」
「/////////ぜーったい言わないーーっ!!//////」


要するに今日も二人は幸せ一杯ということで。
シュテルンビルトから少し離れた郊外の夜が更けても
恋人たちの愛は街の灯りと共に温かく灯り続けるのだ。







単にいちゃいちゃしてるだけの話。ごめんなさ・・;
バニーと呼んで?ってのが言わせたかったんですv