追い風



とても風の爽やかな午後だったから
殺生丸さまも寛いでいて
私もなんとなく嬉しくてつい
甘えたい気がしたの
まるで風が押し上げたカーテンみたい
舞い上がりふわりと揺れた


「ねぇ、殺生丸さま。好いお天気だね。」
居間でぼんやりと読書中にりんが声を掛けた。
返事の代わりに顔を向けてやると
「お隣に座っても、いい?」
たいした用でもないらしくああと返して視線を戻した。
隣に人一人分の隙間を空けてりんが腰を下ろした。
まだ何か言いたげだったがそのまま放っておいた。
最近のりんはあまり私に近寄らない。
中学に入った頃はまだ小さいときと変わりなかった。
中学を終えた先の進路が決まった頃からか変化があった。
距離を置いて接するようになった。
”まぁ、りんもあれで思春期とやらですからな”
邪見はそう言って少し寂しげにりんを眺めるようになった。
そういうものかは知らないが、りんはりんだ。
子供っぽい表情も無邪気な仕草も変わりなく思えた。
風が葉を揺らすようなものだ。
りんの本質には影響もない。

「あの、殺生丸さま。」
「何だ。」
「えっと、その・・・」
「はっきり言え。」
「はい!あの、邪魔だったらいいんだけど・・」
もう既に邪魔していると思ったが黙っておいた。
「ちょっとだけ、その・・・甘えてもいい・・かな?」
顔を赤くしてもじもじと指を折り曲げて言出だした。
どうしたいのかが予想できずにいたが頷いた。
「いいの!?」
りんはぴょんと跳ねるように喜んで笑った。
「好きにしろ。」
そう言って読書に戻った。
りんは緊張しつつ私との距離を縮め始めた。
犬や猫がするようにそうっと擦り寄ると私の腕にひたと張り付いた。
少々驚いてりんの顔を窺うが、恥ずかしそうに俯いて見えない。
なんだか小さな頃に戻ったみたいだと呟くのが聞こえた。
「戻りたいのか?」
そう尋ねてみると「ちょっとだけ。」と顔をこちらへ向けた。
照れたような微笑は幼い頃のままだ。
私は読書を諦め、本を閉じた。
「あ、読んでていいよ、殺生丸さま。」
りんが慌てたように止めようとする手を掴んだ。
一向に大きくなった気のしない細い手首だ。
「わ・あ、あの・・」
そのまま引っ張ると容易く身体が傾ぐ。
力を入れなくとも倒れそうだった。
私の胸に反対の手をついて身を支えようとする。
ふと確かめたくなり、足を救い上げて膝に乗せてみた。
「えええっ!?せっ殺生丸さま!!??」
「あまり成長した風ではないな。」
「!ヒドイっ!!」
りんは真っ赤になって頬を膨らませ不満そうだ。
まったく子供の頃のままなのに呆れる。
「どうして甘えたくなった?」
「う・ん・・最近りんも忙しかったでしょ。」
「なんだかお顔見れない日もいっぱいあって・・・」
多少しおらしくなってもりんは変わらない。
またそれを確認してどこかほっとする。
りんもそっと力を抜いて身体を預けてきた。
確かに以前ならば顔はもう少し下にあったな。
りんの俯いた顎を捉えて顔を上げさせた。
大きな瞳は幼い頃より間近に見ることができた。
「少しは成長したな。」
私の訂正にきょとんと目を丸くするのが愛らしかった。
「殺生丸さま、風で髪が・・」
私の髪に触れようとするりんの手首をもう一度掴んだ。
りんがまた目をくるっと揺らして私の目を覗き込んだ。
確かめるか?その中身も多少は育ったのかどうか。
私の視線に僅かに困惑しつつもりんは警戒しようとはしない。
先ほどのりんのようにそっとりんとの距離を縮めてみた。
風がふわりとまた髪を揺らして、りんの瞳も揺れた。