お伽話し〜その後〜




「なんじゃと?!り、りんを・・・りんを夜伽にと?!」
空中へと舞った邪見が帰り着いたのはもう半日ほど経ってからだった。
帰るなり主がりんに夜伽を申し付けたことが耳に入って仰天した。
「ま、まさか!りんはそんなつもりで連れて帰ったわけでは・・・」
「ですが、今宵よりお傍に上がられるとか。」
「?!・・・信じられん!りんは?りんは承知しておるのか?!」
「もちろんです。なんでもりんさまから志願されたそうです。」
「なんと!?あの馬鹿、きっと何も判ってなどおらんのじゃ!」
「ですが・・」
「いいや、わしは納得がいかん。殺生丸さまはどこじゃ?」
邪見は必死の決意を胸に主の所へ飛ぶように駆けつけた。
”殺生丸さまがりんを特別に想っておられるのは知っておる。しかし、”
”りんをそんな、そんな風に・・・慰み者などには!?”
幼い頃より共に居たことで邪見はりんの親代わりのような気持ちがあった。
りんには幸せになってもらいたかった。主とてりんが可愛いはずだ。
主がいずれ世継ぎを残すとなれば、人の子のりんがその大役をこなすには無理がある。
然るべき相手が選ばれれば、りんはどうしても不憫な想いをするだろう。
だから邪見は年頃になってきたりんがこれ以上のことを望まぬようにと、
距離を置くようにせねばならんと考えていたのだった。
「殺生丸さまとてそのくらいのことは判っておるはずじゃ。」
「りんとは添い伏しは叶わぬということを。」
「じゃが、もしやその願いが叶わぬならいっそ、と思われたのか・・・!?」
邪見は主の所へ近づくにつれて足取りが重くなっていった。
「・・・それほどにりんをお望みなのか・・・?」
辿り着いた主の元へと続く扉の前で佇む邪見は考えあぐねた。
「ええい、蹴り飛ばされてもかまわん!」
飛び込むように執務をこなす主の前に進むと邪見に気付いているはずなのに応えはない。
「あ、あのう、殺生丸さま。す、少しだけ宜しいですか?」
気弱な声で主に訴えると「何だ。」と声だけが返ってきた。
「その、りんを・・・りんのことを覗いました。」
「わしはその・・・りんには荷の重い事と存じます。」
「・・・」
「りんは確かに殺生丸さまを慕っておりますが、今回の要望は・・・」
「どいつもこいつも・・・」
「へ?」
「もうそのことは済んだ。」
「そんな、あんまりではございませんか!りんは、りんは!」
「煩い。」
「殺生丸さま?!」
「夜までに片付ける仕事で忙しい。出て行け。」
「聞こえぬのか?」
「はい?!って、殺生丸さま!」
「りんはいつもどうりだ。」
「は、はあ・・・つまりそのう、どういうことで?」
「・・・・」
これ以上は問答無用と無言で睨まれ、邪見は仕方なく引き下がった。
事情が飲み込めずに詳しく知る者を探した。
するとどうやら経緯はこうだった。
りんが「夜伽」を申し付かった。これは事実らしい。
それを聞いた城の者たちがこぞってりんの処遇に対して主に詰め寄った。
「あんまりでございます、お館様。りんさまは何もご存知ないですのに。」
「奥方さまとなさり、きちんとすべきではありませんか?」
「そんなやり方はりん様がお可哀想でしょう!」
「お子が出来ましたらなんとします?それからお披露目では格好が宜しくありません。」
「お館様のご意志を汲み、この地でどれほど皆が気遣い、お護りしてまいったと思うのです?」
「種族は違えど、美しいお心のままお館様をお慕いされておられるというのに・・・」
「お優しく、お可愛らしいりん様を、そんなだまし討ちするような真似!」
「男らしくございませんです!」
・・・といった具合に口々に責め立てた。
このときとばかりに好き勝手言われ、殺生丸が終いに切れた。
「りんは私のものだ。どうしようと構うな!」
りん付きの者などはおいおいと泣き崩れ、大変な騒ぎだったそうだ。
「結局、りん様に無体はせぬと仰せられ、やむなくそれをお約束されたのです。」
「はあ・・・不機嫌じゃったのはそのせいか。」
邪見はあんぐりと口を開け、そんなことになっとったとは、と呟いた。
「りん様はどうしても閨にてお話しをされたいそうなのでとりあえず、今宵から・・・」
「大丈夫か?!殺生丸さまが約束など、護られるかわからんぞ?」
「さあ、しかしそういったことはすぐに知れることですし・・・お館様もおわかりでしょう。」
「・・・そうかの? じゃが、皆はりんを殺生丸さまの添い伏しと思っておるのか?!」
「他の女は一切不要と仰せられておりますので、いずれはそうなるでしょう。」
「・・・皆それで納得しておるのか?りんは人間じゃのに。」
「いいも悪いもございません。お館様にこの地を今のまま捨ておかれるのは困ります。」
「・・・りんのことを認めてくれる者がそんなにおったとは・・・」
涙ぐみ、鼻をすする邪見は感動しているようだった。
「りん様は不思議な方、ここへ来られてから周囲の者も段々と変わりました。」
「そうか、そうか!」
「何せ、あの大妖怪を篭絡させた方ですから、他の者など簡単ですよ。」
「そうじゃな、わしとてもうあやつ無しの生活は考えられん。」
目を細める老妖怪は元気を取り戻したようで、説明した女妖怪も微笑んだ。
「それで、りんのやつは?」
「どんなお話ししようかと張り切っておられます。」
「話?」
「今夜閨にてされるお伽話ですよ。」
邪見は「そ、そうか。」としか言えなかった。
あの殺生丸の反応を想像するのが困難でむむ〜と腕を組んで考え込んだ。


そして、その夜。
「殺生丸さま、はい、横になってね。昔むかし、あるところに・・・」
「あ、だめよ、ちゃんとお布団着てね。おじいさんとおばあさんが・・・」
「ちゃんと殺生丸さまが寝るまでお話ししてあげるからね。」
にっこりと嬉しそうなりんの前で溜息をつく妖怪の姿があったとか。