(6)出立  



 夢のような刻に浸っていた二人のところへ近づいて来る者がありました。
 「殺生丸さま〜!りーん!」
 「あ、邪見さまの声だ。」
 りんより早く匂いで察知していた殺生丸はりんを抱く手を名残惜しげに緩めました。
 ようやく見つかったとばかり駆寄る従者は安心した様子。
 「お探ししましたぞ〜!こちらにおいででしたかー!?」
 「りん、おまえはほんにもう、殺生丸さまを煩わしおって!」
 「邪見」
 「へっ?!」
 殺生丸からいつも邪険に扱われている従者が驚きの声を上げました。
 主が珍しく優しげな声で呼ばわったからです。
 見ると主はいつもの無表情に僅かな微笑みさえ浮かべているように見え、
 邪見は背筋が寒くなるのを感じました。
 「は、はい、何か・・・?」
 「しばらく暇を与える。」
 「な!?い、いったい・・わし、何か粗相を致しましたか?!」
 「その間に用を済ませろ。」
 「は、はい。(良かった〜!クビになるんかと・・・!)何でしょう。」
 「居を構える準備だ。」
 「は?」
 「住処を探せと言っている。」
 「あのう殺生丸さまのお住まいってことで?・・・どちらに?」
 「適当に探せ。住まうのは私とりん。おまえは好きにしろ。」
 「はあ・・・・なんかまるでりんと所帯を持たれるみたいですな。」
 「わかったのならさっさと行け。」
 「え・・ええええええ?!そうなので?!あ、あの西国の方へはなんと?」
 「要らぬ。放っておけ。」
 「そ、そんな、宜しいので?!」
 「殺生丸さま、お家に帰らなくていいの?」
 「元より帰るつもりはない。」
 「それでどこかにお家造るの?」
 「そうだ。」
 「あの・・・りん、殺生丸さまのお嫁になるの?」
 「そうだ。」
 「一緒に暮らせるなんて夢みたい。でもお嫁さんて何すればいいのかな?」
 「好きにすれば良い。」
 「おまえ、大丈夫か?!ちゃんとわかっとるんか?!」
 「うーん・・・邪見さま教えてくれる?」
 「教えるのは私だ。邪見!」
 「は、はい。ではご用承りました。行ってまいります。」
 「さっさと行け。」
 殺生丸の”立ち去れ”との無言の圧力に押され、邪見はその場を後にしました。
 「りんはまず何をすれば良いですか?」
 無邪気に見上げる瞳は信頼と愛慕に満ちていて殺生丸は離していた手を伸ばし、
 胸に再び抱き寄せると甘い衝撃は全身を襲い、行為とは裏腹に締めつけられるようで。
 りんは心地よさそうに目を閉じて「殺生丸さま、大好き・・・」と囁きました。
 声は痺れを伴いながら殺生丸を支配し、溺れそうな歓びに包まれて行きます。
 りんの小さな顎を捉えて触れた唇からは溢れる光が流れ込むようでした。 
 「まずは・・・」
 「?はい。」
 「私と・・・」
 りんは何と言ったのかわかりませんでしたが、お互いの熱が二人の身体に宿ると
 細い手で殺生丸をしっかりと支え、覚悟に似た出立の時を感じるのでした。
 ”殺生丸さまは寂しかったのかしら?りんはいつも傍に居てあげるよ”
 殺生丸は身体が弾け、今にも爆発しそうなほどの愛しさを持て余していました。
 ”まずは鎮めてくれるか、私を・・狂おしい想いを”               
 殺生丸とりんの二人で刻む、想い交える日々の始まりでした。