「あなたは宝石より輝いてる」 


うっとりと夢見るような少女から囁かれた甘い言葉。
ありきたりの台詞と言えなくないそれでありながら、
他の誰が口にするよりも真実味を帯びて耳に心地良い。
神に愛された容姿、才能等を備えた男にとってもだ。

「ほんとに綺麗・・・きっとこの宇宙で一番輝いているんだわ・・!!」
「随分と持ち上げちゃって。台詞をそっくりお返ししたいですけどね。」
「貴方は聞き飽きてるかもしれないけどお世辞なんかじゃないのよ?!」
「それはありがたいと感謝するべきなんでしょうが・・気付いてます?」
「え?なんのこと!?」

少女が女の顔つきをして男に向ける視線へと注がれているもう一つの視線。
それは彼女の父親のもので、今にも弾けんとする爆弾を抱えたような形相だ。
その父の相棒を長く務めているバーナビー・ブルックスJrはぞっと身震いした。
愛娘と目が合うと、父親は瞳を潤ませて情けない父親へと一瞬で変貌した。

「お父さんったら何を堂々と見てるの!?遠慮ってものを知らない訳!?」
「そんな・・楓ぇ・・お父さんさっきから貧血状態で死にそうなんだよ?」
「ふ〜っ・・・そもそも父兄同伴のお付き合いっておかしくないですか?」
「楓に何かしたら俺が黙ってないからな!?例えバニーちゃんでもだ!!」
「こうなると常に会話が成り立たない・・・困ったものです。」
「お父さん、二人きりにしてよ。別に心配されるようなことしないから。」
「いやいやいや楓。男ってのはなァ、狼なんだぞ!こんな顔しててもだ。」

どんなに皆の憧れるヒーローだとて娘の前では親父でしかないという図式。
呆れつつも彼の真直ぐな想いに相棒のバニーは強硬手段が取れないでいる。
しかし哀れワイルド・タイガーこと鏑木虎徹は娘の楓から引導を渡された。

「そんなに私のことが信じられないの!?お父さんなんか嫌い!出てって!」
「かっ・・・楓っ・・・!?!」

打ちひしがれた相棒はとうとうドアの向こうへ退場させられてしまった。

「楓、あの・・ちょっと・・可哀想じゃあないですか・・?」
「あなたもお父さんを甘やかしすぎなのよ、バーナビー!!」
「・・・う・う〜ん・・・;」

楓は確かに出逢った頃より随分大人びて美しく成長した。しかし何年経とうと
彼女は虎徹の最愛の娘であり、楓を大切な気持ちはバニーにもよく理解できた。
歳の差もあって他の女性とはまるで違い、親同様に見守ってきたとも言えるのだ。
けれど確かにこのままでは埒が明かない。一生父親と同様という訳にはいかない。

「僕もいつまでも若くない。そろそろ男として接したいとは思ってますよ。」
「ホント!?じゃあ今日こそは子供向けじゃない大人のキスをしてくれる?」
「初めてでなくて申し訳ないんですが、それでも精一杯務めを果たします。」
「嬉しい!あ、でも私も初めてって訳じゃないわ、そういうの気にする人?」
「・・・・え?!」

それまでいつも通りクールに振舞っていた彼が、突然岩のごとく固まった。
珍しいものを見たといった顔で楓は背の高い彼を見上げ、上目遣いで窺う。
意外にも彼は”気にする方”だったのかなと小首を傾げつつ楓は眉を寄せた。

「や、すみません。気にしない、と言いたいところだったんですが・・意外で」
「ごめんなさい?だけど一人だけよ。他には今まで付き合った人もいないし。」

彼は冷静を装い”誰なんですか、その相手は!?”と聞きたいのをぐっと堪えた。
流石にそれを尋ねるのは大人気ないし、あまりに心狭く嫉妬深いのではないかと。
彼女の言うキスなど可愛らしいものに違いないと内心の動揺を抑えようと努力する。
それにしても子供の頃から見守ってきたのにそんなことをする存在に気付かなかった。
バニーはそんな神業をやってのけた男がいたことなど周囲からも一切耳にしていない。

「あのぅ・・”その”相手のことを・・お父さんは知ってるんですか?」
「は・・?ああ、キスした人のこと!?・・・多分知らないと思うわ。」
「でしょうね。そんな命知らずが生き延びているとしたら不思議です。」
「そんな大げさな。驚いたけどね?寝ているところをいきなり襲われて」
「なんですって!?どういうことなんです!キスだけなんじゃ・・!?」
「圧し掛かられて大変だったの。寝惚けちゃって人違いされたのよ・・」
「!っ!っ!??」

楓は軽い昔話のつもりでいたが、いきなり両肩を掴まれ怖い顔で迫られると
どういうわけか自分が浮気でもして責められそうになっているのかと疑った。

「ちょっとバーナビー、落ち着いて。もしかして怒ってる!?」
「ええ自分に対してかなり。何故それを・・いや言いたくなくて当然です。」
「んん?!何か誤解があるみたいなんで・・説明してもいい?」
「可哀想に怖かったでしょう・・楓がそんな辛い過去を・・・」
「ちがうちがうーっ!!お父さん!お父さんだからそれって。」
「はいいいいい!?何故実の父親が娘にそんなことをっ!??」
「寝惚けてお母さんと間違えたの。驚いたしヒゲが痛くてイヤだったのよ。」

てっきり娘が可愛いあまり無理に奪ったのかと勘違い、嫌な汗を拭うバニー。
殺意が芽生えるところだったと、慌てて腹立ちを紛らわす為に息を吐いてみる。
しかし楓の初めてを奪ったことに違いないのでは!?との不信感も湧きあがる。
真相を告げても一向に険しい表情の消えてなくならない彼に楓は不安な表情で

