世界の始まり


   少女の眼前には世界が広がっていた
   果てしなく続くようで眩暈がするよう
   そんなこと思いもよらなかった
   新しい生命をもらうまで

   朝日がこれほど美しいと
   緑がどれほど清清しいと
   山も川も野も生き物も
   あるがままが愛しいと
   知ろうともしなかった
   生きることは苦しみかと思っていた

   世界はいま大きく変わり
   優しく自分たちを包み込み
   ここに在る幸せをかみしめる
   どうして気がつかなかったの
   こんなにすべてを愛せることを

  「はあ〜、今日はあったかいね、邪見さま。」
  「あったかくてきもちいいー!」

  「昨日は寒くて良い感じとかいっとったが?」
  「なんでそうお前は毎日幸せそうなんじゃ、ったく!」

  「? 幸せだからだよ。」
  「こうして殺生丸さまと邪見さまと旅ができて幸せ!」

     「やれやれほんに幸せなやつじゃ。」

     「うんっ!!」

  供の老妖怪の皮肉さえ嬉しいと感じそうなりんという
  少女は一度狼に噛み殺されたのだが老妖怪の主である
  銀の髪の美しい青年の姿をした犬妖怪の手によって
  再びの生をうけたのだった
  そして人を嫌う主がなぜかこの少女がついてくるのを
  容認し、いまでは庇護するほどに近しい存在になっていた

  「まったく気楽ですなあ、りんのやつ」
  「わしらの苦労も知らんといまいましい」

  共感などするはずもない主に愚痴をこばす
  いつものように無口な主と小さな老妖怪、そしてりんは
  今日も旅を続けて、ときに空を飛び、森を抜け
  あたりまえのように共にいた

  主の眼前の世界はなにもかわってはいなかった
  しかしいつのまにか共にいる少女が眼を輝かせ
  世界の素晴らしさを語るのでいつしか
  少女をこれほど喜ばせるのならどこまでも
  この儚い生命が尽きるまで世界をみせてやりたいと
  まったく深く考えずに思っていた


 「あなたと共にあることが世界の始まり」
 「おまえと廻ることが世界の在る意味」


 どこまでも広がる蒼い空を見上げて主とりんは
 満足そうな眼差しを向けていた