*Sign of wish*
〜兆し〜




手元に置いて大事に見守ってきた花は
毎日わずかに変化して見守る者の心をくすぐる
我が望みは必ず叶えられる
そしてそこからがまた新たなる旅立ち


幼い頃から無邪気であった少女りん
妖怪と共に生きると誓い手元にあった人間の娘
その妖怪に対する思慕は変らず真摯なものであった
しかし出会ってからはや数年、少女は少しずつ成長していく
その笑顔はあどけなさを残して毎日変化していた
おそらく毎日飽かず眺め見守る妖怪の眼には
じれったくもその僅かな移ろいは心を癒すものでもあった
匂いも表情も手足が伸びるようにしなやかに美しく
その未来におおきな期待をもたせるだけの蕾を確かにもっていた
そしてその心のうちも段々と子供から先へと運ばれていった
「りん、殺生丸さまがお呼びだぞ。」従者の邪見もりんを見守る者の一人
「はあい、今行きます」その声もまた心地よく響く
「りん、もう遅いしな、用が済んだらさっさとお傍から退くのだぞ」
「うん。でもどうして?まだそんなに眠くないよ?」
「いいから、あまりお傍へも近寄るな。特に夜はな」
「だから、どうして?」
「うう、だからもう幼い子供でないのだから甘えてはならん。」
「一緒に寝ようとはもう願ったりしとらんな!?」
「してないよ。もとからめったに一緒に眠らないでしょ?」
「まあな。ほんに、苦労ばっかり増えるわい!」
「変な邪見さま」
りんは心の中で”そんなお願いできないよ。りんもちょっと変だよね・・・”
”邪見さまには内緒だもんね”ふうとりんは溜息をついた
きっとまた今日も”ナイショ”なことするかも
りんは少し不安げな顔になった。イヤではないが恥ずかしいというか
居心地がわるいというか・・・思案しているともう殺生丸のところへ着いてしまった。
「どうした」よく響く主の声にびくっとして顔をあげるりん。
「あ、ううん、なんでもないの。」「御用は?殺生丸さま」
「今日は何をしていた」
「あのね、今日はね・・・」尋ねられてさっきの不安はどこへやら。
りんはたわいもない日常を楽しそうに語り、聞いているのかどうか怪しい主は
じっとりんを見つめながら無表情だった。
話し終わると黙っていた主は「りん」と何かを含んだような声で呼んだ。
はっとして少し眼を伏せほんのりと頬を紅く染めた。
「あの、じゃあ、おやすみなさい・・・」
それはいつだったかまだりんが幼い頃殺生丸以外とは許されないとされた
二人の間だけの”アイサツ”で、りんは最近これが恥ずかしくてならなかった。
それでも無言の主の金の眼がじっとりんを見るので逆らえず、そっと傍へ顔を寄せた。
触れるとすぐに顔を退け、真っ赤になってうつむくりんを
平然とした主は表情には浮かばぬものの実に満足している。
いまだ触れることしか知らないりんの口付けにその先を教えるのを
いつにしようかと幸せな計画を頭に巡らしている、そんな風だった。
紅い顔を両手で抑えつつ、りんは急いで傍を離れた。
どきどきと煩い心臓の音、身体中が沸き立つような感覚、唇に残る感触。
りんは自分が病気なのかと疑ったりもするが、違うようにも思う。
”なんでこうなるんだろう?昔はなんともなかったのに・・・”
自身の変化に戸惑うりんはしばらくすると先程の熱が嘘のように引き、次に襲ってくる寂しさに途方にくれるのだった。
「やっぱり、りん、変だよね・・・」
しょんぼりと帰ってきたりんを心配そうな邪見が待っていた。
「おお、りん。戻ったか。」ほっとしたような声だった。
「邪見さま・・・」
「どうした?殺生丸さまの御用はなんじゃった。いつものように様子を訊かれただけか?」
「うん。それだけだよ。」りんは努めて明るく言った。
「そうか、しかしなんでりんだけ呼ばれるのか。わしにはそんなことお尋ねにはならんのに。」「それも最近夜じゃろう、まったく。」
「・・・いいじゃない、りんもう寝てくるね。邪見さま、おやすみなさい。」
りんはなんとなく邪見に不安もその原因のことも話さないでいた。
”そういえば、ここへ来たときからじゃないかな?”りんはそう思った。
しばらく前、奈落との一件に区切りがついたのを機会にりんは西国の殺生丸の館へ連れられてきた。
はじめはあれこれ驚きはあったもののりんはすぐに慣れた。
嬉しいことに以前より主とともにいる時間が増え、邪見の教育はやかましくなりはしたが
りんは綺麗に着飾ってもらったり、主と食事をともにしたりと贅沢と思える毎日だった。
ただ、時折、ふらふらと花咲く野辺へ帰りたいと思った。無性に懐かしいと。
大好きな妖怪は優しかったし、食べ物や寝場所の心配もない、何不自由ない生活なのに。
そしてそれと同じ頃から殺生丸の眼が気になるようになった。
何かを訴えるような、何かいいたげな、落ち着かなくなる視線。
そしてその眼に見つめられると胸がつかまれたようになり、切なくなる。
そして触れ合うことが恥ずかしくなってしまってどうしようもなかった。
主とならどこへ行くのも楽しかったはずなのに。ただただ慕っていたのに。
他に何も要らないと思ってついてきたのに。それなのに・・・。
りんは眠れずに起き上がって月を探そうと窓を開けた。
すると主の額と同じ形の月を見つけてどきりとした。
「・・・・殺生丸さま・・・」気づかずにつぶやいていた。


その頃同じように月を見ていた殺生丸はりんが呼んだような気がしてりんの居る方向の匂いを辿った。
「起きているのか・・・」
りんの居所は何時でも知れた。そして少女がいま何を思っているのかさえ。
蕾はゆるゆると解けようとしている。
己の望むとおりに、美しく。
飽かず眺めてはいまかいまかと、甘き予感に身を震わせ。
その兆しはお互いが待ち望むもの。何も怖れることはない。
りんはきっとそうと教えずとも花開く。もうそう遠くはない。
金に光る殺生丸の眼はりんの柔らかく暖かなそのこころと身体のすべて
この己の胸のうちに抱く日をいつものように描き出す。
少女もまた甘い予感を感じていつまでも月を見上げていた。
夜空は二人の想いを包みおぼろげな月の光で二人を満たした。