「確かめる」



私は今とても困っている。おろおろとみっともなく。
周囲には頼りになる女性がたくさんいらっしゃるのだけれど、
打ち明けるのが恥ずかしくて、どう尋ねていいかと迷うのだ。
昔、溜息を吐くと幸せが逃げるんだよ?と邪見さまに言ってた私。
何もわかってなかったんだな、とこの頃感じる。私は子供だった。
殺生丸さまのことを好きなことに変わりはない。けれど・・・
殺生丸さまも変わられたのではないかしら?そう思える。
あんな風に見つめたり、私に触れることを躊躇われたりなんて、
思い返してみるけれど、どこにも思い出せないからだ。

いつだったか、口付けの意味も知らなくて殺生丸さまに訊いた。
教えてくださったのは言葉ではなくて、柔らかな唇の存在だった。
そして大人になる方法は誰にも尋ねるな、と私におっしゃった。
だからそのことは尋ねたりはしない。私が知りたいのはそうでなく、
どきどきして抑えきれないこの気持ちをどうすればいいのか。
どこまで甘えていいのか、などなどの自分自身のことばかり。
殺生丸さまの望まれることならばなんでも従う。ずっとそう思っていた。
私は命ごとぜんぶ殺生丸さまのものなんだから。そう単純に信じていた。
だけどこれから私の選ぶことは、殺生丸さまを困らせるのではないだろうか。
果たしてこのまま望んでいいことなのだろうか。私の望みは・・・
これまでのように殺生丸さまに委ねてしまっていいことなのか。


「殺生丸さま。」
「なんだ」
「あの・・」
「・・・?」
「りんは人間です。」
「そうだな。」
「殺生丸さまよりずっと早く大人になってしまいます。」
「そうだろう。」
「こんな風に撫でていただけるのも今だけですよね?」
「何故だ。」
「ずっと一緒にいたいと思ってきたんです。」
「・・・・」
「けれど一人前になれば・・あっ・・!!」
「他に男を見つけたのか?」
「は?いいえ、なんのこと・・?」
「もう私の傍にいたくないと聞こえた。」
「そんなことありません!」
「では何故だ。」


私の腕は掴まれてじんじんと痛んだ。けれどそれよりも、
殺生丸さまがまっすぐに私を見つめる目が痛かった。
胸に突き刺さり、否応なく激しい感情が流れ込んできた。
迷っていることなど隠し切れないのだと私は悟った。

「殺生丸さまのことを・・ただ今まではすきだと思っていたんです。」
「そして気付いたか、私とは同じく生きておられぬと。」
「違います。愛していると気付いたのです!あなたのことを・・・」
「な・・」
「一緒にいたいのは変わりません。一生変わりません、だけど・・」
「りん。」
「はい。」
「私に愛されたいと望んだのか。」
「・・はい。」
「ならば迷う必要はない。」
「待っていた。私はそれを。」
「・・え・・?」
「待ち続けていた。」
「私を・・」
「そうだ。おまえが人のものになり、朽ち果てたとしても待っていただろう。」
「殺生丸さま!?」
「気付いたと言ったな?」
「は、はい・・」
「それはもう愛していたということか。」
「はい、いつからかは・・わからないけれど・・」
「それはよい。私は・・昔、おまえの命を拾ったときからだ。」
「!?」
「私も遅かった。おまえをこの手で救えないと知ったとき気付いたのだ。」
「あ・・」
「愛している。」
「・・・」
「いくらでも確かめるがいい。」
「・・・」
「その答えのほかはない。」
「・・愛しています。私も・・」

涙が綺麗なお着物を汚すのも構わず、私は飛び込んだ。
ずっとそうしてはいけない気がしていた、その場所へ。
思っていたよりもずっと・・・熱い鼓動がうれしかった。

「・・ごめんなさい。」
「何がだ。」
「迷ったりして。」
「もうよい。私も・・」
「・・?」
「大人げなかった。ゆるせ。」
「殺生丸さまが・・謝られるなんて・・」
「私から逃げるのかと、かっとなった。」
「ちっとも悪くないです、うれしい。」
「・・・」
「男の人としてもすきだと・・知られるのが恥ずかしくて・・」
「・・・」
「どうしたの?!殺生丸さま?」
「・・・・いや・・」


私はこのとき、ほんとうにわからなかったのだ。とても申し訳なかった。
後になってわかった。あのとき殺生丸さまは嬉しくて照れていらしたの。
それなのに不安に感じた私は、どうしたのかと随分尋ねてしまったのだ。
言えなくてとても困っていらしたのに。ごめんなさい、殺生丸さま。

「恥ずかしかっただけか?」
「はい・・なんだかとっても恥ずかしくて誰にも訊けなくって・・」
「私がおまえを想うことは・・」
「うれしいです。子供のように想われてるのかもしれないと不安でした。」
「子など持った覚えはない。」
「はい、よかった。私、女でよかったです、殺生丸さま。」
「・・・・」
「殺生丸さまのお子が生めるかもしれないですもの。」
「・・・・」
「殺生丸さまっ!?ああっどうなさ・・また!!??」

ああ、恥ずかしい。今思い出すと顔から火が出る。
深く考えずに口にした言葉だった。子供だなんて・・
どうすれば子供が生まれるかということはまだよく知らなかった。
だから、それこそ子供のようにあんなことを言ってしまったのだ。
幸いそのことで殺生丸さまは不愉快に感じられたわけではなかった。
あまりに明け透けな私に驚かれたのと・・やっぱりうれしかったのですって。
でもそれからも殺生丸さまは私に触れることを途惑っておられた。
どうして遠慮されるのだろうかと不思議に思い、とうとう楓さまに尋ねた。


「楓さま、どうして殺生丸さまはお困りになるんでしょう?」
「そりゃおまえ、経験がないからじゃ。大事にしたい女など初めてなんじゃろう。」
「あ、そうか。お優しいからなんですね?!」
「・・・まぁおまえがそう思うならそれでよいが・・」
「そうかぁ・・遠慮なさらないでとお願いしてみます。」
「おまえに嫌がられたら、あやつ息を止めかねんから、気をつけよ、りん。」
「えっそんな!?・・ど・・どうすればいいんですか!?」
「気長でおればよいよ、急がんことだ。」
「難しいものなのですね、男女というのは・・」
「それはちっと違うよ、りん。あやつはな、・・晩生なだけじゃ。」
「晩生?それっていけないことなのですか?」
「似たもの同士ということじゃな。はは・・」

楓さまはそうおっしゃって、楽しそうにお笑いになった。
言われた通り気長でいよう。殺生丸さまが何をされてもされなくとも。
傍にいられるだけでも幸せなのだから。殺生丸さまのことをもっと知って・・
大切に想ってくださる分、私も想い続けよう。いくらでも確かめてよいのだ。
なんという温かな気持ち。心があの空のように広く澄み渡っていくようだ。

「愛しています、殺生丸さま。これからもずっと。」

またそう言わないと。また困ってしまわれるかもしれないけれど。
でも、わかったのだ。喜んでおられるのだと。なんていとおしい・・
私にゆっくりとまた触れてくださる。気持ちは抑えなくていいと教わった。
だからこれからも二人で・・確かめ合えばいいのだ。