「お父さんを許してあげて?お母さんを呼んで泣いていたの。だから・・」

楓は母を想って縋った父を責めることは出来ず、本人に打ち明けずにいたのだ。
なのでファーストキスは未だ経験無しと虎徹の方も思い込んでいるらしかった。

「・・・しょうがない。父親からのキスなら・・ノーカウントです。」
「そうでしょ!?ちょっといつものとは違っていたけど、いいよね?」
「え・・そんな濃厚なのされちゃったんですか?あの馬鹿親父っ?!」
「今、なんだか酷いこと言わなかった!?バーナビー!??」
「いいえ。言ってませんよ。」
「そう?・・聞き間違えたかな?」
「それより身内以外ではあなたは誰も他にそういうことはなかったと。」
「ええジャパニーズで習慣がないし、あなたが・・私の初恋ですもの。」
「はぁ・・そうですか。やっぱり。」
「カウントしていいなら初恋もお父さんだけど、よくあることでしょ?」
「勝てないなぁ・・けど負けるつもりもありませんから。」
「嬉しい。大好きよ、バーナビー・・これからもずっと。」
「僕もあなたの全てを・・愛してます、楓。」


ドアの向こうで何かが壊れるような烈しい音がしたが、二人は敢えて無視した。
これ程年下の少女とのキスはバニーにとっても初体験で予想以上に緊張を覚えた。
軽く触れる程度で挨拶と大差ないものでありながら、背中に冷たいものまで感じる。
それはドアの外から送られてくるよく知った男の呪詛のせいかもしれなかったが。
ティーンエイジャーでもここまで慎重ではありえないけれど、ある意味仕方がないと
『楓命』と体に書き込まれているようなバディを思い浮かべて溜息を落とすバニー。

「あなたとのお付き合いは僕にとっても特別にならざるを得ません。」
「ごめんなさい・・それはもう・・わかりすぎて辛いかも;」
「大丈夫。だからといってこんな僥倖を手放したくありませんから。」

幼い頃から憧れたキング・オブ・ヒーローが、今眼の前で自分だけを見つめている。
頬染める楓は”夢のようなのは私の方よ”と囁き、彼女だけのヒーローを微笑ませた。

「・・あのでも・・ドアがさっきからガリガリと変な音立ててるのがちょっと」
「気になりますね。僕も落ち着かない。どうしましょうか、彼・・」

憎めない父であり相棒を見えない扉の向こうに見詰め、途方に暮れる楓とバニー。
ファーストキスに漕ぎ着けるまで出逢った頃から数えればかれこれ5年。長かった。
当初、楓は子供で距離を置くのは案外容易でもあったが苦しい時間でもあった。
いつの間にかすっかり心奪われた齢若いレディを前に、バニーも真剣に思い悩む。

「・・僕は近頃はあなたの前ではまるで10代のボーイのようでね・・」
「今でも出逢った頃のままじゃない、バーナビー。頼もしさは増したけど。」
「ありがとう。つまり余裕がなくなってるんです。こんなに綺麗になって。」
「う、うん・・とってもうれし・・やっぱり場所を変えましょうか!?」
「そうですね・・・虎徹さんっ!?」

「うわあああああああんん!!何処行くの!?お父さんもついてく〜っ!!」

哀れドアは能力によって破壊され無残な姿に。齢を重ねても彼はヒーローなのだ。
もういい年なんだからと誰に言われても亡き妻と娘の為、あり続けてきた姿・・・
そのはずなのだが、かっこよさはどこへやら。今はまるで悲劇のヒロインのよう。

「お父さん、あんまりがっかりさせないでよ!?」
「許してください。楓は必ず幸せにしますから!お義父さん!」

二人揃って虎徹の前に跪き許しを請うと、彼は楓とバニーを抱きかかえるようにした。

「幸せになんて当たり前だろうがよ〜!二人共・・俺の大切な・・宝物なんだから。」
「お父さん、幸せでいましょ、皆で。勿論天国のお母さんもよ。」
「そうですよ、あなたが哀しんでいたら僕達幸せになれません。」
「かっ楓っ!バーナビー・・!」

彼らは顔を見合わせ、潤んで宝石のように輝く瞳を交差すると微笑みを浮かべた。

「・・・ちょっと待ってバニーちゃん。今、プロポーズ・・しなかった・・?」
「あ。ええ、どうせならそれからと思いまして。手は出してませんよ、未だ。」
「あ、バーナビー!?それって・・」
「嬉しいのか、楓・・・はぁあああ・・畜生、もってけよ、ドロボー!!」
「人聞きの悪い。もっていきません。楓はずっとあなたの娘でしょう!?」
「お父さん、私たち本当の家族になるのよ、素適じゃない!」
「そう・・か。お前が俺の息子になるんだ・・・なんだ、最高じゃねぇ?」
「よかったね、お父さん。そのうちもっともっと増えていくんだからね。」
「楓さん・・・大胆な;いいんですか、そんなこと言って;」

「お前ら・・やっぱ親父の前でいちゃつくんじゃねえええーーーーっ!!!」


楓とバニーが当たり前のようにいちゃいちゃできる日はいつ頃訪れるのだろうか。
市民の平和を守るのが仕事のヒーロー達も、自分達のことは中々難しいようである。







難しい!コメデイタッチにしたかったんですが・・成功した感がありませんv
けどタイバニで楓兎が書けて嬉しいvvvもっと書いていいかしら・・・?