風と桜と



続く重い天気の隙間から咲いた花びらに
春と呼ぶにはあまりに冷たい風が吹きつける
舞い上がり、路に落とされた花弁の模様は
泣きはらした後のような切なさが張り付いていた


ぐるぐると纏わりつく風が
髪や頬に花弁を押し付けていく
庇うように閉じた目にも
覆い隠すようにした顔にさえ
風は吹き付けては撫でていくのだ
あの日唇に残った感触もまた
その感覚にとても似ていた
通り過ぎた後にそっと目を開けると
変わらない空と忙しない雲が流れる
呼ばれたような
呼びかけに答えたかのような
過ぎた風は思いのほか優しくて
ぼんやりとただその行方を見つめた


「はぐちゃん!」
「あゆ」
「ここに居たの。良かった!」
美しくて優しいともだちは安堵の溜息をついた
「寒くない?ね、あったかいミルク飲もうか。」
「うん、飲みたい。」
自然を装って微笑んでみて失敗する
「一緒にあったまろ。」
ともだちは春の女神のように優しく微笑んでくれた
嬉しさと済まなさの混ざったままの私に手を差し伸べて
「帰ろ。」と言ってくれる
「ありがとう、あゆ。」
「やーね、一緒に飲みたいのよ。」
「うん」
これ以上望んだらバチが当たるだろうか
春の女神の傍に風は吹いて来ない


行方は知らなくても良かった
同じところをみていたから
どこかで交差するかもしれない気がしてた
おそらくどこか知らない場所で
でも私はそこへ行けないかもしれない
そう思うと心は焦りを知った
花の季節は過ぎようとしているのだ
めぐりくるのを待つのはあまりに遠かった


小さな手の指を握りしめようとした
冷たい指はそれを拒んだようだった
どうしてそんなに耐えているの
何もかも曝け出して泣き喚かないの
私にはしてあげられることは少ない
一緒に居させて、春が過ぎてゆく間もずっと
神さま、どうか暖かな風をください
雄々しい人に光をください
あのひとのような優しさを私に


風と桜とあのひとが
攫ってくれるといい
風と桜とあなたに
春の居場所を教えて欲しい







「ハチミツのクローバー」からです。
傷を負ったはぐちゃんが彼を呼んでいるような気がして
でも再会は何をもたらすのでしょう・・・