たった一本の



凍える夜を知っている
氷よりも冷たい夜を
だから一本のろうそくの温かさを
誰よりも知っている 命の儚さも

人の手の冷たさを知っている
叩かれ傷つけられる痛みを
だから一本だけの腕の優しさを
誰よりも知っている 妖怪の腕を

私の持っているたった一つの命を
ろうそくのように灯したいと思った
風に吹かれても耐え抜き全てが煤になるまで
その逞しい一本の腕を護るため
この儚い命でできること全てを

一つだった腕が二つになったとき
不安になった 私は支えきれるだろうかと
その腕がこの命を求めてくれるなどとは思わず

「私を護る一振りの刀となれ」

刀になるのは難しいと正直に伝えた
ろうそくにならなりたいと告げてみた
その身に感じてもらえる小さな灯に

「おなじこと」

よくわからない私に命預かると誓った
この命の灯を消えるまで護り続け
燃え尽きた後はその胸で灯してくれると

そうすれば私をずっと感じていてくれますか
黙っているのは肯定であり私には充分だった

きっとたった一本の温かさを知っている
人ではなくとも 生きるものとして
凍えたことがあるのだろう 毛皮では足りない凍えを

「りんは護り刀となるのだよ」

その妖怪と再び旅立つとき 知らされた
私はそうなのだと ろうそくであろうとおなじこと
それさえあれば 凍えることも心を殺すこともない

「たった一つでいいのですよね」
「そうでなければならんのだよ」

私はその妖怪の嫁になり これからもその腕を護る
たった一つしかなくてよかった 私はそう思った

この世に私は一人しかいない りんという器の
愛した妖怪も他には存在しない 殺生丸という
一本の腕で私の命を救い 一つしかない心をくれた



この世は寒くて痛くて辛いことばかりだった
たった一本の腕が 何もかも変えてくれた

たった一つのこの命が その妖怪を護っている
この世に生まれおち これ以上の喜びを知らない