おあずけ 



どうしてこうままならないのか。
思い起こすと待ってばかりの日々だった。
りんはすっかり娘になった。
いつ頃から待っていたかなど思い出したくもない。
私がいつもりんを待たせていたことが
今更ながらちくりと胸を刺す。
りんはなんの不満も訴えなかった。
ひたすらわが身を待ち、出迎えた。
その歓喜の笑顔を思うと今の私を苛む。
りんは報復などとは夢にも思ってはいない。
ましてや欠片ほども待ちつづけたことを悔やみはしない。
だからこそ、私を苛む。
あの笑顔を見たさに待たせていたかもしれない過去を恨む。
悔やみはしないが過去のわが身の浅はかさを蔑す。
過去に戻ったところでまた同じことだろう。
りんを待たせ、何度もあの笑顔を欲するだろう。
詮無い事だ。愚かしい。
だから今こうして甘んじているのだ。
やりきれない想いを持て余しつつ。


「殺生丸さま、りんは今頃何をしとるんでしょうなあ。」
こやつは相変わらず余計なことばかりぬかす。
「あやつはいつでも呑気に笑っておるとは思いますがなあ!」
一瞥をくれた後、蹴り飛ばした。
あやつの趣味はこの私の不快をかうことに違いない。
少しも気は晴れず、仕事は放り投げた。
「あと一日か・・・」
我ながら気の長くなったことだ。
共に在ると誓ったのはどこのどいつだと腹が立つ。
やはり一人で行かせるのではなかったな・・・
離れていると知らずにりんの匂いを探している。
傍に無いのが苛立たしい。
どこまで待ち続けられるか思いやられた。


「ああ〜、相変わらずいきなりじゃ!いやになるのお。やれやれ・・・」
「痛てて。まったくほんの一晩りんが出かけただけで・・・」
「あんなに縛り付けられて、りんだって息抜きしたくて当然じゃ!」
「一日と言わずゆっくりしてくるがよいぞ、りーん!」
邪見は蹴り飛ばされた腹いせに大声でそんなことを叫んだ。


「りんちゃん、もう帰るの?もっとゆっくりしていってよ。」
「ありがとう、かごめさま。でも殺生丸さまが待ってるから。」
「ゆっくりして来て良いって言われてるんでしょ?」
「うん、でもなんだか待ってるような気がするの。」
「なんだか妬けちゃうなあ、りんちゃんも逢いたいって顔してるよ?!」
「え?そ、そおかな?!・・・うん・・・そうかも。」
あの殺生丸の嫁になった少女は未だ昔と変わりなくあの妖怪を想い続けている。
自分だって好きな男と居たいとは思うが少しばかり離れていてもそこまで寂しいと思わない。
少女は離れているのが不安というのではなく、ただ単にそこが居場所であると認識しているらしい。
「昔はさ、りんちゃんを散々待たせた奴なんだし、ちょっと寂しがらせたいと思わない?」
「?ううん。だって待ってろなんて言われなかったよ。」
「そうかもしれないけど・・・」
「りんが待ってたのはそうしないと迷惑がかかるからだし。それ以外は連れて行ってくれたし。」
「初めは不安だったけど必ずりんのところに帰って来てくれた。」
「・・・」
「嬉しくて嬉しくて、帰ってきてくれるたびに幸せだったなあ。」
「ふう、ごちそうさま。いいよ、帰ってその幸せな顔を見せてあげなよ。」
「ごめんなさい。また遊びに来ていいですか?」
「もちろんよ!大歓迎。犬夜叉も子供たちも待ってるわ。」
「はい。」りんの笑顔は誰にでも優しい。だが
あの妖怪にはまた格別なのだろう、待ち侘びているのは真実だろう。
そう思うと微笑ましさにこちらまで幸せな気分になる。
「次は赤ちゃんと一緒に逢えるかしら、楽しみだね。」
恥かしそうに微笑むりんは「まだ、先だし・・・」と照れて俯いた。
「でも悪阻は治まったんでしょ。・・・ね、りんちゃん、昨夜の話しの続き・・・」
「・・・お預けされて旦那さま、不機嫌だった?」
こそこそと声を潜めて尋ねるかごめに釣られてりんも小声で、
「犬夜叉さん、そうだったの?・・・うん、すごく不機嫌だったよ。でも、」
「とってもりんのこと心配してくれたの、だから、嬉しかったよ。」
「うふふv そうかあ。ヨカッタね、りんちゃん。」
くすくすと母と妻の立場を同じくする二人は楽しそうに笑った。


「お館さま、失礼します。」
「何だ。」
「奥方様が予定より早くお戻りになるとの知らせです。」
「何かあったのか?!」
「いいえ、ご安心ください。お身体に異状はございません。」
「護衛も付いておりますし・・」
「私が行く、半刻で戻る。よいな。」
「・・・承知しました。」

その行動の速かったことは皆を驚かせた。
少しも驚かなかったのは唯一人、その待ち焦がれた笑顔で再会を喜んだ。
包み込むように抱いて共に帰って行った。その様子には誰も何も言えなかった。


「ただいま、殺生丸さま。」
「どこも変わりないか?」
「赤ちゃんもりんも元気よ。」
「それなら良い。」
「あのね、逢いたかった。」
「ふん、まことか。」
「ほんとよ。今日お仕事は?」
「・・・もうよい。」
「嬉しい。あのね、・・・」
「・・・」


その晩からお預けが解禁になったとかで、
そうと知らない者たちはいつになくご機嫌の主を見るにつけ気味悪がった。
奥方がらみであろうと大概の者は納得していた。
もちろん、不平を唱えるものはいなかった。