旅立ち



まどろんでいると ふと視線を感じた
ゆっくりと顔をあげ そこへ目を向ける
見た事のない女が こちらを見詰めていた
なぜここにいるのかと疑問が湧く
ここは自室で誰にも足を踏み入れさせたりしない
父以外は入れぬはずだ なのになぜ?
「おまえは何者だ」向き直って問うた
すると女は恥ずかしそうに俯いた
ふと己の姿に気づく 何も着ていなかった
いつも寝る必要はないが、気が向いて休むときはいつもそうだ
眉目秀麗な姿 まだ幼さが残るも人目を引く  
艶のある眼差し 父には及ぶまいが強大な妖気
彼は西国の王を父にもつ妖 流れる銀の髪を煩そうに後ろへやり
掛けてあった着物をはらりとまとうと 再び尋ねた
「おまえはなんだ」「なぜここにいる」
眼に少々殺気がこもる 彼は父と違い慈悲無き妖
だが女は首をかしげ答えない
苛苛として睨むが女は一向に怯まない
私の妖気を感じぬのか? 内心驚く
「おまえ、名は?」興が湧き知りたくなった
しかし女は答えるかわりにつと微笑んだ
その微笑は彼には初めての邪気の無い微笑み
親しげで暖かくまるで心を溶かすようだ
妖の世界にこのようなものは居らぬ
そして急にそれが人間の女だと理解し愕然となる
なぜこの西国に人間の女が・・・!?
それでもその女が妙に己の気を惹き怪訝しんだ
突然何かに呼ばれたようにはっとして女は振り向き
名残惜しそうに殺生丸に視線を投げると去ろうとした
「待て!」引き止めたが女はかき消すように去った
残された香りは殺生丸の鼻にひどく心地よく
まるで癒すかのようだった 「何者だったのか」
だがもう女の気配は跡形も無く静まり返った部屋
残された殺生丸は突然現れて己に浴びせられた視線を思い出し
記憶の端に刻んだ
父の元を離れ 西国を旅立つ日の朝の出来事だった




りこさん(梅吉さん)へ捧げ物です。(殺生丸が旅に出る頃のお話)
このお話の元になったいただきものの絵はGIFTからご覧になれます。