束縛 



例えば、村に住むのであろう若い男の匂い、
或いは、僅かずつ身から滲み出るようになった女らしさ、
知識や風習を知り、人らしく落ち着いてゆく様、

どれもこれも予想していたことでありながら、
何れもが忌々しく、浅ましく、胸の内を攻め立てる。



りんが楓の村に預けられて幾つかの季節が過ぎた。
足繁く様子を見にやってくる預け主はこのところ機嫌が良くない。
変わらずに主を慕うりんはそのことを気に病んでいた。
会った日は嬉しくていつものように村での話をするりんに、
主はあからさまに不愉快な顔を見せたりするようになった。
優しさに変わりは無く、嫌われたようにも感じられないのだが、
自分の行いや所作がそうさせるのかと思うとりんは不安を覚えた。

「りんや、何か悩んでおるのなら話してみなさい。」
「あ、楓さま。私は悩みなんてありませんよ。」
「殺生丸と会った翌日は必ず浮かない顔だ。誰にでも想像はつく。」
「えっ・・そうですか?それは・・お別れの後は寂しいから・・」
「近頃はそれだけではあるまい。あやつお前に何か?」
「いつもと変わりなくりんの話を聞いてくださってます。」
「なら何を煩うことがある?何もない訳はなかろうて。」
「はぁ・・でも特に何もおっしゃらないですし。」
「一つ当ててやろうか。お前昨日は先日の祭りの話をしただろう?」
「はっはい、楓さま。しました!」
「その話を聞いて大方あ奴は機嫌を悪くした。違うか!?」
「どうしてそんなことがわかるのですか!?巫女のお力・・?」
「まさか、誰にでもわかることじゃよ。しょうのない男じゃの。」
「殺生丸さまはそんなことありません。」
「ああ、悪かった。しょうのないのは皆同じだよ、妖怪であろうと男はな。」
「・・・どういうことですか?」
「なに、妬いておるのだよ。」
「・・・”やく”・・って何を・・?」
「嫉妬、所謂やきもちじゃな。」
「やきもち・・って、殺生丸さまが?誰にですか?!」
「このところお前が誰彼なく優しくされたりするのが煩いのであろうよ。」
「あの・・でもそれは昔から・・」
「若い男共に限ったことじゃよ、りん。お前に虫が付かぬかと心配なのさ。」
「ええっ!?まさか、そんな。」
「男の話をせんことだ。しかし変に隠しても疑うか・・」
「そういえば匂いがするので、誰と一緒に居たかとか聞かれたことがあります。」
「そうか、鼻が利くと余計な邪推もするかもしれんな。やれやれ。」
「殺生丸さまが・・・やきもち・・」

人としての暮らしにも慣れ、大方の知識も身に付いた。
「嫉妬」という言葉も理解しているつもりのりんだったが、
その知識を主に結びつけるとなると、どうにも腑に落ちない。
おまけにその通りだとするならば、益々わからなくなる。
次に会うときに伝えなければとりんはとあることを密かに決心した。

ほんの数日後、空を駆け抜けて妖怪はりんのいる村へ降り立った。
それを察知したりんは、いつもの小高い丘で手を振って待っていた。

「殺生丸さま。」

りんの再会を喜ぶ声に妖怪は無表情ではありながら、ほっとしたように見えた。
大事な娘に変わりないことを既にその鼻で嗅ぎ分け安堵したのかもしれない。
しかしりんの顔から何か言いたげだと悟ると、ほんの僅かに眉を動かした。

「・・どうした?」

不思議なことに、りんの様子から殺生丸は色んなことがわかるのだ。
そしてそれを良く知るりんだからこそ、今回のことが腑に落ちなかったのだ。
しかしいくら鼻の聞く大妖怪であろうと、伝えねばわからぬこともあるだろう。
殺生丸から尋ねてくれたことに勇気を得て、りんはゆっくりと口を開いた。

「あ、あの・・殺生丸さまはりんが大きくなったらまた旅に連れて行ってくれますよね・・?」
「・・・おまえが望むならば。」
「ありがとうございます!良かった。待ってます、りんはずっと。」
「・・それが訊きたいことか?」
「殺生丸さまが私と村の人とが仲良くなると心配される、と聞いて心配になったんです。」
「くだらん。」
「そうですよね!?良かった。・・まさかと思ったんですけど。」
「・・りん、琥珀に会ったな。」
「え?・・あっはい!」
「まだ間もないだろう。誤魔化しはきかん。」
「ごまかすなんて。今朝お仕事の途中で寄ってくれたんです。」
「わざわざここを通ってか。」
「ここにお姉さんとお義兄さんたちがいらっしゃるからでしょう?」
「おまえに会う必要はないだろう。」
「・・でも・・」
「会いに来られて嬉しいのか。」
「ええ、それはもちろん・・」

りんが微笑んでそう答えるのを遮るかのように、殺生丸は片手でりんを引き寄せた。
突然のことにりんはわずかにだが抵抗してしまった。見上げた先には不機嫌な顔があった。
切れ長い両の眼の深い色をした瞳がりんを射るかのように見つめているのに気付いた。

「あの・・りんは何か・・いけないことを言いましたか?」
「何も言っておらぬ。」

抱き寄せられている肩が少し痛いと感じたが、耐えながらりんは考えた。
けれど、何がいけなかったのかがわからない。その上抱き寄せられて胸まで痛み始めた。

「殺生丸さま・・離して?」
「私が触れるのが不快か。」
「そうじゃなくて・・胸が苦しいの・・」

りんは心細い表情であったが、嘘偽りなく言った。
殺生丸の険しかった視線がその言葉とりんの様子に緩やかになっていく。

「おまえは何も案ずるな。私にはわかっている。」
「はい・・りんは殺生丸さまのものだから・・・」
「・・まだ私のものではない。」
「ううん、命をくださったときからずっとそうなの。」
「・・・・ならば忘れるな、おまえは私のものだ。」
「はい、殺生丸さま。」
「いっそ誰にも微笑むな。・・煩わしい・・」
「殺生丸さま?笑うなって言ってるの?」
「これは命令ではないから聞かずとも良い。黙っていろ。」
「はい・・」

りんの肩に頭を乗せるようにして殺生丸はしばらくの間りんを抱いていた。
もう痛みはなく、その穏やかな主の作った檻のなかでりんは幸福を感じていた。

”いっそこのまま・・閉じ込めててくださればいいのに・・”

自分も主に習って瞳を閉じ、身を預けたままのりんはそんなことを思った。
その思いが届けばおそらくは叶えられるのだが、そのときのりんにはわからない。
大切な少女を包んだまま、殺生丸は長いこと己の想いの強さに打ちのめされていた。








久しぶりに書くと甘さが増します。私の場合このことは確実かと!(^^)