「誘い水」


”こんなご機嫌斜めな殺生丸さまって、珍しいなぁ。”
りんは暢気にそんなことを思いながら水を差し出した。
しかし一瞥するものの、物憂げに額に添えられた手は微動だにしない。
”要らないのかな?”りんは特に意外な顔も見せず手を引こうとした。
だが、その手首をすばやく殺生丸が掴んだのには少し驚いたように目を見開いた。
「殺生丸さま、お水こぼれちゃうよ?」
手に持った盆をどうすればいい?と見上げるりんは落ち着いたものだ。
ぐいと引かれて案の定水は盆ごと落ちて零れてしまい、「あ」と声が出てしまった。
気にも留めずにりんを抱き込もうとする殺生丸に対して、りんの抵抗は感じられなかった。
「どうしたの?」と落ち着いたりんの声が殺生丸の胸で響く。
「・・・何も無い。」ぽつりと返った返事にりんはくすりと微笑んだ。
不審に感じたのか、眉を寄せた顔で顔を覗き込まれるとりんはやはり嬉しそうにしている。
「何がおかしい。」
「ううん、良かったと思って。」
「何が良いのだ。」
「何も無かったのでしょ?」
「ああ・・・」
「だから何も心配要らないと思ったの。」
りんは殺生丸が自分に言いたくない嫌なことに耐えているのが嬉しかった。
何も無いとは言いたくないということなのだろうとりんは判断した。
安心したように身を任せ、甘えるように目を閉じるりんの様子に
「そうだな。」とだけ言うと殺生丸はまたりんを引き寄せ、その香を味わった。
不愉快な出来事も、面白くない思いもどこかへ消えうせ、心には落ち着きが戻る。
窓からは月が覗き、風が優しく二人に届いた。
「今夜は月が綺麗なのよ、殺生丸さま。」
「私を誘うのは月ではない」
赤らんだ頬に寄せた口元にはもう穏やかな笑みが浮かんでいた。






すわさんにBBSで描いていただいた絵から作ったものです。
GIFTの絵板へのいただきものページに展示してございますので
素敵なすわさんの兄を是非ともご覧ください!
すわさん、どうもありがとうございましたv